この結婚には、意味がある?

みこと。

文字の大きさ
2 / 6
この結婚には、意味がある?

2.急展開《スタンの話》

しおりを挟む
 これまで通り、俺はアリアを放置して遊び歩く生活を続け、ある日。
 アリアが言った。

「今夜の舞踏会は、予定通りご一緒くださるんですよね」

 にっこりと微笑む、相変わらず頭空っぽの妻。

「ああ。もちろんだ。国王陛下が主催される、王宮での宴だからな」

 王女の婿として周囲の羨望を浴びるのは、それなりに快感だ。
 マデリーン様にも会える。

 俺が頷くと、アリアは嬉しそうに今夜着ていくドレスの話を始めた。生地から選んだなど、どうでも良い話を延々とする。
 内心呆れたが、おしゃれに励んだことを褒めてやると、喜んだ。

 名ばかりの妻に鷹揚に接する俺は、とても良い夫だろう?
 しっかり国王にアピールしてくれよ?

 そんなことを思いながら、夜会にのぞんだ。いつも通りの、変わりない日常──の、はずだった。

 ◇

「きゃあああああ!」

 アリアの悲鳴が、会場いっぱいに響き渡る。
 後ずさったアリアが、テラスのドアを開いたまま、ホールに尻もちをついた。

「エルズ公爵夫人、どうされました?」
 幾人かがアリアに駆け寄る様子を見ながら、俺は呆然と、何が起こったのか把握しようとした。
 俺の腕の中にいるマデリーン様も、同様に驚いている。

 アリアをエスコートして夜会に来たところまでは、問題なかった。
 それぞれ別れて動き、宴もたけなわ、俺は恋仲となったマデリーン様との逢瀬を楽しむため、テラスに出た。

 見晴らしが悪いため人気のない、左隅の小さなテラス。外の木立と、広間のカーテンの陰に隠れて、人がいても気づかれない。

 誰も来ない場所で、けれども王宮の一角というスリルを楽しんでいたら、情事をアリアに目撃された。

 あいつは俺たちを見て、悲鳴をあげた。

 浮気現場を見たから?
 いや、なぜだ???

 俺は困惑する。

 オープンマリッジであることは、互いに承知しているはずだろう?

「どうしたのだ、アリアよ」
「お父様、彼が! スタン様が王太子妃様と不倫してるのぉぉぉぉ!」

 やってきた国王に、いつも通りの大声でアリアが叫んだ。

「なっ……! やめろ、馬鹿女ぁぁぁぁ!!」

 俺は慌ててアリアの口をふさぎに飛び出す。

 アリアを羽交い絞めにした俺を、国王が冷たく見下ろした。
 俺の、仕舞いきれてない下半身を見下ろしながら、凍るような声で問う。

「どういうことだ、エルズ公爵」
「あ、いや、いえ、これはその……」

「ぐすっ、お父様。スタン様とわたくしはまだ、夫婦関係になってないのです。スタン様はわたくしのことがお嫌いみたいで……」
「何?」
「は?」

「だって一度もわたくしとそういう行為をしてないでしょう? スタン様は結婚式の夜も、別の女性のもとでお泊りになったわ」

 会場の温度が一気に下がったのを、全身で感じた。
 まずい。これはまずい。

「ア、アリア、何を言っているんだい? 俺たちはオープンマリッジにしようと話したじゃないか……」

 彼女に小声で耳打ちすると、ぐるん、とアリアが俺に振り向く。

「オープンマリッジ。つまり開けた結婚関係。互いに"隠し事をしない"という意味でしょう? だからわたくしは会話した男性を、逐一スタン様にご報告していたわ。なのにスタン様はわたくしに秘密で、不倫してらしたなんてーっ!!」

 アリアの絶叫に、俺は青ざめた。

 オープンマリッジを、そんな意味でとらえていたとは。
 この女の馬鹿さ加減を、見誤っていたのだ。

 俺の後ろで、きっと王太子妃マデリーン様も同じお顔をなさっていることだろう。
 正面には、国王の後ろで唖然としている王太子。

 国王は、見たことがないほど恐ろしい顔をして、俺をにらんでいる。

(とんでもない事態になってしまった……!)

 その後のグダグダは、もう言葉にしたくないほどの有り様ありさまだった。

 ◇

 下位令嬢で遊ぶのとはわけが違う。

 俺の相手は、"王太子妃"という高い地位にあった。

 今回の件が知れ渡ってしまったため、不倫の痕跡に対して、厳密な調査が行われた。
 その過程で、マデリーン様が国費と国家機密を、実家がある隣国に流していたことが判明。

 離宮から、秘密の使者に情報を渡していたらしい。バラのための滞在は、口実だった。

 王太子夫妻は離婚となり、マデリーン様は罪人として拘束された。
 国民には明かしてないため大っぴらには裁けず、取り調べの末に強制送還されることになるだろう。が、故国でも二度と太陽の下は歩けまい。隣国に突き付けた激しい抗議と賠償請求から、国交が危うくなっている。責任を取る人間の中に、マデリーン様は必ず含まれるはずだ。

 妃の管理不行き届きとして、王太子にも責任が及んだ。

 第二王子は王太子の地位を返上。近々、遠い領地に封じられる。
 次の王太子には第三王子が指名され、留学先から呼び戻されることが決定。

 正妃ファビュラ様の王子が落とされ、亡きリラ妃の遺児が王統を継ぐということだ。
 今後、王宮の力関係も変わっていくに違いない。

 そして俺は、公爵位から降ろされた。

(くそぉっ、次の公爵がヴィンス・シラクだなんて……!)

 もともと直系だったヴィンスが、公爵家に戻り、新エルズ公爵となるらしい。
 そして俺の元妻、今回の騒ぎの原因を作ったアリアは……。

(エルズ公爵夫人のままだと?!)

 俺との婚姻が白い結婚だったことを、使用人たちが証言。
 王宮医の確認の後、婚姻は無効とされ、アリアとヴィンスが希望した結果、彼女は新エルズ公爵の……、つまりヴィンスの妻となることになった。

(そんなバカげた話があるか? アリアが騒ぎさえしなければ。いや、最初の夜に、オープンマリッジの意味をきちんと理解させておけば)

 だがもう、どうにもならない。
 俺は名もない平民に落とされてしまい、公爵家どころか、どの貴族家の門もくぐることが出来ないからだ。

「スタン・エルズ前公爵様は、闘病中の薬が合わずにお亡くなりになった。貴様キサマッ、平民の分際で、前公爵様の名を騙るとは、投獄されたいか!」

 門番に怒鳴られ、槍で追い払われるなど、初めての経験だった。

 公爵としての俺は、表向き、"狂人"として死んだことにされてしまっていた。

 王家の権威と名誉を守るため、"気がふれたエルズ前公爵が王太子妃を襲い、精神を治療中に死亡した"。
 そう公表されたらしい。

(とんだ汚名だ。あの女、マデリーンだって喜んで俺に身体を差し出してきたくせに)

 もし王太子妃の罪が不貞行為だけだったら、俺だけを犠牲に、揉み消すつもりだったかも知れない。それならまだ、王太子の地位は守れた。
 利敵行為が発見されたから、有耶無耶うやむやに出来なくなっただけだ。

(ぐッ)

 肩に担ぎあげた荷が、重く食い込む。
 働かなければ、今日一日のメシにさえありつけない。

(アリアめ。あいつが馬鹿すぎたせいで、俺が日雇いの仕事なんかをするハメに……)

 腹が鳴る。服が臭い。汗が汚い。ヒゲも伸びた。見窄みすぼらしい。

(こんなみじめな姿は俺じゃない。これは夢だ。悪夢だ。早く覚めてくれ──)

 天頂の太陽が容赦なく照り付け、俺の足元に奈落のような黒い影を落としていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

「出て行け!」と言われたのですから、本当に出て行ってあげます!

睡蓮
恋愛
アレス第一王子はイザベラとの婚約関係の中で、彼女の事を激しく束縛していた。それに対してイザベラが言葉を返したところ、アレスは「気に入らないなら出て行ってくれて構わない」と口にしてしまう。イザベラがそんな大それた行動をとることはないだろうと踏んでアレスはその言葉をかけたわけであったが、その日の夜にイザベラは本当に姿を消してしまう…。自分の行いを必死に隠しにかかるアレスであったが、それから間もなくこの一件は国王の耳にまで入ることとなり…。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!

冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。 しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。 話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。 スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。 そこから、話しは急展開を迎える……。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...