水魚の交わり

夜千流

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愛しい海は遠く…

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十八歳の誕生日…
今年もフィガロは帰って来なかった
手紙の一つでもくれたらいいのに、と未練がましく思う
私の事なんて忘れてしまったのか、と不安になる
本来、十七歳で水揚げをして突き出しというお披露目を経て遊女としてお客を取るのが仕来りだ
それを、フィガロが楼主様と交渉して十八歳まで引き延ばされたのだ
しかし、もう遅い…
楼主様は、あと五日で私の突き出しを行うと決めた
それはお客様と新枕を交わすという事…
フィガロ以外の男性と同衾するなんて嫌だ
私は布団の中で簪を握り締める

「助けて…フィガロ…っ!」

押し殺した悲鳴は、一人きりの部屋に虚しく溶けた

翌朝…偶には息抜きも必要だと、ヒースクリフに誘われてお墓参りに行く
休日を獲る事は私自身の借金になるのであまり休みたくはないが、フィガロは気にしなくていいと言ってくれた
フィガロが私を身請けする時の代金を想像して震える
今までの稽古代も生活費も、全て借金だ
遊女はそれを返済するまで働かされる
禿の世話をする姉女郎は禿の食費なども負担する
その分、姉女郎は働かされるのだ
終わりの見えない借金地獄に皆、絶望する

「ヒースは初めてお客様と同衾した時、どんな気持ちだったんですか…?」

不躾な質問だが、ずっと気になっていた
幼くして純潔を奪われる事は、どれ程の恐怖なのかと…

「最初は恐かったけど…終わってみたら、随分呆気なかったなって…正直、何をされたのかよく分からなかった」

意外な答えだった

「ただ、なんとなく…虚しかった…。今はもう、慣れたけどね」

私はそれ以上、聞くことができなかった
幼いヒースは、己の心を守る為に心を虚ろにしたのだ
私も、そうなるのだろうか…

お墓参りの帰りに、例の茶屋でお団子を食べた後、ヒースと妓楼へ帰る途中に野良猫のサクちゃんと遭遇した
私はその場でヒースと別れ、サクちゃんと戯れる
この遊郭の中で数少ない私の癒し
お腹を見せて撫でられるのを待っている姿は、私に心を許してくれている証
私は夢中になってサクちゃんを愛でた

「サクちゃんは今日も可愛いね~♡」

サクちゃんは、「ニニニ…」と不思議な鳴き声で応えた
時間を忘れるくらい幸せな気持ちになる
すっかり日も暮れてしまっていた
私は後ろ髪引かれる思いでサクちゃんを解放する
すると、サクちゃんは近づいてきた白い猫と共に立ち去った
サクちゃんには、番がいたのだ
仲睦まじいその光景に、なんだか切なくなる
私にもそんな時期があったな…と、フィガロとの思い出を振り返っては諦めの感情が滲む
それらを振り払うように妓楼へ足を向けると、突然後ろから誰かに抱き締められた



 




 








「ただいま、晶」
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