「愛さない」と告げるあなたへ。ほか【異世界恋愛短編集】

みこと。

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冷酷な王弟殿下のふたりの花嫁。~なんでも一緒を望む妹が、私と同じ相手に嫁ぐと言ったので、こうなりました~

本編「中編」

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「ぎゃあああああ!!」


(え?)

 開いた目に飛び込んできた光景を、私は一生忘れないと思う。

 黒い触手がライオネル様を縛り、その口にぐいぐいと押し入っていく。

(何?!)

 触手のもとをたどれば、それは。
 横たわったリサの手から伸びていた。

(ええええええ!!?)

 リサの亡骸が異形と化していた。
 寝間着からこぼれる手はゴムのように自在にうねり、真っ黒に伸びてライオネル様を絡みとり、押さえつけ、ついに。
 リサの身体が跳ね起きた。

 リサからライオネル様に向けられているのは、明確な殺意。

 それを全身で感じる。
 
「リ、リリリ、リサ?」

 生き返ったわけではない。
 それよりももっと深い異質な気配。
 人間を超えたナニか。

 リサはもう漆黒の塊りになっていた。
 
 黒い影となった全身で、リサはライオネル様の命を搾り取ろうと襲い掛かっている。

(窒息? 圧死?)

 そんな言葉を脳裏に巡らせながら、私は動くことも出来ずに嘘のような現実をただ見守る。


「ぐぁ……っ、あ゛……っ」


 やがてライオネル様の手が、力なく虚空に伸び、小刻みに痙攣し、そして、落ちた。

 ゴゥッ!!

 "生命いのち"が目に見えるとしたら、まさに私が見ているものがそうなのだろう。

 ライオネル様の身体から、淡く白い光が、すさまじい勢いでリサだった影・・・・・・に吸いあげられていく。
 
 それは一瞬だったかもしれないし、悠久の時間ときだったかもしれない。

 地下室は異界となって、有り得ない光景はやがてそっと、変容し始めた。

 ライオネル様の生気を奪いつくした黒い影が、その形を人間ひとのそれに変えていく。

 長い脚に、逞しい腕に。
 厚い胸板に、短い黒髪に。

「リ……リサ……、な、の?」

 リサを感じて、影に問いかける。

「ええ、そうです。おねえさま」

 ゆらりと立ち上がりながら答えるのは、低い、男の人の声。
 さっきまで聞いていたライオネル様のお声、そしてライオネル様のお姿。

「────!!」

 私は目を見開いた。
 
 まるで違う声に聞こえるほど、その声は甘く、私を慈しむ響きが込められている。
 侮蔑と愉悦しか宿してなかった眼差しが、憧憬と愛情の色を孕む。

「一体これは、どうなってるの……?」

 自分の口から絞り出した声が、弱々しく消えそうだ。

 リサの死、目前に迫った恐怖、そしてライオネル様に変わったリサ。
 私はいま、目の前で繰り広げられた事態に、ついていけていなかった。

 リサだったライオネル様が口を開く。

「私は、あなた方人間が言うところの"双つ影ドッペルゲンガー"です」

「"双つ影"?!」

 聞き返した私にリサ、いえ、は「そうです」と答え、続けた。

「この世と鏡の境に住まう幻影。命の火が消えゆく人間に、その死を知らせる役目を持った、神の影。神が地上に落とした影ゆえに、その姿はなく、人間を写して世に現れる。だから私は、あなたの前に現れた。あなたは小さな頃から、"死"のすぐ隣にたので」

「!! 待って! じゃあリサは?! 私の妹はどうなったの??」

(やっぱりライオネル様に殺されて──)

「リサは、はじめからいません・・・・・・・・・

「!!」

「あなたは双子ではなく、たったひとりで生まれてきました」

「でもリサはずっと一緒に生きて来たわ! 私と一緒に育って、私と笑いあったもの!」

「あれは、あなたの望み。外で自由に遊びたい。健康な身体で走り回りたいと願う、あなたの思いを私がかぶっただけの姿」

「……え……?」

 何を……言っているの? リサはいなかった? リサは私の願いのカタチ? 何を言っているの!!?

「私はあなたに死を告げるため。あなたの夢を写しながら、あなたに会いました」

 ライオネル様の声が、ゆっくりとその意味を私に染み込ませてくる。

 身体に力が入らない。
 崩れ落ちそうになる私を、そっとライオネル様になったリサが支える。

 リサとは比べ物にならない、大きい手。
 生気が流れ込んでくるような、そんな力強さを感じる。

(こんなに温もりを持った手が、幻影? リサだって温かかった。何度も触れて、確かに彼女は生きていたのに)

「私は……もう死ぬの?」

 目の前にいるのが"ドッペルゲンガー"なら。
 "死の影"と呼ばれる幻影なら。

 出会った人間は、近いうちに死出へ歩む。

 ずっと病気がちでベッドから出れる日がなかった幼い頃。
 十代になり、こうして外を歩けるようになって、少しずつ健康になっていけると思っていた。

 けれど"死"の予告は、こうしていまも残酷に、私の前にいる。

「それは……」

 言いにくそうにライオネル様が──"双つ影"が言葉をのむ。

「──申し訳ないのですが、死にません・・・・・
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