「愛さない」と告げるあなたへ。ほか【異世界恋愛短編集】

みこと。

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王子殿下のこと、私が先に誘惑しちゃいます

3.聖女様が言うには

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「!」

 すらすらと並べられた言葉に、隣で殿下も驚いている。私は慌てて聞き返した。

「吸血、虫?」
「そうよ。なぁに? いまさら知らないふり? もしかして転生のこと、そちらの殿下に内緒だった?」

 私は殿下と顔を見合わせる。

 "僕は何も話してないよ"、と無言のジェスチャーが返ってきた。

 ですよね、私もそう思う。そして聖女様の様子に、隠しておく必要なさそうと判断する。

(勘だけど、この人は敵じゃない)

 もし私に敵意を抱いていたら、殿下が私に会わせようとするはずがない。
 彼は、私より他人の思惑に敏感だもの。

 私は聖女様に答えた。

「じゃなくて、小説の内容を詳しく覚えてなくて」

 最近まで、何の小説かもわかってなかった。

「ああ、そうなのね──。蚊みたいな羽虫が大量発生して、病気を広め、この国に危機が訪れるの。聖女が転移して、しばらくしてから起こる騒ぎで、聖女は熱に苦しむ多くの人を助けるのよ」

「あ……っ」

 そういえば『花冠をあなたに』のお話では、聖女が地盤を固めたのも、王宮で強い発言権を持ったのも、治癒面で活躍したからだった。

(虫、蚊、発熱……まさかマラ〇アとか、デ〇グ熱とか、そういう──?)

 でもこの国で、大量の蚊が人を襲うことはない。

「羽虫? それなら過去にマーヤが"蚊取り線香"とかいう虫よけを作ったから、それが国内に浸透して以来、極端に刺される人間は減っているぞ」

「あっ!」
「はぁ?」

 殿下の言葉に、私と聖女はそれぞれ同時に声を出した。

 そうなのだ。
 私がまだ、菊池麻弥だった頃。学校の自由研究で、お手製・蚊取り線香を作ったことがあった。

 なんせ苗字が菊池。
 蚊取り線香が、同じく菊の名を持つ《除虫菊》から作られると知って興味を持ち、手作りしてみたため、転生後も作り方を覚えていたのだ。
 こっちの世界にも似た花があり、効果が確認されたから、これ幸いとばかりに大量生産した。

 あと下水道のにおいが苦手だったから、そちらも整備して貰ったし、他にも前世の知識で庶民の衛生面とか、生活向上してる。

 だって婚約者は、第一王子という権力者で、私の実家は公爵家。財力があるから、効果が認められればお父様が商談だとか、人気取りとかに活用したもの。

「私、もしかして未然に、国の危機を防いでた?」

 私の呟きに、菊池さんは拍子抜けしたような声を出した。

「なぁんだ。なら私もうお役ごめんじゃない。さっさとかえらせて」

「えっ、えっ?」と私。
「そうか」と頷く殿下。

 菊池さんが続ける。

「だって、居残ったところでこの舞台、逆ざまぁのお話でしょ? いやよ、分かってるのに、王子と令嬢に手を出して"ざまぁ"されるなんて。たくさんの人が困るかも、と思ったから、心配で残ってたんじゃない。そっちの恋愛ごとには興味ないわ」

 この人って、この人って──。

聖女よいひと!!!!」

「だから聖女だってば。というわけで王子様。魔法陣の段取りをして、私を元いた場所に還して欲しいの」

 『花冠をあなたに』の世界では、異世界人の来訪は偶然だが、帰還は王家が守る魔法陣が使える設定になっていた。
 物語の聖女は悪役で、"逆ざまぁ"の捕獲劇から逃れようと、魔法陣に走るシーンがある。物語では騎士によって阻止されたけど、こちらの彼女は止める理由がない。

「わかった。この国を案じてくれた礼に、しっかりと土産を用意しよう」
「わ、嬉しい。話が早い人って良いわね!」

 彼女はほがらかに笑って、ウィンクした。


 菊池さんは日本の会社員で。仕事の疲れをラノベで癒す派だった。
 よって読んだ話は数知れず、そんな中、同姓同名が出る作品があったから「いつか異世界転移しちゃうかもね──」と笑っていたら、まさかの事態が起こったらしい。
 ラノベの世界に恩返ししようと、聖女の力を発揮するため、今まで滞在していてくれたのだとか。

 魔法陣は気がかりがあると発動しないのだ。蚊取り線香は、彼女の憂いを煙と消した。

「これを換金して、またたくさんラノベ読むわね~っ」

 殿下からいくつか宝石を貰って、菊池さんは元気に魔法陣から帰還した。欠勤した分も、宝石で賄うと言っていた。私も渡したから、たとえ無職になっても当面困らないと思う。
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