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1話
しおりを挟む「では私は失礼しますわ。陛下にも婚約破棄の件、よろしくお願いします、と伝えておいてくださいませ」
まだ私の笑顔に驚いているレオンハルト様にそう言って、私は会場を後にした。
あら?後ろから何か聞こえてきた気がしますが、無視でいいですよね?
だって、振り返って返事を返す義理などありませんもの。
そう思って我が家の馬車まで急いだ。
私、『スカーレット・バルドトール』は5歳の時にレオンハルト様の婚約者になりました。
別に王妃になりたい、とかレオンハルト様が好きだ、とかそんなものは一切ありませんよ?
ただ、色々事情があって私が選ばれたって言うだけですが、それは後ほど説明しますね。
そして、
「お前のコロコロ変わる表情を見ていると疲れる」
婚約者として初めて顔を合わせた時にレオンハルト様から、そう言われました。
その頃の私は、誰に対しても割と表情豊かだった方だと思います。
だって、まだマナーも完璧に身についていない時ですもの。
楽しい時は笑うし、悲しい時は泣くし、気に触ることがあったら怒るし......当然のことですよね?
でもレオンハルト様は、そんな私を見て疲れる、と言ったんです。
家に帰ってから、お父様とお母様、それから当時10歳だったお兄様に相談したところ大激怒して、相談どころではなくなってしまったので、子供ながらに自分で考えてみました。
その結果、じゃあ、レオンハルト様の前で表情を変えなきゃいいのでは?
という結論になりました。
もちろん、他の人の前では違いますよ?
家族と話す時は笑いますし、陛下や王妃様、レオンハルト様以外の王子やお友達にも普通に表情を変えます。
レオンハルト様の前だけです。
そして、今回の婚約破棄の理由が表情ですって。
自分で疲れるとか言っておきながら何を言ってるんだ、って話ですよね。
それに、あの男爵令嬢が王妃ですか。
まぁ、無理に決まっていますよね。
まず教養、マナー、あぁ、それから男関係もですね。
確かアンナ男爵令嬢はテストの順位は下から数えた方が早い、マナーは皆が驚くくらい身についていない、とのことですね。
それから、アンナ男爵令嬢は色んな方々と遊んでいらっしゃるとよく噂に聞きますわ。
勉強などは死ぬ気で頑張れば大丈夫かもしれませんが、誰の子供を孕むかわからない令嬢を王妃になんてするはずがありません。
あぁ、その前に王妃になるには伯爵位以上が必須でしたっけ。
その時点でアウトでしたわ。
そんな人に誑かされるレオンハルト様の今後が危うい気がしますが、自業自得ですよね?
そんなことを考えながら馬車に揺られていると、いつの間にか我が家に到着しました。
さて...お父様はもう帰ってきてるかしら?
いや、あの中で1番初めに会場を出たのは私だったのでまだですね。
今頃、陛下とお話中かしら?
私が婚約破棄されたって聞いたら喜んでくれるかしら?
そう思いながら気持ちを弾ませて屋敷の中に入った。
「戻りましたわ」
そう声をかけると、私の早い帰還に仕事をしていたメイド達が驚いています。
「お嬢様?随分と早かったですね?もうパーティーは終わったんですか?」
そう声をかけてきたのは私の専属メイドのハンナです。
5年前から専属になったんですが、まだ20代前半なのにすごく気が利くし、頭の回転も早い、私には勿体ないくらいできたメイドです。
皆も私の帰還理由を知りたがっているみたいなので、聞こえるように少し大きな声で
「私、レオンハルト様に婚約破棄されましたわ!」
そう言うと、皆が静まり返ってしまった。
どうしたんでしょう?もう少し喜んでくれると思ったんですが......
思っていなかった反応に少し戸惑っていると
「お嬢様!おめでとうございます!!」
「良かったですね!」
「これで自由の身ですよ!」
「わぁー!!良かったです!良かった!」
と周りで話を聞いていたメイド達が一斉に声をかけてくれた。
皆の顔は、凄くいい笑顔です。
まぁ、私がレオンハルト様と婚約破棄したいって皆知っていましたものね。
やっぱり1人で喜ぶより、みんなで喜んだ方が嬉しさ倍増です。
微笑みながら、ありがとう、とお礼を言っていると、ハンナだけが少し怒ったような、悲しんでいるような...複雑な表情をしているのが目に入った。
「...ハンナ?どうしましたの?」
と私が聞くと
「............理由はなんだったんですか?」
ハンナは一瞬聞くのを躊躇ったが、そう聞いてきたので、素直に答えた。
無表情なやつと結婚したくないとのことだ、と。
すると、さっきのお祝いムードとは一変して、
「あんのクソ王太子!!」
「誰のせいでお嬢様があんなことをしたと...!!」
「もう、やっちゃいます!?私頑張っちゃいますよ!」
と皆お怒りモードになってしまった。
ハンナなんて、1番物騒なことを言っていますわ。
一方私の方は、
あらまぁ......こんなに怒ってくれる人がいるなんて、私は幸せ者だわ。
なんて思いながらニコニコしてその様子を眺めていたのだった。
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