魔王さんちのお話【短編集】

みこと。

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魔王息子の孤独な戦い

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 目の前に、ふてくされた少女がひとり。

 1枚の紙を手に、不服そうに見上げてくる。エレメアだ。
 "魔王の末娘"という立場で父上が激甘なせいか、現在この城で1番好き放題に生きてるやつだと俺は思ってる。


「何が不満なんだ? 願い事、聞いてやったろ?」


 ぷう、と頬を膨らませて、末妹が下を向く。


 何を思ったか、「お兄さま、エレメアの絵姿を描いてくださいませ!」と、紙とペンを持って無茶ぶりしてきたのがつい先刻。
 渋々描いてやった似顔絵が、気に食わなかったらしい。
 知らん!!
 いくら俺が有能でも、再現能力にまで長けてるわけじゃないんだぞ。
 これが俺の精一杯だ。勝手な期待にまで責任は持てん。


 と、小さな声が、細々と言葉を紡ぐ。


「エレメアは……エレメアはこんなじゃありません。お顔は真ん丸じゃないし、目やお口は歪んでないし、体も棒じゃないもの……」


 だから表現技術を持ってない、ってるだろ。とは言いたくない。
 妹の前では"何でも出来る兄"というスタンスだ。


「仕方ない、俺にはお前がこう見えてる」

 きっぱり突き放すと、ぐっ、と硬直したエレメアの肩が震え始めた。


 あ。まずい。


 泣かせて父上のお耳に入ると厄介だ。
 かといって、構い過ぎると他の妹たちが「エレメアを贔屓してる」とうるさいし。
 なんて面倒臭いんだ! これが兵士長がこっそりぼやいてた、"チューカンカンリショク中間管理職の悲哀"というやつか!


「あー、あー、あー。わかった。少し描き足してやる。紙を返せ」

 ひっく、ひっくとベソをかくエレメアの前で、エレメア絵の周囲にくるくると線を書き足す。

「お兄さま、これなぁに?」

 "何"と来たか。見て伝わんないあたりが切ない。


「花だ」

「お花?」

「そう。おまえ、花好きだろ? 花に囲まれた"かわいい"妹の図」

 ぱっ、とエレメアの顔いっぱいに喜色が広がる。

 よし、リップサービス効果あり!


「エレメア、かわいい?」

「うんうん、とても絵では表せないくらいだ」

 にこぉっとこぼれる笑顔に、機嫌が直ったことを確信する。


「ねえ、お兄さま、今度お花畑に連れて行ってくださいませ」

「え」

「イデの谷のお花畑が良いです」


 花なんて描くんじゃなかった。


「いやだ。そんな遠いとこ、手間すぎる」


 うりゅっ。って、すぐ泣きそうになるの、やめろよな。


「大体、いまは季節じゃないだろ。谷へ行っても花はないよ」

「じゃあ、お花が咲いたら!! ね。お約束」

「まあ……花が咲いたらな」

 その頃には忘れてるだろう。適当に返事して場を流す。


「お兄さま、ここに"だいすきなエレメアへ"って書いて、お手紙にして」

「……手紙とは言わないよ、絵だし……」

 言われたままに文字を書く。このくらいなら、楽なもんだ。


 花と言葉を添えたことで、ようやく満足したっぽいエレメアを、控えていた侍女に押し付ける。さっさと母上のもとに送り返したい。

 部屋から追い出しながら、念を押した。

「おい、その絵はすぐに破棄するんだぞ?」




 やれやれ、やっとこれで"俺時間"だ。




 長椅子に転がり、積んでた本の続きを読み始めたのも束の間。



「お兄様! エレメアばっかりズルイです!!」
「兄様! わたくしにも破壊的におかしな絵、じゃなかった、愛溢れる絵手紙をくださいませ!!」


 …………。

 あいつ、見せびらかしたな?


 騒がしく飛び込んで来た上の妹ズを見て、俺は失敗に気づいた。


 ちびっ子に"破棄"って言っても、意味わかんなかったか――。
「捨てろ」と命じるべきだった。

 自分の言葉選びを反省しつつ本を閉じ、嘆息しながら、次なる怪物たちの迎撃に身を起こす。

 俺の戦いはいつだって孤独だが、だからと言ってめげたりしない。

 静かな午後がついえる前に、妹たちを追い払う。連敗記録を塗り替える。本を積むのも今日までだ!!






 ――だから、もう一回エレメアまで来るという反則は……どうか"無し"でお願いします……っ。







 <終わり>



(※イラストは「深雪な」様からいただきました。タイトルは別サイトで休止中の連載、物語の本編です)
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