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29.新しい誓い :本編完結
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リセルの右腕は、半月ほど経ってもまだ固定されたままで、動かすことは一切許されていない。仕方なく右手以外で少しずつできる軽い運動をして、なんとか回復に努めている。
思い出したくもなさそうなウルタから断片的に聞く限り、折れた骨が裂けた肉から飛び出ているような、とんでもない惨状だったらしい。土木工事のような裁縫のような、ひどい治療をジュノビオにさせてしまったと知った時は、眩暈がして倒れそうだった。
(幻滅されてませんように……!)
ただでさえ目覚めるまでの間、何もかも全部ジュノビオに世話されていたというのだから、穴があったら入りたいほど恥ずかしい。
「ウルタにしてもらった方がマシだったよ」
「何がです?」
「下の世話」
「……何を今さら」
鼻で笑いながらお茶を注ぐウルタを、恨みを込めて睨む。
屈伸を繰り返すだけで息が切れて汗が浮くほど、体力が落ちている。運動後に飲むお茶も、滋養にいいという高価なものを飲まされている。
「殿下が触らせて下さらなかったんですよ。それはもう、毛を逆立てた猫みたいに威嚇して」
「へえ?」
「まあ、薬の効き具合を見ながらでもありましたし、仕方ないですけれど」
窓際の椅子に腰かけたリセルへ、ウルタは穏やかに笑って茶器を差し出す。左手で飲み食いするのにもだいぶ慣れた。
「それにしても、殿下は感情を率直に表に出されるようになりましたね」
「だね。ザイラス……陛下は、“開き直った”って言ってたよ」
「確かにそんな感じです。特にリセル様に関する嫉妬心は……」
言いかけてウルタはちらりと扉へ視線を送る。
「なんだ? 楽しそうだな」
案の定、少し羨まし気な色を滲ませて、ジュノビオが顔を出す。執務の合間にもちょっとした時間を見つけては、足しげくリセルの部屋へ様子を見に来るのだ。
「ジュノの話してたんだよ」
「……きっとろくな話じゃないな」
「お茶を召し上がりますか?」
「いただこう」
人と会っていたのだろうか、きちんと上着を着て髪も上げている。隣の椅子へ優雅に腰掛けるジュノビオを、リセルはうっとりと見上げた。
ザイラスの即位と同時に、ジュノビオとカリダは婚姻関係を解消した。あんな騒動があった後では、むしろフィオス家の方から「一刻も早く廃妃を」という状況だったらしい。
ちなみにイルファスも隠妃を廃して、独身に戻っている。そして“隠妃”というしきたりそのものについても、今後議論していくと新皇帝は既に明言している。
亜麻色の長い髪を梳いた手が、耳をくすぐり顎に触れる。
「リセル、無理はするな。この前みたいに熱が出たら大変だ」
「うん。……気を付ける」
リセルは素直に頷いて、紫の瞳を瞬いた。
屋敷の中なら歩いてもいいと言われ、調子に乗ってぐるぐると一日中探検した結果、夜になって高熱を出した。さすがに反省している。
「何か欲しいものはないか?」
緑にときおり金の混じる瞳で覗き込まれると、心がとろりと蕩ける。「ないよ」と小さく答えたリセルの額に頬に、花びらのような優しいキスが降って来る。
「殿下、そろそろ……」
扉を叩く音がして、中年の侍従が現れた。以前いたロイスは引退して、息子に代替わりしている。
ジュノビオは急いでお茶を飲み干し、ウルタに礼を言ってから足早に去って行った。どうやら本当にわずかな隙間を縫って、リセルに会いに来ていたようだ。
「愛されてるとは、思うんだけど」
ぽつりと呟いたリセルへ、無言のウルタが呆れたような視線を送る。
時間があれば一緒に過ごし、食事もなるべく同席してくれる。具合の悪い時は夜通し看病してくれて、欲しい物はないかと毎日聞いてくれる。大切にされている自覚はある。
しかし、半月経ってもまともなキスすらしてもらえていない。
リセルの方がそろそろ、したい。
「縞模様の猫じゃないの? ちょっと顔は怖いけど」
「うーん、以前帝都で見た虎は、人の二倍くらい大きかったな。牛を攫って食うらしい」
「牛!」
目を丸くしたリセルは、紙いっぱいに描かれた絵を撫でてみる。
ジュノビオは字の読めないリセルのために、美しい絵で埋め尽くされた本を、何冊も持ってきてくれた。たぶんとても高価なものだ。
寝る前のひととき、それを一緒に眺めるのが定番になっている。
「さあ、リセル。そろそろ寝た方がいい」
絵本を取り上げて枕元に戻し、幼い子供でも寝かしつけるように、髪を梳いて頭を撫でる。
「おやすみ。ウルタを呼んでくる」
「待って!」
椅子から立ち上がりかけたジュノビオのシャツを、勇気を振り絞って掴んだ。
「もうちょっと、ここにいて? えっと、……こっち」
「うん? どうしたんだ?」
戸惑うジュノビオを左手で引っ張って、寝台の上へ引き寄せる。枕を背にして座らせて、長い脚の間にすっぽり入り込む。
はあ、と大きく息を吐いて、心臓に手を当てる。一世一代の大仕事だ。
「あのさ、俺……ジュノのこと好きだよ」
言いながら頬が熱くなる。鼓動がうるさい。
ジュノビオは真っすぐにリセルを見ている。
「だから、ジュノもおんなじ気持ちでいてくれると、嬉しいんだけど……。もう、俺に興味ない? 怪我とか見たせいで、気持ち悪いかな? 全然そういうこと、してくれなくなったから」
「馬鹿なことを言わないでくれ」
ぎょっとしたジュノビオは慌ててリセルを抱き寄せようと手を伸ばし、すんでの所で勢いを落とす。右腕に気遣って腰を掴み、慎重に引き寄せて懐へ入れた。
(つまり、そういうことか……)
ジュノビオはきっと、リセルが大怪我をしたことを、自分のせいだと思っている。この状況に、負い目を感じている。
「リセルが好きだ。……でも、私が触れていいのか、触れる資格があるのか分からない」
「資格?」
「リセルは私に何もかも差し出して、与えてくれる。私はリセルに、何も返せない」
そっと抱きしめたリセルの肩に顔を埋めて、訥々と語る。
リセルは自由になる左手を精一杯伸ばして、生真面目な男の背中に触れた。
「人望があって勇敢で美しい英雄を、みんなが放っておかない。優秀な仲間を率いたリセルなら、きっと何でもできる。私だけが独り占めして、醜い欲望にさらして……そんな罰当たりな事をしていいのかと、……今になってそんな葛藤を……」
ぐいと体を離して金の瞳を覗き込み、リセルはにっこり笑った。
「な、ジュノ。俺達、もう一回結婚しよう」
「え?」
突然の求婚に、ジュノビオはぽかんと口を開けて固まる。悪戯が成功したようでとても気持ちがいい。
「しかし、隠妃のしきたりはもう……」
「しきたりじゃなくて、ちゃんと結婚するんだよ。皇帝陛下の許しが要るんだろ? 実は俺、もう貰ってあるんだ」
「陛下……大兄上に?」
「そう。ザイラス殿下が皇帝になったら、俺にジュノビオをくれるって。ちゃんと約束した」
「くれる!? い、いつの間に……?」
自分のあずかり知らぬところで交わされていた約束に、ジュノビオは目を白黒させる。リセルとて最初は、隠妃になるよう勝手に決められていたのだから、お互い様だ。
こつんと額をぶつけて左手を重ねる。
「俺を、ジュノの本当の妃にしてくれる?」
リセルがジュノビオのものになって、ジュノビオはリセルのものになる。それがきっと一番幸せだ。
睫毛が触れ合いそうな距離で、ジュノビオの目が、笑いの形に細くなる。
「……もちろんだ」
「一緒に美味しいもの食べて、夜は一緒に寝て……ずっと側に置いてくれる?」
「ああ。そうしよう」
瞳を閉じて、唇で触れ合う。
誘いに行った舌を絡め取られて、深く重なった。久しぶりのキスは痺れるほど甘い。
「あ、そうだ。……俺、子供産めないけど、いい?」
濡れた唇を舐めながら、一応聞いておくことにする。
ジュノビオは苦しそうに呻いて、眉を寄せた。
「そんな艶めいた顔で、そういうことを言わないでくれ……。生まれた子にまで嫉妬しそうだから、子供はいらない。……これでいいか?」
真面目に最後まで回答したジュノビオを、リセルは大笑いしながら褒めてやった。
右手は胴と一緒にがっちり固定されているから、左手で触れるしかない。おまけに体重を掛けるわけにもいかないから、ジュノビオの上に乗せられたままするしかない。
「ううっ、ジュノの……なんでこんなに、おっきいの?」
熱い息を吐きながら、左手だけで二本の陰茎を擦り合わせる。リセルの手では纏めて握るのも大変で、さっきからほとんど撫でているだけで先へ進まない。
「それを聞いて、どうするんだ?」
拙い仕草に煽られ生殺しにされたジュノビオが、しびれを切らして手を添えた。
「手伝おう」
「っは、だめ……っ、もうちょっと触りたっ、あっ、あ、……すぐっ、いっちゃう……っ」
右腕を庇ってジュノビオに凭れたまま、素直に快楽に身を委ね、久しぶりの放出へ導かれる。
蕩けそうな脱力感が心地いい。リセルは余韻を味わうように夢中でキスを繰り返す。
「ね、一回だけ、しよ?」
「?」
瞼や頬に口付けながら、ジュノビオは不思議そうな顔をする。
膝立ちになったリセルは、枕元に隠しておいた香油を取り出して、濡らした手を股へ差し入れる。
「一回だけって……、リセル……私を試してるのか?」
「っ……え?」
自分で尻に指を入れてこじ開けながら、リセルは顔をしかめた。試すも何も、ジュノビオのものはまだ大きいままだ。ちゃんと拡げないと、絶対に入らない。
「さすがに体に障る。また今度にしよう」
「……やだ。今したい。ジュノっ、手伝って……?」
「……っ」
不自由な体を開こうと苦心するリセルを見かねて、ジュノビオが長い指を足した。三本目が入るとさすがに少しきつい。
早くも息切れしてきて、頭がぼうっと霞む。
「っふ、ここに、ジュノが入るのが、好き。中っ、いっぱいに……っあ……」
指を引き抜かれた途端、腰を抱えられて体が浮く。上になったリセルがジュノビオを飲み込むような格好で、少しずつ下ろされる。
「ひっ、これ……っ、怖い! ああっ……っ」
身体がずるずると許容していく感覚が、気持ち良すぎて怖い。柔らかい内臓を押し上げて、ジュノビオが容赦なく中へ潜り込んでくる。
「そんっなに、締めたら、もたない」
「ごめっ……んっ、あ、あ、……どうしよう、気持ちいっ、ジュノっ」
中を満たす質量だけで、達してしまいそうだ。
懸命に上げた腰を、あっさりと落とされて視界に火花が散る。揺すられて深いところまで掻き回されて、甘い声と涙がとめどなく零れる。
幸せで頭がおかしくなる。
「ジュノ、中に、ほしい……っ」
勝手に奥がぎゅうぎゅう締まって、身体が制御できない。快感が背中を駆け上がって、頭皮がひりひりする。
ぐいと突き上げられて奥に吐き出される。
「あ……」
リセルは恍惚として息を吐き、左手でそっと腹を撫でた。
帝都で結婚式を挙げることが決まったのは、リセルが求婚してから、実に半年近くも経ってからだった。
即位後間もないザイラスに出席を頼むため、ある程度延びるのは仕方ない。そして一応皇帝の弟が結婚するのだから、それなりの段取りが必要なのは分かる。
しかし、主な要因はそれではないらしい。
「怪我が完全に治って、体力が回復してから! なんて、何回聞いても同じことばっかりさ。左手はもともと怪我してないし! 結婚式やるくらいの体力はあるぞ!」
リセルはフォークに突き刺した芋を振り回しながら、溜まった不満をぶちまけた。ジュノビオに延々と体調を気遣われ、とにかく治療に専念してくれと懇願されて、いい加減飽き飽きしている。
「リセル様、花嫁がそんなにいらいらしないで下さい。殿下の事が大好きで、一日も早く結婚したいのはよく分かりましたから。心配しなくても今日嫁げます」
「別にいらいらしてない! 待たされてるのが性に合わないだけだ」
困り顔で宥めてくるナナを睨んで、芋を口に放り込む。
(ジュノとご飯が食べたい……!)
はっきり言って、寂しい。
準備のためにと先に出発したジュノビオを追って、やっとリセルも帝都に来たというのに、忙しくてまだ会えないでいるのだ。
「失礼します。お花をこちらへと言付かっております」
「わ、また来た」
「もう置く所がないですね……」
花は主に三星社がらみの商人から届く。可憐な小花の花籠から妖艶な蘭の束まで、財力を示すかのような色とりどりの花によって、狭くはない部屋が既に埋め尽くされていた。
新しく運び込まれた花は、橙色の大きな百合だ。甘い芳香が漂ってくる。
「リセル様、早く召し上がってください。このあと湯あみと着付けと、手順の確認がありますので」
ウルタにそっくりな口調で急かしながら、ナナはてきぱきと積まれた荷物を仕分けしてゆく。卓に乗り切らずに床へ溢れているのは、大小貴族から届いた結婚祝いの品らしい。
「リセル様。マルラド殿下からのお品が届いておりますよ」
大きな箱を抱えた下男を連れて、ウルタが現れた。
知らない人から義理で貰ったものに興味はないが、大好きな人からの贈り物は大歓迎だ。
「見たい! ネリさんが選んでくれたんだって!」
「……先にお食事を」
フォークを放り出して椅子を蹴ったリセルを、ナナが冷ややかに睨む。
それにしても、隠妃としてひっそり嫁いだ時との、扱いの違いに驚かされる。
ジュノビオとリセルの結婚は、帝国中に公表された。
男を妃に迎えるという異例の事態については、“死神皇子が長年の恋を実らせた”という文脈で民に伝えられた。前皇帝に反対されて叶わなかった結婚を、ザイラスが許可したという設定だ。
おかげで前妻であるカリダへの評価は、一転して同情の色が濃くなった。ジュノビオがそういう嗜好の持ち主だったのなら、子が出来ないのも仕方ないというわけだ。
リセルの事は、王国の名を返上して間もない旧モルトア王家の血筋であり、ロダ族の侵攻を阻止した“アルカナの英雄”であると明かされた。本屋では再びアルカナ砦攻略のでたらめな戦記が売れて、にわかに儲かっているらしい。
そして、“アルカナの英雄”にはもう一つの意味も加わった。
生き残っている花刑の罪人はすべてザイラスが再び吟味し、その大半が無罪放免となる予定だ。花刑を含む墨刑はすみやかに廃止され、リセルは前皇帝の鎖から彼らを解き放った英雄として、広く語られることになった。
大聖堂の祭壇前で待つジュノビオは、飾り気がないけれど上質な、明るい紺色の衣装を着ている。以前の青灰色の衣装も似合っていたけれど、今日の格好も落ち着いていて素敵だ。
リセルはつややかな白を着ている。銀糸を縫い取った絹地で仕立てたお気に入りだ。額の花がよく映える。
「よく似合っているな。……いつの間に髪を切ったんだ?」
「びっくりした? 変かな?」
出会った時のように短く刈り込んだ亜麻色の髪を、リセルはちょいとつまんで見せる。
「いや、ものすごく可愛い。リセルには驚かされてばかりだ」
とろけるように微笑んだジュノビオは、両手を広げて、慌ててすぐに下ろす。抱きしめようとして思いとどまったのがありありと分かって、リセルは堪え切れずに吹き出した。
司祭の唱える祈りの言葉は、相変わらず古めかしくて、さっぱり意味が分からない。それでもこれが、新しい誓いのための儀式なのだということは分かる。
「忠誠の証を」
司祭が短く促し、ジュノビオはリセルの腕を軽く引いて向かい合わせになる。
「本当に前と同じものでいいのか?」
「うん。これがいい」
頷いたリセルの左手を取って、ジュノビオが飾りのない金の指輪を嵌める。
役人に取り上げられたあと、まるで形見のようにジュノビオの所へ戻されたらしい。リセルのために誂えられた指輪が、再び戻って来た。その重みを噛みしめる。
「あ、待って。俺からも」
「え?」
やっと少しまともに動くようになった右手から、リセルも指輪を取り出して見せる。
本来の結婚は、妻が夫へ一方的に忠誠を誓う儀式だ。ふつうは妻にしか指輪を嵌めない。
「俺、蓄えも何もなくて身一つだから、安物だけど」
少し恥ずかしくなって言い訳をしながら、ジュノビオの左手を取り、中指にそっと指輪を嵌めた。指の長い大きな手に、飾りのない銀の指輪が光る。
「ありがとう……」
リセルに忠誠を誓ったジュノビオは、涙で言葉を詰まらせる。照れて微笑むリセルを見つめながら、何かに気付いて目を丸くした。
「……もしかして、髪を売ったのか!?」
「あ、気付いた? 俺の財産、あれだけだもん」
髪に値が付くと説明したのを、ちゃんと覚えているところが凄い。
ジュノビオは今度こそ我慢できずに、両手を広げてリセルを思い切り抱きしめた。
手を繋いで振り返った途端、参列者から怒涛の拍手が贈られた。
ウルタとナナが涙ぐみ、新しい侍従が引退した父を支えている。黒騎士も馴染みの兵士も、ルナーデルで世話になった侍女や料理番もいる。
ジュノビオはニコを含めたロプタルの若者と、アマレノの仲間まで呼んでくれた。似合わない盛装に身を包んだエスメルは、憮然としながらも感慨深げに腕を組んでいる。
そして驚くべきことに、花刑の仲間も参列してくれていた。美しい衣装に身を包んだアニヤは、頬に咲いた花を隠しもせず、華やかに微笑んでいる。
「おめでとう」「お幸せに」というありきたりの台詞が、身に染みて嬉しい。
「どうだ? 約束は違えなかっただろう?」
皇后の押す車椅子に座って、皇帝ザイラスが近づいて来る。リセルは腰をかがめて丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます。確かに弟君を貰い受けました」
おどけて謝意を述べると、底抜けに明るい声でザイラスが笑う。
即位からたった半年で、帝国内の空気は驚くほど変わった。バロアの州都にいても感じたのだから、帝都ならなおさらだろう。
「おめでとう、リセル。呼んでくれて嬉しいけど、待ちくたびれたわ!」
「全くだ。式までえらく長い事引っ張ったな」
皇帝の前でも一切態度を変えずに、アニヤとエスメルがずけずけと文句を言い放つ。
リセルもつられて首を傾げた。
「それな。俺も散々言ったんだけど、体が完全に治るまでは無理だって、ジュノが。戦場に行くわけでもないのにさ」
言いながら、ウルタやマルラドやネリといった、特定の面々だけが微妙な顔をしているのに気づく。
「ひどいな! 誰も教えてやらないのか?」
堪え切れないとばかりに、けらけらとザイラスが笑い出した。
「リセル、よく聞け。スラヴァール帝国直系のしきたりで、初夜は夫が満足するまで何日でも続くと決まっているんだ。むしろ戦場だと思って挑め!」
「ええ……っ!?」
気まずそうに目を逸らすジュノビオを見る限り、どうやら手加減する気はないらしい。
リセルは熟れた林檎のように頬を染めて、ジュノビオの胸に飛び込んだ。
思い出したくもなさそうなウルタから断片的に聞く限り、折れた骨が裂けた肉から飛び出ているような、とんでもない惨状だったらしい。土木工事のような裁縫のような、ひどい治療をジュノビオにさせてしまったと知った時は、眩暈がして倒れそうだった。
(幻滅されてませんように……!)
ただでさえ目覚めるまでの間、何もかも全部ジュノビオに世話されていたというのだから、穴があったら入りたいほど恥ずかしい。
「ウルタにしてもらった方がマシだったよ」
「何がです?」
「下の世話」
「……何を今さら」
鼻で笑いながらお茶を注ぐウルタを、恨みを込めて睨む。
屈伸を繰り返すだけで息が切れて汗が浮くほど、体力が落ちている。運動後に飲むお茶も、滋養にいいという高価なものを飲まされている。
「殿下が触らせて下さらなかったんですよ。それはもう、毛を逆立てた猫みたいに威嚇して」
「へえ?」
「まあ、薬の効き具合を見ながらでもありましたし、仕方ないですけれど」
窓際の椅子に腰かけたリセルへ、ウルタは穏やかに笑って茶器を差し出す。左手で飲み食いするのにもだいぶ慣れた。
「それにしても、殿下は感情を率直に表に出されるようになりましたね」
「だね。ザイラス……陛下は、“開き直った”って言ってたよ」
「確かにそんな感じです。特にリセル様に関する嫉妬心は……」
言いかけてウルタはちらりと扉へ視線を送る。
「なんだ? 楽しそうだな」
案の定、少し羨まし気な色を滲ませて、ジュノビオが顔を出す。執務の合間にもちょっとした時間を見つけては、足しげくリセルの部屋へ様子を見に来るのだ。
「ジュノの話してたんだよ」
「……きっとろくな話じゃないな」
「お茶を召し上がりますか?」
「いただこう」
人と会っていたのだろうか、きちんと上着を着て髪も上げている。隣の椅子へ優雅に腰掛けるジュノビオを、リセルはうっとりと見上げた。
ザイラスの即位と同時に、ジュノビオとカリダは婚姻関係を解消した。あんな騒動があった後では、むしろフィオス家の方から「一刻も早く廃妃を」という状況だったらしい。
ちなみにイルファスも隠妃を廃して、独身に戻っている。そして“隠妃”というしきたりそのものについても、今後議論していくと新皇帝は既に明言している。
亜麻色の長い髪を梳いた手が、耳をくすぐり顎に触れる。
「リセル、無理はするな。この前みたいに熱が出たら大変だ」
「うん。……気を付ける」
リセルは素直に頷いて、紫の瞳を瞬いた。
屋敷の中なら歩いてもいいと言われ、調子に乗ってぐるぐると一日中探検した結果、夜になって高熱を出した。さすがに反省している。
「何か欲しいものはないか?」
緑にときおり金の混じる瞳で覗き込まれると、心がとろりと蕩ける。「ないよ」と小さく答えたリセルの額に頬に、花びらのような優しいキスが降って来る。
「殿下、そろそろ……」
扉を叩く音がして、中年の侍従が現れた。以前いたロイスは引退して、息子に代替わりしている。
ジュノビオは急いでお茶を飲み干し、ウルタに礼を言ってから足早に去って行った。どうやら本当にわずかな隙間を縫って、リセルに会いに来ていたようだ。
「愛されてるとは、思うんだけど」
ぽつりと呟いたリセルへ、無言のウルタが呆れたような視線を送る。
時間があれば一緒に過ごし、食事もなるべく同席してくれる。具合の悪い時は夜通し看病してくれて、欲しい物はないかと毎日聞いてくれる。大切にされている自覚はある。
しかし、半月経ってもまともなキスすらしてもらえていない。
リセルの方がそろそろ、したい。
「縞模様の猫じゃないの? ちょっと顔は怖いけど」
「うーん、以前帝都で見た虎は、人の二倍くらい大きかったな。牛を攫って食うらしい」
「牛!」
目を丸くしたリセルは、紙いっぱいに描かれた絵を撫でてみる。
ジュノビオは字の読めないリセルのために、美しい絵で埋め尽くされた本を、何冊も持ってきてくれた。たぶんとても高価なものだ。
寝る前のひととき、それを一緒に眺めるのが定番になっている。
「さあ、リセル。そろそろ寝た方がいい」
絵本を取り上げて枕元に戻し、幼い子供でも寝かしつけるように、髪を梳いて頭を撫でる。
「おやすみ。ウルタを呼んでくる」
「待って!」
椅子から立ち上がりかけたジュノビオのシャツを、勇気を振り絞って掴んだ。
「もうちょっと、ここにいて? えっと、……こっち」
「うん? どうしたんだ?」
戸惑うジュノビオを左手で引っ張って、寝台の上へ引き寄せる。枕を背にして座らせて、長い脚の間にすっぽり入り込む。
はあ、と大きく息を吐いて、心臓に手を当てる。一世一代の大仕事だ。
「あのさ、俺……ジュノのこと好きだよ」
言いながら頬が熱くなる。鼓動がうるさい。
ジュノビオは真っすぐにリセルを見ている。
「だから、ジュノもおんなじ気持ちでいてくれると、嬉しいんだけど……。もう、俺に興味ない? 怪我とか見たせいで、気持ち悪いかな? 全然そういうこと、してくれなくなったから」
「馬鹿なことを言わないでくれ」
ぎょっとしたジュノビオは慌ててリセルを抱き寄せようと手を伸ばし、すんでの所で勢いを落とす。右腕に気遣って腰を掴み、慎重に引き寄せて懐へ入れた。
(つまり、そういうことか……)
ジュノビオはきっと、リセルが大怪我をしたことを、自分のせいだと思っている。この状況に、負い目を感じている。
「リセルが好きだ。……でも、私が触れていいのか、触れる資格があるのか分からない」
「資格?」
「リセルは私に何もかも差し出して、与えてくれる。私はリセルに、何も返せない」
そっと抱きしめたリセルの肩に顔を埋めて、訥々と語る。
リセルは自由になる左手を精一杯伸ばして、生真面目な男の背中に触れた。
「人望があって勇敢で美しい英雄を、みんなが放っておかない。優秀な仲間を率いたリセルなら、きっと何でもできる。私だけが独り占めして、醜い欲望にさらして……そんな罰当たりな事をしていいのかと、……今になってそんな葛藤を……」
ぐいと体を離して金の瞳を覗き込み、リセルはにっこり笑った。
「な、ジュノ。俺達、もう一回結婚しよう」
「え?」
突然の求婚に、ジュノビオはぽかんと口を開けて固まる。悪戯が成功したようでとても気持ちがいい。
「しかし、隠妃のしきたりはもう……」
「しきたりじゃなくて、ちゃんと結婚するんだよ。皇帝陛下の許しが要るんだろ? 実は俺、もう貰ってあるんだ」
「陛下……大兄上に?」
「そう。ザイラス殿下が皇帝になったら、俺にジュノビオをくれるって。ちゃんと約束した」
「くれる!? い、いつの間に……?」
自分のあずかり知らぬところで交わされていた約束に、ジュノビオは目を白黒させる。リセルとて最初は、隠妃になるよう勝手に決められていたのだから、お互い様だ。
こつんと額をぶつけて左手を重ねる。
「俺を、ジュノの本当の妃にしてくれる?」
リセルがジュノビオのものになって、ジュノビオはリセルのものになる。それがきっと一番幸せだ。
睫毛が触れ合いそうな距離で、ジュノビオの目が、笑いの形に細くなる。
「……もちろんだ」
「一緒に美味しいもの食べて、夜は一緒に寝て……ずっと側に置いてくれる?」
「ああ。そうしよう」
瞳を閉じて、唇で触れ合う。
誘いに行った舌を絡め取られて、深く重なった。久しぶりのキスは痺れるほど甘い。
「あ、そうだ。……俺、子供産めないけど、いい?」
濡れた唇を舐めながら、一応聞いておくことにする。
ジュノビオは苦しそうに呻いて、眉を寄せた。
「そんな艶めいた顔で、そういうことを言わないでくれ……。生まれた子にまで嫉妬しそうだから、子供はいらない。……これでいいか?」
真面目に最後まで回答したジュノビオを、リセルは大笑いしながら褒めてやった。
右手は胴と一緒にがっちり固定されているから、左手で触れるしかない。おまけに体重を掛けるわけにもいかないから、ジュノビオの上に乗せられたままするしかない。
「ううっ、ジュノの……なんでこんなに、おっきいの?」
熱い息を吐きながら、左手だけで二本の陰茎を擦り合わせる。リセルの手では纏めて握るのも大変で、さっきからほとんど撫でているだけで先へ進まない。
「それを聞いて、どうするんだ?」
拙い仕草に煽られ生殺しにされたジュノビオが、しびれを切らして手を添えた。
「手伝おう」
「っは、だめ……っ、もうちょっと触りたっ、あっ、あ、……すぐっ、いっちゃう……っ」
右腕を庇ってジュノビオに凭れたまま、素直に快楽に身を委ね、久しぶりの放出へ導かれる。
蕩けそうな脱力感が心地いい。リセルは余韻を味わうように夢中でキスを繰り返す。
「ね、一回だけ、しよ?」
「?」
瞼や頬に口付けながら、ジュノビオは不思議そうな顔をする。
膝立ちになったリセルは、枕元に隠しておいた香油を取り出して、濡らした手を股へ差し入れる。
「一回だけって……、リセル……私を試してるのか?」
「っ……え?」
自分で尻に指を入れてこじ開けながら、リセルは顔をしかめた。試すも何も、ジュノビオのものはまだ大きいままだ。ちゃんと拡げないと、絶対に入らない。
「さすがに体に障る。また今度にしよう」
「……やだ。今したい。ジュノっ、手伝って……?」
「……っ」
不自由な体を開こうと苦心するリセルを見かねて、ジュノビオが長い指を足した。三本目が入るとさすがに少しきつい。
早くも息切れしてきて、頭がぼうっと霞む。
「っふ、ここに、ジュノが入るのが、好き。中っ、いっぱいに……っあ……」
指を引き抜かれた途端、腰を抱えられて体が浮く。上になったリセルがジュノビオを飲み込むような格好で、少しずつ下ろされる。
「ひっ、これ……っ、怖い! ああっ……っ」
身体がずるずると許容していく感覚が、気持ち良すぎて怖い。柔らかい内臓を押し上げて、ジュノビオが容赦なく中へ潜り込んでくる。
「そんっなに、締めたら、もたない」
「ごめっ……んっ、あ、あ、……どうしよう、気持ちいっ、ジュノっ」
中を満たす質量だけで、達してしまいそうだ。
懸命に上げた腰を、あっさりと落とされて視界に火花が散る。揺すられて深いところまで掻き回されて、甘い声と涙がとめどなく零れる。
幸せで頭がおかしくなる。
「ジュノ、中に、ほしい……っ」
勝手に奥がぎゅうぎゅう締まって、身体が制御できない。快感が背中を駆け上がって、頭皮がひりひりする。
ぐいと突き上げられて奥に吐き出される。
「あ……」
リセルは恍惚として息を吐き、左手でそっと腹を撫でた。
帝都で結婚式を挙げることが決まったのは、リセルが求婚してから、実に半年近くも経ってからだった。
即位後間もないザイラスに出席を頼むため、ある程度延びるのは仕方ない。そして一応皇帝の弟が結婚するのだから、それなりの段取りが必要なのは分かる。
しかし、主な要因はそれではないらしい。
「怪我が完全に治って、体力が回復してから! なんて、何回聞いても同じことばっかりさ。左手はもともと怪我してないし! 結婚式やるくらいの体力はあるぞ!」
リセルはフォークに突き刺した芋を振り回しながら、溜まった不満をぶちまけた。ジュノビオに延々と体調を気遣われ、とにかく治療に専念してくれと懇願されて、いい加減飽き飽きしている。
「リセル様、花嫁がそんなにいらいらしないで下さい。殿下の事が大好きで、一日も早く結婚したいのはよく分かりましたから。心配しなくても今日嫁げます」
「別にいらいらしてない! 待たされてるのが性に合わないだけだ」
困り顔で宥めてくるナナを睨んで、芋を口に放り込む。
(ジュノとご飯が食べたい……!)
はっきり言って、寂しい。
準備のためにと先に出発したジュノビオを追って、やっとリセルも帝都に来たというのに、忙しくてまだ会えないでいるのだ。
「失礼します。お花をこちらへと言付かっております」
「わ、また来た」
「もう置く所がないですね……」
花は主に三星社がらみの商人から届く。可憐な小花の花籠から妖艶な蘭の束まで、財力を示すかのような色とりどりの花によって、狭くはない部屋が既に埋め尽くされていた。
新しく運び込まれた花は、橙色の大きな百合だ。甘い芳香が漂ってくる。
「リセル様、早く召し上がってください。このあと湯あみと着付けと、手順の確認がありますので」
ウルタにそっくりな口調で急かしながら、ナナはてきぱきと積まれた荷物を仕分けしてゆく。卓に乗り切らずに床へ溢れているのは、大小貴族から届いた結婚祝いの品らしい。
「リセル様。マルラド殿下からのお品が届いておりますよ」
大きな箱を抱えた下男を連れて、ウルタが現れた。
知らない人から義理で貰ったものに興味はないが、大好きな人からの贈り物は大歓迎だ。
「見たい! ネリさんが選んでくれたんだって!」
「……先にお食事を」
フォークを放り出して椅子を蹴ったリセルを、ナナが冷ややかに睨む。
それにしても、隠妃としてひっそり嫁いだ時との、扱いの違いに驚かされる。
ジュノビオとリセルの結婚は、帝国中に公表された。
男を妃に迎えるという異例の事態については、“死神皇子が長年の恋を実らせた”という文脈で民に伝えられた。前皇帝に反対されて叶わなかった結婚を、ザイラスが許可したという設定だ。
おかげで前妻であるカリダへの評価は、一転して同情の色が濃くなった。ジュノビオがそういう嗜好の持ち主だったのなら、子が出来ないのも仕方ないというわけだ。
リセルの事は、王国の名を返上して間もない旧モルトア王家の血筋であり、ロダ族の侵攻を阻止した“アルカナの英雄”であると明かされた。本屋では再びアルカナ砦攻略のでたらめな戦記が売れて、にわかに儲かっているらしい。
そして、“アルカナの英雄”にはもう一つの意味も加わった。
生き残っている花刑の罪人はすべてザイラスが再び吟味し、その大半が無罪放免となる予定だ。花刑を含む墨刑はすみやかに廃止され、リセルは前皇帝の鎖から彼らを解き放った英雄として、広く語られることになった。
大聖堂の祭壇前で待つジュノビオは、飾り気がないけれど上質な、明るい紺色の衣装を着ている。以前の青灰色の衣装も似合っていたけれど、今日の格好も落ち着いていて素敵だ。
リセルはつややかな白を着ている。銀糸を縫い取った絹地で仕立てたお気に入りだ。額の花がよく映える。
「よく似合っているな。……いつの間に髪を切ったんだ?」
「びっくりした? 変かな?」
出会った時のように短く刈り込んだ亜麻色の髪を、リセルはちょいとつまんで見せる。
「いや、ものすごく可愛い。リセルには驚かされてばかりだ」
とろけるように微笑んだジュノビオは、両手を広げて、慌ててすぐに下ろす。抱きしめようとして思いとどまったのがありありと分かって、リセルは堪え切れずに吹き出した。
司祭の唱える祈りの言葉は、相変わらず古めかしくて、さっぱり意味が分からない。それでもこれが、新しい誓いのための儀式なのだということは分かる。
「忠誠の証を」
司祭が短く促し、ジュノビオはリセルの腕を軽く引いて向かい合わせになる。
「本当に前と同じものでいいのか?」
「うん。これがいい」
頷いたリセルの左手を取って、ジュノビオが飾りのない金の指輪を嵌める。
役人に取り上げられたあと、まるで形見のようにジュノビオの所へ戻されたらしい。リセルのために誂えられた指輪が、再び戻って来た。その重みを噛みしめる。
「あ、待って。俺からも」
「え?」
やっと少しまともに動くようになった右手から、リセルも指輪を取り出して見せる。
本来の結婚は、妻が夫へ一方的に忠誠を誓う儀式だ。ふつうは妻にしか指輪を嵌めない。
「俺、蓄えも何もなくて身一つだから、安物だけど」
少し恥ずかしくなって言い訳をしながら、ジュノビオの左手を取り、中指にそっと指輪を嵌めた。指の長い大きな手に、飾りのない銀の指輪が光る。
「ありがとう……」
リセルに忠誠を誓ったジュノビオは、涙で言葉を詰まらせる。照れて微笑むリセルを見つめながら、何かに気付いて目を丸くした。
「……もしかして、髪を売ったのか!?」
「あ、気付いた? 俺の財産、あれだけだもん」
髪に値が付くと説明したのを、ちゃんと覚えているところが凄い。
ジュノビオは今度こそ我慢できずに、両手を広げてリセルを思い切り抱きしめた。
手を繋いで振り返った途端、参列者から怒涛の拍手が贈られた。
ウルタとナナが涙ぐみ、新しい侍従が引退した父を支えている。黒騎士も馴染みの兵士も、ルナーデルで世話になった侍女や料理番もいる。
ジュノビオはニコを含めたロプタルの若者と、アマレノの仲間まで呼んでくれた。似合わない盛装に身を包んだエスメルは、憮然としながらも感慨深げに腕を組んでいる。
そして驚くべきことに、花刑の仲間も参列してくれていた。美しい衣装に身を包んだアニヤは、頬に咲いた花を隠しもせず、華やかに微笑んでいる。
「おめでとう」「お幸せに」というありきたりの台詞が、身に染みて嬉しい。
「どうだ? 約束は違えなかっただろう?」
皇后の押す車椅子に座って、皇帝ザイラスが近づいて来る。リセルは腰をかがめて丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます。確かに弟君を貰い受けました」
おどけて謝意を述べると、底抜けに明るい声でザイラスが笑う。
即位からたった半年で、帝国内の空気は驚くほど変わった。バロアの州都にいても感じたのだから、帝都ならなおさらだろう。
「おめでとう、リセル。呼んでくれて嬉しいけど、待ちくたびれたわ!」
「全くだ。式までえらく長い事引っ張ったな」
皇帝の前でも一切態度を変えずに、アニヤとエスメルがずけずけと文句を言い放つ。
リセルもつられて首を傾げた。
「それな。俺も散々言ったんだけど、体が完全に治るまでは無理だって、ジュノが。戦場に行くわけでもないのにさ」
言いながら、ウルタやマルラドやネリといった、特定の面々だけが微妙な顔をしているのに気づく。
「ひどいな! 誰も教えてやらないのか?」
堪え切れないとばかりに、けらけらとザイラスが笑い出した。
「リセル、よく聞け。スラヴァール帝国直系のしきたりで、初夜は夫が満足するまで何日でも続くと決まっているんだ。むしろ戦場だと思って挑め!」
「ええ……っ!?」
気まずそうに目を逸らすジュノビオを見る限り、どうやら手加減する気はないらしい。
リセルは熟れた林檎のように頬を染めて、ジュノビオの胸に飛び込んだ。
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