水魚の交わり

夜千流

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欠けた桜、つながる日々

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再びの春、私は九歳になっていた
凍えるような寒い冬を生き延びて、暖かな春の訪れに心から感謝する
早朝、眠っているシャイロックを起こさないように昨夜の余興の後片付けをする
それから、妓楼の料理人であるネロが作った質素な朝食を頂く
ネロは「育ち盛りのおこちゃま達に、こんなひもじい思いをさせちまうのは忍びないが、ウチの楼主はケチだから我慢してくれ」と、いつも気の毒そうに禿達を宥める
しかし、ネロは大人達に内緒で禿達にこっそりおやつを与えてくれるので禿達は皆、ネロの事を慕っている
彼のさり気ない優しさは、この過酷な妓楼にいる者達にとっての大きな支えだ
私も彼の気遣いに何度も励まされた
「ご馳走でした」と私達禿が口にすると「おう、今日も頑張れよ」とネロは応えた

「わっ!?」

廊下の掃除をしていた拍子に滑って転んだ私は、懐でパキリ、と音がしたのを聞いた
慌てて確認すると、フィガロから貰った簪の桜を模した飾りが欠けてしまっていた

「ど、どうしよう…」

私が動揺してあたふたしていると、後ろから覗き込む影が現れた

「ああ、これくらいの破損なら俺が直せるよ」

私が振り向くと、そこには金髪蒼眼の美しい少年が居た
名を、ヒースクリフという
彼は、私が妓楼に来たばかりの頃から仲良くしてくれている花魁だ
ヒースクリフは、この街で遊女の息子として生まれた
本来は妓夫になるはずの男児だが、その浮世離れした美貌から楼主に目を付けられ、男娼にされたヒースクリフは最年少で花魁の位に就いた絶世の美男子である
彼は手先が器用で、細かい作業が得意だ
こうして、私や困っている人がいると助けずにはいられないお人好しな所が一層、彼の魅力を引き立てている

後日…何事もなかったように綺麗に修復された簪を受け取って、私はヒースクリフに感謝の意を表した

夕方…妓楼の外で私がサクちゃんと名付けた黒い長毛の野良猫に、こっそりおやつを分けてあげていると、傷を負った赤眼の少年が脚を引き摺るように歩いていた

「どうしたんですか、シノ!」

私は少年に駆け寄った
彼の名は、シノ
ヒースクリフの専属妓夫をしている
彼もまた、この街で遊女の子として生まれた

「…っ、なんでもない」

「…また、危ない仕事をしていたんですね。ヒースが心配していましたよ」

「…オレには、金が必要なんだ。大金を稼いで、ヒースを身請けして、こんな街さっさと出て行ってやる…!」

「シノ…」

「あんたにはないのか、そういう野望が」

「私は…」

本当は、母様の待つ家に帰りたい
フィガロに会いたい
でも、私はこの街を出られない
私はもう、この店の商品だから…
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