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王太子殿下は謗られたい?~婚約破棄の舞台裏、真面目な王子頑張ります!~
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その日、クランベリーの王太子、エドアルド・クランベリーは消沈の真っただ中にあった。
彼の想定通りに、事が運ばなかったからである。
今日、エドアルドは、建国記念の式典パーティーで、婚約破棄を宣言するつもりだった。
公爵令嬢ローズとの婚約を解消し、真実の愛の相手として、男爵家の娘ビオラを紹介する。
そして、それを皮切りに。
逃がした元婚約者はとんでもない才女だったと明かされたのちに、隣国の皇太子に求婚される。
エドアルドは家同士の取り決めを無視し、国を混乱に貶めた罰として、首尾よく(?)廃太子となり。
罵倒され、あざけられて、追放される予定だったのだ。
なぜなら、それがこの物語の美味しい見せどころだったから。
冒頭、高らかな婚約破棄宣言。中盤、どんどんはがれていく自分と恋人のメッキ。後半、どうにもならなくなり、後悔しながら厳罰を受ける。
この筋書きを効果的に見せるため、マネキンをローズに見立て、泣いて復縁をすがる練習もした。
ドレスの裾にみっともなくしがみつき、涙ながらに許しを乞うのだ。
きっと読者は、無能王子の醜態を喜ぶはずだ。
配役として、冥利に尽きる。
貧乏くじではあるものの、与えられた仕事は完璧にこなしたい。
エドアルドはそう考える、責任感の強い男だった。
いかに立ち回れば、愚かでみじめに見えるか。
声の出し方、目の泳がせ方、身体の角度、あらゆるリアクションを日々研究し、完璧に演じきれる自信があった。
(いよいよだ……!)
婚約破棄物語の始まり。ついに研鑽の成果を見せるときがやってきた。
気合いを入れて身を飾り、晴れ舞台へと臨んだ。
(頑張って、罵倒されてくる!!)
で、あるはずだったのに。
エドアルドの意気込みは、空回りに終わってしまった。
周囲が許さなかったのだ。
エドアルドは、彼自身が思っている以上に、国や民から愛されていた。
人々は、真面目で秀麗なエドアルド王子を、原作者の意向とやらで、苦難の人生に突き落とすつもりはなかった。
大切に育ててきた王子を、脚本通りに手放す気はなかった。
――毎日数十を数える婚約破棄話が投稿されているのだ。ひとつくらい、違う物語になってもいいだろう。――
登場人物たちは大好きな王子を思うあまり、そんな結論に至った。そして、示し合わせた。
まず、恋人役のビオラが約束の場所に来ない。
王子の斜め後ろから婚約者であるローズを眺め、ニヤリとほくそ笑むはずの浮気相手。
彼女がいないことには、どうにも絵面が決まらない。
宴は始まっているし、どうしたものかと困惑しているエドアルドに、ローズが顔を赤らめながら耳打ちしてきた。
「殿下、私で良ければ毎晩、誠心誠意、罵らせていただきます。どうかそれでご辛抱くださいませ」
(どういう意味だ? 大体、誠心誠意の罵りってなんだ?)
愛情のこもった罵り、そんなものはもう"罵り"ではないのではないか。
エドアルドが罵倒されるのは、台本にそう書いてあったから、その通りに進めようとしたまでのこと。
しかし、あまりに熱心に事前稽古に励んだせいで、そういう性癖があるのかと誤解されたのかもしれない。
ローズにも何度か言っていた。「もっと蔑むような冷たい眼で僕を見てくれ」と。単に演者としての要求だったが、もしかして彼女は、真に受けたのか?
(それじゃ僕が変態みたいじゃないか)
暗澹たる思いに暮れつつ、その後もいくらか機会を探って足掻いてみたが、無駄だった。
そうこうするうちに国王夫妻も登場となり、物語として最適なタイミングも逃し、終始なごやかな空気のまま、夜会は続く。
(今夜はもう無理だ)
エドアルドは諦め、失意のうちに自室に戻り……。今に至っているわけである。
バルコニーでぼんやりと夜空を眺めながら、今後の巻き返しをどうはかるべきか考えていた。
「これからどう動けばいいんだ……」
風に呟いたはずの言葉は、そばに控える従者の耳に届いた。
乳兄弟であり、幼馴染であるともは、遠慮もせずに口をはさむ。
「お気になさらず、このままで良いのでは? 隣国の皇太子も、他の男性にぞっこんなローズ様を娶りたいとは思わないでしょう」
「ローズに"想い人"がいるのか? 誰だ」
あわてて振り返った主人に、従者は信じられないものを見るかのような視線を向けた。
「殿下――。それ本気ですか? そのうち本当に、ローズ様に罵倒されますよ? "この鈍感!"って」
ローズに謗られるのは、エドアルドの望むところだ。原作ではそうなっている。
だが、何やらニュアンスが違う気がする。
結局、従者の口から、彼女の想い人の名は教えてもらえなかった。
なんだか胸がもやもやする。きっと今日、失敗したからだ。
思わず、ため息がこぼれた。
(……とりあえず、次のチャンスは学園の卒業祝賀会だな。ビオラにもしっかりと言い含めて、下準備をきちんとしておこう)
リハーサルは必要だろうか?
その際には、ローズにも協力して貰わないと。
まずは会った機会にさり気なく、彼女の想い人も聞き出して……。
(ローズの隣に、別の男が立つのは嫌だな)
でも自分が追放されていなくなれば、彼女はいずれ誰かと結婚する?
(それはかなり、不快だぞ……? なんだ? この気持ち)
物語に忠実で熱心な王太子が自分の想いに気づき、定められていない人生を歩き始めるのは、あと、ほんの少し先の話である。
-----
《王太子殿下は謗られたい?》完
※こちらは過去、アルファポリス様で公開していた単話を、再編集して収録しています。(以前の作品は規約に準じ、非公開としました)
彼の想定通りに、事が運ばなかったからである。
今日、エドアルドは、建国記念の式典パーティーで、婚約破棄を宣言するつもりだった。
公爵令嬢ローズとの婚約を解消し、真実の愛の相手として、男爵家の娘ビオラを紹介する。
そして、それを皮切りに。
逃がした元婚約者はとんでもない才女だったと明かされたのちに、隣国の皇太子に求婚される。
エドアルドは家同士の取り決めを無視し、国を混乱に貶めた罰として、首尾よく(?)廃太子となり。
罵倒され、あざけられて、追放される予定だったのだ。
なぜなら、それがこの物語の美味しい見せどころだったから。
冒頭、高らかな婚約破棄宣言。中盤、どんどんはがれていく自分と恋人のメッキ。後半、どうにもならなくなり、後悔しながら厳罰を受ける。
この筋書きを効果的に見せるため、マネキンをローズに見立て、泣いて復縁をすがる練習もした。
ドレスの裾にみっともなくしがみつき、涙ながらに許しを乞うのだ。
きっと読者は、無能王子の醜態を喜ぶはずだ。
配役として、冥利に尽きる。
貧乏くじではあるものの、与えられた仕事は完璧にこなしたい。
エドアルドはそう考える、責任感の強い男だった。
いかに立ち回れば、愚かでみじめに見えるか。
声の出し方、目の泳がせ方、身体の角度、あらゆるリアクションを日々研究し、完璧に演じきれる自信があった。
(いよいよだ……!)
婚約破棄物語の始まり。ついに研鑽の成果を見せるときがやってきた。
気合いを入れて身を飾り、晴れ舞台へと臨んだ。
(頑張って、罵倒されてくる!!)
で、あるはずだったのに。
エドアルドの意気込みは、空回りに終わってしまった。
周囲が許さなかったのだ。
エドアルドは、彼自身が思っている以上に、国や民から愛されていた。
人々は、真面目で秀麗なエドアルド王子を、原作者の意向とやらで、苦難の人生に突き落とすつもりはなかった。
大切に育ててきた王子を、脚本通りに手放す気はなかった。
――毎日数十を数える婚約破棄話が投稿されているのだ。ひとつくらい、違う物語になってもいいだろう。――
登場人物たちは大好きな王子を思うあまり、そんな結論に至った。そして、示し合わせた。
まず、恋人役のビオラが約束の場所に来ない。
王子の斜め後ろから婚約者であるローズを眺め、ニヤリとほくそ笑むはずの浮気相手。
彼女がいないことには、どうにも絵面が決まらない。
宴は始まっているし、どうしたものかと困惑しているエドアルドに、ローズが顔を赤らめながら耳打ちしてきた。
「殿下、私で良ければ毎晩、誠心誠意、罵らせていただきます。どうかそれでご辛抱くださいませ」
(どういう意味だ? 大体、誠心誠意の罵りってなんだ?)
愛情のこもった罵り、そんなものはもう"罵り"ではないのではないか。
エドアルドが罵倒されるのは、台本にそう書いてあったから、その通りに進めようとしたまでのこと。
しかし、あまりに熱心に事前稽古に励んだせいで、そういう性癖があるのかと誤解されたのかもしれない。
ローズにも何度か言っていた。「もっと蔑むような冷たい眼で僕を見てくれ」と。単に演者としての要求だったが、もしかして彼女は、真に受けたのか?
(それじゃ僕が変態みたいじゃないか)
暗澹たる思いに暮れつつ、その後もいくらか機会を探って足掻いてみたが、無駄だった。
そうこうするうちに国王夫妻も登場となり、物語として最適なタイミングも逃し、終始なごやかな空気のまま、夜会は続く。
(今夜はもう無理だ)
エドアルドは諦め、失意のうちに自室に戻り……。今に至っているわけである。
バルコニーでぼんやりと夜空を眺めながら、今後の巻き返しをどうはかるべきか考えていた。
「これからどう動けばいいんだ……」
風に呟いたはずの言葉は、そばに控える従者の耳に届いた。
乳兄弟であり、幼馴染であるともは、遠慮もせずに口をはさむ。
「お気になさらず、このままで良いのでは? 隣国の皇太子も、他の男性にぞっこんなローズ様を娶りたいとは思わないでしょう」
「ローズに"想い人"がいるのか? 誰だ」
あわてて振り返った主人に、従者は信じられないものを見るかのような視線を向けた。
「殿下――。それ本気ですか? そのうち本当に、ローズ様に罵倒されますよ? "この鈍感!"って」
ローズに謗られるのは、エドアルドの望むところだ。原作ではそうなっている。
だが、何やらニュアンスが違う気がする。
結局、従者の口から、彼女の想い人の名は教えてもらえなかった。
なんだか胸がもやもやする。きっと今日、失敗したからだ。
思わず、ため息がこぼれた。
(……とりあえず、次のチャンスは学園の卒業祝賀会だな。ビオラにもしっかりと言い含めて、下準備をきちんとしておこう)
リハーサルは必要だろうか?
その際には、ローズにも協力して貰わないと。
まずは会った機会にさり気なく、彼女の想い人も聞き出して……。
(ローズの隣に、別の男が立つのは嫌だな)
でも自分が追放されていなくなれば、彼女はいずれ誰かと結婚する?
(それはかなり、不快だぞ……? なんだ? この気持ち)
物語に忠実で熱心な王太子が自分の想いに気づき、定められていない人生を歩き始めるのは、あと、ほんの少し先の話である。
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※こちらは過去、アルファポリス様で公開していた単話を、再編集して収録しています。(以前の作品は規約に準じ、非公開としました)
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