2 / 4
2.王子リュオン
しおりを挟む
(どこへ行くつもりだ?)
どこかの令嬢と共に、広間から出ていくイェシルの背中を見て、心配になる。
いまのイェシルは、無防備なことこの上ない幼子のようで、目が離せないのに。
こんな時に限って、私は彼に避けられている。
(なぜこんなことに……)
最愛の許嫁の記憶から、消し去られた。
夜会で突然落ちてきた照明。先に気づいたイェシルが、私を覆った。
おかげでふたりとも直撃は免れたが、飛んだ破片が大きめで、当たったイェシルは気を失い──、次に目覚めた時に彼は、自分の名前さえ忘れていた。
当然のように私のことも覚えておらず……。
私を誰かと尋ねてきた時には、心臓を握り潰されたかと思った。
「……イェシル……? タチの悪い冗談はやめてくれ……?」
そう返す私の声は震えていた。自分でも初めて聞くような弱々しい声。
なぜなら心底不思議そうに私を見てくるイェシルの瞳に、何の偽りも交じってないことを見て取ったから。
(私のことが、本気でわからない──?)
現実は容赦なく、"絶望"を叩き付けてきた。
「あの……、どちら様ですか?」困惑したような、あの時のイェシルの声と様子が、何度も頭の中で繰り返す。他人行儀な態度、硬い表情。これまでイェシルから向けられたことのないそれらに、世界が崩れる音がした。
以来彼には、一定の距離を取られ続けている。
他愛のない触れ合いはおろか、デートの時でも手を繋がせて貰えない。
蕩けるように癒されるひと時も、甘くときめいて満たされる時間も持てはしない。
傍にいるのに。
イェシルが足りない!
"文武両道で、有能な王太子"。"秀麗でセンスの良い見た目"。
肩書につく言葉はすべて、イェシルに頼もしいと思われるため努力した結果、獲得した評価だ。
もちろん王子として国のため学び、民のため国土を発展させる責任は、実感している。
だけど一番に幸せにしたい相手に尽くしてこそ、他にも目を配れるというもの。
長い婚約期間を経て、ようやく。堂々とイェシルを抱けると。挙式まであと僅かだと。
(そんな時に、なんの試練だ──)
イェシルは私との婚約に不満を示し、別の相手を探したいと申し出た。
あれの望みは叶えてやりたい。だけど、これだけは許諾出来ない。
ずっとずっと好きだった。
弟で、友人で、幼馴染で、恋人。
私の人生を占める、かけがえのない存在。
その姿を見るだけで心が弾むし、声を聞くだけで嬉しくなれる。
言葉を交わして視線を絡めたら、こみ上げてくる愛しさにたまらなくなる。
どう考えても、手放せる気がしない。
それに今のイェシルは、警戒、用心とは無縁の素直さで、見てて危なっかしい。
前々から、その純粋さは可愛かった。
けれど侯爵家という立場上、それなりに相手の下心は見抜いていたはずなのに、いまは貴族間の約束事や秘め事も心許なく、何でも言葉通りに受け取ってしまう。
むやみにイェシルに近づかないよう各所に圧をかけていたものの、イェシルから相手に寄っていくのは別だ。
「失礼」
こんなことをしている場合ではない。
私は人込みをかき分けイェシルを追い、そうして"足を痛めたご令嬢を馬車まで送った"という誇らしげな笑顔に迎えられた。
念のため、令嬢の素性や背景を調べておかなくては。
イェシルに悪い虫をつけるわけにはいかない。
疑いから入りたくはないが、イェシルが不用心な分、私が気を付けていないと。
そう思っていたのに。
なんでそんなしどけない姿勢で、あどけない顔で、紅潮した頬で、喘いでいるんだ、イェシルは!!
自室で"最愛"に誘われて、耐えれる男なんているわけがないだろう!!
どこかの令嬢と共に、広間から出ていくイェシルの背中を見て、心配になる。
いまのイェシルは、無防備なことこの上ない幼子のようで、目が離せないのに。
こんな時に限って、私は彼に避けられている。
(なぜこんなことに……)
最愛の許嫁の記憶から、消し去られた。
夜会で突然落ちてきた照明。先に気づいたイェシルが、私を覆った。
おかげでふたりとも直撃は免れたが、飛んだ破片が大きめで、当たったイェシルは気を失い──、次に目覚めた時に彼は、自分の名前さえ忘れていた。
当然のように私のことも覚えておらず……。
私を誰かと尋ねてきた時には、心臓を握り潰されたかと思った。
「……イェシル……? タチの悪い冗談はやめてくれ……?」
そう返す私の声は震えていた。自分でも初めて聞くような弱々しい声。
なぜなら心底不思議そうに私を見てくるイェシルの瞳に、何の偽りも交じってないことを見て取ったから。
(私のことが、本気でわからない──?)
現実は容赦なく、"絶望"を叩き付けてきた。
「あの……、どちら様ですか?」困惑したような、あの時のイェシルの声と様子が、何度も頭の中で繰り返す。他人行儀な態度、硬い表情。これまでイェシルから向けられたことのないそれらに、世界が崩れる音がした。
以来彼には、一定の距離を取られ続けている。
他愛のない触れ合いはおろか、デートの時でも手を繋がせて貰えない。
蕩けるように癒されるひと時も、甘くときめいて満たされる時間も持てはしない。
傍にいるのに。
イェシルが足りない!
"文武両道で、有能な王太子"。"秀麗でセンスの良い見た目"。
肩書につく言葉はすべて、イェシルに頼もしいと思われるため努力した結果、獲得した評価だ。
もちろん王子として国のため学び、民のため国土を発展させる責任は、実感している。
だけど一番に幸せにしたい相手に尽くしてこそ、他にも目を配れるというもの。
長い婚約期間を経て、ようやく。堂々とイェシルを抱けると。挙式まであと僅かだと。
(そんな時に、なんの試練だ──)
イェシルは私との婚約に不満を示し、別の相手を探したいと申し出た。
あれの望みは叶えてやりたい。だけど、これだけは許諾出来ない。
ずっとずっと好きだった。
弟で、友人で、幼馴染で、恋人。
私の人生を占める、かけがえのない存在。
その姿を見るだけで心が弾むし、声を聞くだけで嬉しくなれる。
言葉を交わして視線を絡めたら、こみ上げてくる愛しさにたまらなくなる。
どう考えても、手放せる気がしない。
それに今のイェシルは、警戒、用心とは無縁の素直さで、見てて危なっかしい。
前々から、その純粋さは可愛かった。
けれど侯爵家という立場上、それなりに相手の下心は見抜いていたはずなのに、いまは貴族間の約束事や秘め事も心許なく、何でも言葉通りに受け取ってしまう。
むやみにイェシルに近づかないよう各所に圧をかけていたものの、イェシルから相手に寄っていくのは別だ。
「失礼」
こんなことをしている場合ではない。
私は人込みをかき分けイェシルを追い、そうして"足を痛めたご令嬢を馬車まで送った"という誇らしげな笑顔に迎えられた。
念のため、令嬢の素性や背景を調べておかなくては。
イェシルに悪い虫をつけるわけにはいかない。
疑いから入りたくはないが、イェシルが不用心な分、私が気を付けていないと。
そう思っていたのに。
なんでそんなしどけない姿勢で、あどけない顔で、紅潮した頬で、喘いでいるんだ、イェシルは!!
自室で"最愛"に誘われて、耐えれる男なんているわけがないだろう!!
711
あなたにおすすめの小説
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 一月十日のアルファポリス規約改定を受け、サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をこちらへ移しましたm(__)m サブ垢の『バウムクーヘンエンド』はこちらへ移動が出来次第、非公開となりますm(__)m)
婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる
kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。
かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。
そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。
「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」
おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる