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魔王息子の期待
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「お父さまなんて、大キライ!!」
声高な宣言と共に、末妹が父上のお部屋から飛び出してきた。
(うっ……わ……)
タイミング、最悪。
父上にお願いしたいことがあってやってきたものの、恐ろしい事態に出くわしたと天を仰ぐ。
いや、むしろ事件現場を見れて良かった。
あと少し時間がズレてたら、何も知らずに入室してたところだった。
素早く父上のお部屋へ目を走らせる。
扉向こうから、重苦しくも淀んだ空気が漏れ出してきているのは、気のせいじゃない事実。
と、部屋前に控える小姓と目が合った。
まさか、という色を一瞬浮かべた相手に、即座に首を振って返す。
来訪の取り次ぎに入りたくないんだろ? 俺だって、今の父上に会いたいもんか。
なんといったって、相手は魔王だ。
しかも、間違いなく機嫌の悪い魔王。
……息子の俺ですら、回避必須の状態。
(出直そう)
さっと回れ右した俺の背に、少女の可愛らしい声が呼びかけた。
「――お兄さま? お兄さまからも一緒にお父さまにお願いしてください」
「嫌だ」
なんの頼みかわからんが、君子危うきに近寄らず。
否定ざま肩越しに振り返ると、うるっと顔をゆがめる末っ子が目に入る。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、もう!!
仕方ない、話だけなら聞こう。
8歳年下とかズルイよな? こっちが悪い気にさせられる。
「何があったって言うんだ?」
向き直った俺に、小さな妹が訴えるには。
"生き物を拾ったので、ペットとして飼いたい"と父上に願い出て却下された、という内容だった。
よく見ると、両手には布を被せたカゴらしきものを抱えている。
くっだらね!
「それで父上に対してあんな暴言を吐いたのか? 不敬が過ぎるぞ。後で謝れよ? 他の者なら大罪だ」
(とばっちりが来る側の迷惑も考えろ)
俺の注意に、不満そうな上目遣いで見上げてくる。父上が甘やかすから、これだよ、もう。
「うちはペット禁止だろ? 大昔、おばあさまが城が広いのをいいことに何でもかんでも飼い始めて、収拾がつかなくなったって話、有名じゃんか。
ベヒーモスの大量繁殖に、最後は責任とって殺すしかなくなってさ。戒め込みで振舞われた肉料理が固すぎて、当時子どもだった父上のトラウマになってんだよ。食用じゃないもんな。そもそも歯が立ったのかって話だけど」
「でも、これはそんなに大きくないし、番いでもないし……」
布で覆ったカゴに目を落とす妹。
「そういや、何の生き物……」
"……ニャ~~"
(!!)
問いかけた俺の耳に届いたのは。
かぼそくも心打つ鳴き声。
「まさか、それ……伝説の……"ネコ"?」
「"ネコ"?」
「聞いたことないか? 魔境じゃ魔獣に食べられてしまって生き残らないらしいけど、人間の国では生息してて、飼われたりしてる生き物だ。そいつは腕の中に納まるような大きさで、"ニャー"って鳴くらしいんだが……」
「人間が、飼っているのですか?」
「ああ。噂では、抱いた相手をとろかす程に愛い生き物だという話だ」
「相手を溶かす? それは危険生物ではありませんか? スライムの類ですの?」
「いや、そっちの"溶かす"じゃなくてだな。"魅了"系だ。自分の虜にしてしまうらしい。骨抜きになった人間は、"ネコ"の思うがままに操られるとも聞くぞ」
「では魔法生物……。どうして自分に害を及ぼす生き物を、か弱い人間が飼うのです?」
「う――ん。そのあたりはよくわからないんだけどな。うまく潜り込んで寄生するタイプなんじゃないか。なんと言っても見た目が最強に愛らしいと聞くからな」
「外見は可愛く、でも魔獣に駆逐される程、力は弱い……。お兄さま、私の拾った生き物、その"ネコ"かもしれません」
「なに?!」
「だって、見るだけで癒されそうな可愛さですのよ」
"ネコ"? まさか、こんな奥地まで迷い込んで来たっていうのか?
猪のごわついた体毛などとは比べ物にならない、ふわふわ柔らかな毛は、極上の手触りと聞く。撫でると至福のひとときを味わえ、パッチリとした瞳の前には、つい抱き上げたくなるとか。まずい、モフりたくて手がソワソワしてきた。
俺まで洗脳されるわけにはいかないが、魔力耐性には自信がある。きっと大丈夫だ。
「本当に"ネコ"なら俺も見たいな。気に入ったら、俺からも父上に口添えしてやろう」
「ほんと??」
こくりと頷く。
脆弱な愛玩動物なら保護して当然。さあっ、愛でるぞぉ――。
ぱっ、と、期待を込めて布を外す。あらわになったカゴの中に一体の影。
これが、これが――。
ネコぉぉ???
思ってたんと全然違う!!
妹の持つカゴの中に納まっていたのは、体毛なんて一本もない、濡れたような表皮の巨大ガエルだった。
毒々しい色合い。そいつが。
"ニャ~~"
(!!!!)
なんだこれ、鳴き声詐欺だ!!
見た目にそぐわない高い声に、猛烈に腹が立ってくる。勝手に夢見た俺も悪い。だが、これのどこが"可愛い"んだ!! 末っ子の感性を疑う案件だ!!
"ネコ"。実物は見たことなかったが、俺の与り知らぬ前世の記憶が、これは別物だと告げた。
こんなのを伝説の"ネコ"だとは認めない。どう見てもカエル。
そして、"拾った"んじゃなくて、"生息してたの捕まえた"の間違いだろ?
くそぉっ、俺のワクワクを返せ!!
「元いた場所に戻してこい! 父上は正しい!! こんなの飼えるか!!」
思わず叫んだ俺に、妹の頬は真っ赤に染まり、カエルのそれ以上に膨らんだ。
「お兄さまなんて、大キライ!!」
――その日、無敵の魔王とその王太子が強力な精神攻撃を受けたと話題になったが、相手が誰であったか、目撃した小姓は一切を語らなかったという――。
◆ ◆ ◆
(※猫じゃらし様よりファンアートをいただきました↓うなされてます!)
(※サトミ☆ン様よりお祝い絵をいただきました↓カエル付きなのでここに貼る!)
(※天理妙我様がフェルトで毒カエルを作ってくださいました↓にゃ~~!)
(※活動報告に使用した拙絵)
声高な宣言と共に、末妹が父上のお部屋から飛び出してきた。
(うっ……わ……)
タイミング、最悪。
父上にお願いしたいことがあってやってきたものの、恐ろしい事態に出くわしたと天を仰ぐ。
いや、むしろ事件現場を見れて良かった。
あと少し時間がズレてたら、何も知らずに入室してたところだった。
素早く父上のお部屋へ目を走らせる。
扉向こうから、重苦しくも淀んだ空気が漏れ出してきているのは、気のせいじゃない事実。
と、部屋前に控える小姓と目が合った。
まさか、という色を一瞬浮かべた相手に、即座に首を振って返す。
来訪の取り次ぎに入りたくないんだろ? 俺だって、今の父上に会いたいもんか。
なんといったって、相手は魔王だ。
しかも、間違いなく機嫌の悪い魔王。
……息子の俺ですら、回避必須の状態。
(出直そう)
さっと回れ右した俺の背に、少女の可愛らしい声が呼びかけた。
「――お兄さま? お兄さまからも一緒にお父さまにお願いしてください」
「嫌だ」
なんの頼みかわからんが、君子危うきに近寄らず。
否定ざま肩越しに振り返ると、うるっと顔をゆがめる末っ子が目に入る。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、もう!!
仕方ない、話だけなら聞こう。
8歳年下とかズルイよな? こっちが悪い気にさせられる。
「何があったって言うんだ?」
向き直った俺に、小さな妹が訴えるには。
"生き物を拾ったので、ペットとして飼いたい"と父上に願い出て却下された、という内容だった。
よく見ると、両手には布を被せたカゴらしきものを抱えている。
くっだらね!
「それで父上に対してあんな暴言を吐いたのか? 不敬が過ぎるぞ。後で謝れよ? 他の者なら大罪だ」
(とばっちりが来る側の迷惑も考えろ)
俺の注意に、不満そうな上目遣いで見上げてくる。父上が甘やかすから、これだよ、もう。
「うちはペット禁止だろ? 大昔、おばあさまが城が広いのをいいことに何でもかんでも飼い始めて、収拾がつかなくなったって話、有名じゃんか。
ベヒーモスの大量繁殖に、最後は責任とって殺すしかなくなってさ。戒め込みで振舞われた肉料理が固すぎて、当時子どもだった父上のトラウマになってんだよ。食用じゃないもんな。そもそも歯が立ったのかって話だけど」
「でも、これはそんなに大きくないし、番いでもないし……」
布で覆ったカゴに目を落とす妹。
「そういや、何の生き物……」
"……ニャ~~"
(!!)
問いかけた俺の耳に届いたのは。
かぼそくも心打つ鳴き声。
「まさか、それ……伝説の……"ネコ"?」
「"ネコ"?」
「聞いたことないか? 魔境じゃ魔獣に食べられてしまって生き残らないらしいけど、人間の国では生息してて、飼われたりしてる生き物だ。そいつは腕の中に納まるような大きさで、"ニャー"って鳴くらしいんだが……」
「人間が、飼っているのですか?」
「ああ。噂では、抱いた相手をとろかす程に愛い生き物だという話だ」
「相手を溶かす? それは危険生物ではありませんか? スライムの類ですの?」
「いや、そっちの"溶かす"じゃなくてだな。"魅了"系だ。自分の虜にしてしまうらしい。骨抜きになった人間は、"ネコ"の思うがままに操られるとも聞くぞ」
「では魔法生物……。どうして自分に害を及ぼす生き物を、か弱い人間が飼うのです?」
「う――ん。そのあたりはよくわからないんだけどな。うまく潜り込んで寄生するタイプなんじゃないか。なんと言っても見た目が最強に愛らしいと聞くからな」
「外見は可愛く、でも魔獣に駆逐される程、力は弱い……。お兄さま、私の拾った生き物、その"ネコ"かもしれません」
「なに?!」
「だって、見るだけで癒されそうな可愛さですのよ」
"ネコ"? まさか、こんな奥地まで迷い込んで来たっていうのか?
猪のごわついた体毛などとは比べ物にならない、ふわふわ柔らかな毛は、極上の手触りと聞く。撫でると至福のひとときを味わえ、パッチリとした瞳の前には、つい抱き上げたくなるとか。まずい、モフりたくて手がソワソワしてきた。
俺まで洗脳されるわけにはいかないが、魔力耐性には自信がある。きっと大丈夫だ。
「本当に"ネコ"なら俺も見たいな。気に入ったら、俺からも父上に口添えしてやろう」
「ほんと??」
こくりと頷く。
脆弱な愛玩動物なら保護して当然。さあっ、愛でるぞぉ――。
ぱっ、と、期待を込めて布を外す。あらわになったカゴの中に一体の影。
これが、これが――。
ネコぉぉ???
思ってたんと全然違う!!
妹の持つカゴの中に納まっていたのは、体毛なんて一本もない、濡れたような表皮の巨大ガエルだった。
毒々しい色合い。そいつが。
"ニャ~~"
(!!!!)
なんだこれ、鳴き声詐欺だ!!
見た目にそぐわない高い声に、猛烈に腹が立ってくる。勝手に夢見た俺も悪い。だが、これのどこが"可愛い"んだ!! 末っ子の感性を疑う案件だ!!
"ネコ"。実物は見たことなかったが、俺の与り知らぬ前世の記憶が、これは別物だと告げた。
こんなのを伝説の"ネコ"だとは認めない。どう見てもカエル。
そして、"拾った"んじゃなくて、"生息してたの捕まえた"の間違いだろ?
くそぉっ、俺のワクワクを返せ!!
「元いた場所に戻してこい! 父上は正しい!! こんなの飼えるか!!」
思わず叫んだ俺に、妹の頬は真っ赤に染まり、カエルのそれ以上に膨らんだ。
「お兄さまなんて、大キライ!!」
――その日、無敵の魔王とその王太子が強力な精神攻撃を受けたと話題になったが、相手が誰であったか、目撃した小姓は一切を語らなかったという――。
◆ ◆ ◆
(※猫じゃらし様よりファンアートをいただきました↓うなされてます!)
(※サトミ☆ン様よりお祝い絵をいただきました↓カエル付きなのでここに貼る!)
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