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2章・日常の始まり
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その後、暇ながらも客足はそれなりにあり、一昔前の古いが趣味のいい人形や、地味に人気のある怪しげな軟膏などが売れていく。彼ら一人一人に対して礼一は丁寧に、かつ愛想よく対応していった。
礼一に接客を任せきりのハオランも、高い場所に保管してある商品の補充などは何を言わなくても手伝ってくれた。
「小さいと大変だなあ」と余計な一言付きで。
ここで笑ってお礼など言おうものなら、このひねくれた男は2度と手助けなどしないだろう。それが分かっていたので、あえて顔をしかめて「うるさいですよ」と答えておいた。
そんな時間を過ごし、互いに黙々と作ってきた昼食を食べ終わった所で、ふと客足が途絶えた。礼一はしばし逡巡した後、先ほどからあまり進んでいないテキストから顔を上げずに口を開いた。
「ところでハオラン、あなたにいくつか聞きたいことがあるんですが」
出来るだけさりげなく切り出したものの、この青年は礼一声のトーンに気づいているだろう。それが分かる程度には、この数日間、くだらない話でお互いを探り合った。
ハオランからの返事はなかったが、耳を傾けていることは分かっていたので、そのまま続ける。
「一つ目は、ダニエルについてです。あなたは彼と同じ家だと聞きました。彼とはメッセージのやり取りしかしたことがないのですが、どのような人ですか?」
ほほに、ちらりと視線を感じる。
「なぜおれに聞くんだ。クリスにさらっと聞けばいいじゃねえか。」
「生活時間が合わなくて、なかなか話す機会がないんですよ。」
建前をさらっと口にすると、ハオランがため息をつきながら本をめくる気配がした。
「紅茶くさい、気障な英国野郎だよ。この国の真夏に、スーツ着てホットティーを飲むなんて頭がおかしいぜ。気候を考えろってんだ。」
いつものようにひと通り悪態をついてから、さりげなく、付け加えた。
「自分にも人にも厳格なくらいフェアなやつだから、色々事情を聞きたいのなら適任なんじゃねえの。融通が利かないアホだが、その辺は信頼できると思うぜ。」
礼一の知りたいことをきっちり把握しつつ的確な答えをくれた。一瞬絶句した後言ったありがとうは、不本意ながら、心からのものだった。
「それから、ハオラン、あなたが見える生き物は何ですか?いつから見えるようになりましたか?」
「ほぼ全部。」ハオランが短く答えた。
「きっかけも時期も覚えてねえ。物心ついた時には見えてた。」
彼の言葉に、礼一は驚いた。クリスが、入居の条件を「この生き物たちのどれか1つでも見えること」と表現していたため、みんな礼一と同じように2、3種類の生き物が見えるだけだと思っていたのだ。
「ああ、でもお前に懐いてるらしい、だっせー名前のイルカはあまりよく見えねえな。なんとなく、空気が歪んでみえる程度だ。」
この男は、いちいち悪態をつかないと喋れないのか。
礼一は「いーちゃんと言うのは仮名です。」ときっちり念を押してから、重ねて尋ねた。
「他の方は、どうなんでしょうか。」
「ダニエルはおれより見えるぜ。きっかけは、アメージンググレイスを感じた時からとか何とか、わけわからねえこと言ってたぞ。」
いけないと思いつつ、その表現に思わず吹き出してしまった。随分と興味深い人物のようだ。まだ会ったことはないが、好きになれそうだ。
「きっかけや見える種類の規則性が知りたいなら、クリスの話が参考になると思うぞ。あいつも、このくらいのことなら素直に答えるだろう。」
「............。」
「何だよ、そっちが本音だろう?」
第一印象で感じた怜悧さは、やはり彼の本質の一部であるようだ。建前と本音を見抜くだけでなく、何気なくそれを突きつけてくる。
「......だってこの売上でしょう」
礼一が諦めてそう答えると、ハオランが人の悪い笑みを浮かべた。
「人を雇う必要なんてねえよなあ。」
明らかに礼一を引き止めるためのポジションだった。そこまでして自分を引き止める理由は、家賃収入だけでは説明がつかない。
自分のあずかり知らないところで、自分をめぐる何らかの利害関係があるのだとわかっている以上、クリスの言うことを鵜呑みにするわけにはいかなかった。
「1つ教えておいてやる。」
いつの間にか体ごとこちらを向いていたハオランが、礼一の顔を覗き込みながら言った。
「あいつら、自分のことを認識してくれる人間に対して多少、好意的ではあるが、お前のところのイルカのように懐いて追っかけ回すなんてところは見たことがない。しかも、状況的にあいつはあんたに会いにわざわざやって来たように、おれには思える。」
「それは、珍しいことなんですか?」
礼一の問いに、ハオランは慎重に言葉を選びながら答えた。
「通常は、ありえないことだ。あんたを引きとめようとあいつがとっさに判断した事情は、そのあたりにあるんじゃないか?」
礼一に接客を任せきりのハオランも、高い場所に保管してある商品の補充などは何を言わなくても手伝ってくれた。
「小さいと大変だなあ」と余計な一言付きで。
ここで笑ってお礼など言おうものなら、このひねくれた男は2度と手助けなどしないだろう。それが分かっていたので、あえて顔をしかめて「うるさいですよ」と答えておいた。
そんな時間を過ごし、互いに黙々と作ってきた昼食を食べ終わった所で、ふと客足が途絶えた。礼一はしばし逡巡した後、先ほどからあまり進んでいないテキストから顔を上げずに口を開いた。
「ところでハオラン、あなたにいくつか聞きたいことがあるんですが」
出来るだけさりげなく切り出したものの、この青年は礼一声のトーンに気づいているだろう。それが分かる程度には、この数日間、くだらない話でお互いを探り合った。
ハオランからの返事はなかったが、耳を傾けていることは分かっていたので、そのまま続ける。
「一つ目は、ダニエルについてです。あなたは彼と同じ家だと聞きました。彼とはメッセージのやり取りしかしたことがないのですが、どのような人ですか?」
ほほに、ちらりと視線を感じる。
「なぜおれに聞くんだ。クリスにさらっと聞けばいいじゃねえか。」
「生活時間が合わなくて、なかなか話す機会がないんですよ。」
建前をさらっと口にすると、ハオランがため息をつきながら本をめくる気配がした。
「紅茶くさい、気障な英国野郎だよ。この国の真夏に、スーツ着てホットティーを飲むなんて頭がおかしいぜ。気候を考えろってんだ。」
いつものようにひと通り悪態をついてから、さりげなく、付け加えた。
「自分にも人にも厳格なくらいフェアなやつだから、色々事情を聞きたいのなら適任なんじゃねえの。融通が利かないアホだが、その辺は信頼できると思うぜ。」
礼一の知りたいことをきっちり把握しつつ的確な答えをくれた。一瞬絶句した後言ったありがとうは、不本意ながら、心からのものだった。
「それから、ハオラン、あなたが見える生き物は何ですか?いつから見えるようになりましたか?」
「ほぼ全部。」ハオランが短く答えた。
「きっかけも時期も覚えてねえ。物心ついた時には見えてた。」
彼の言葉に、礼一は驚いた。クリスが、入居の条件を「この生き物たちのどれか1つでも見えること」と表現していたため、みんな礼一と同じように2、3種類の生き物が見えるだけだと思っていたのだ。
「ああ、でもお前に懐いてるらしい、だっせー名前のイルカはあまりよく見えねえな。なんとなく、空気が歪んでみえる程度だ。」
この男は、いちいち悪態をつかないと喋れないのか。
礼一は「いーちゃんと言うのは仮名です。」ときっちり念を押してから、重ねて尋ねた。
「他の方は、どうなんでしょうか。」
「ダニエルはおれより見えるぜ。きっかけは、アメージンググレイスを感じた時からとか何とか、わけわからねえこと言ってたぞ。」
いけないと思いつつ、その表現に思わず吹き出してしまった。随分と興味深い人物のようだ。まだ会ったことはないが、好きになれそうだ。
「きっかけや見える種類の規則性が知りたいなら、クリスの話が参考になると思うぞ。あいつも、このくらいのことなら素直に答えるだろう。」
「............。」
「何だよ、そっちが本音だろう?」
第一印象で感じた怜悧さは、やはり彼の本質の一部であるようだ。建前と本音を見抜くだけでなく、何気なくそれを突きつけてくる。
「......だってこの売上でしょう」
礼一が諦めてそう答えると、ハオランが人の悪い笑みを浮かべた。
「人を雇う必要なんてねえよなあ。」
明らかに礼一を引き止めるためのポジションだった。そこまでして自分を引き止める理由は、家賃収入だけでは説明がつかない。
自分のあずかり知らないところで、自分をめぐる何らかの利害関係があるのだとわかっている以上、クリスの言うことを鵜呑みにするわけにはいかなかった。
「1つ教えておいてやる。」
いつの間にか体ごとこちらを向いていたハオランが、礼一の顔を覗き込みながら言った。
「あいつら、自分のことを認識してくれる人間に対して多少、好意的ではあるが、お前のところのイルカのように懐いて追っかけ回すなんてところは見たことがない。しかも、状況的にあいつはあんたに会いにわざわざやって来たように、おれには思える。」
「それは、珍しいことなんですか?」
礼一の問いに、ハオランは慎重に言葉を選びながら答えた。
「通常は、ありえないことだ。あんたを引きとめようとあいつがとっさに判断した事情は、そのあたりにあるんじゃないか?」
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