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戦争編〜第三章〜

第158話 個より全を取れ

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「サーチ、頼んだぜ」

 ヴォルペールの言葉に、サーチはめちゃくちゃ嫌な顔をした。


 ==========


 クアドラード王国とトリアングロ王国がぶつかる主戦場。
 戦火が燃え上がり、人々はぶつかり合う。

 そんな人混みの中、ぽつりと空間が出来ていた。
 理由は分かっている。

 その空間では赤の騎士団団長グリード・ストレングスと空軍幹部のアヴァール・アクイラが戦い続けているからだった。

──ガチッ!

 刃と刃がぶつかり合う。周囲にはアクイラが折り曲げた自分の大剣や周囲から飛んできた武器を叩きおった残骸がゴロゴロ地面に突き刺さり、檻のようになっていた。


「っ……! ハッハッハ! 相も変わらず、化け物じみた強さよ!!」
「はっ……、どの口が言ってやがる……! 化け物はどっちだよ」

 衝撃で土煙が発生し、2人を囲む。
 まさに猛獣注意。
 獰猛に笑うアクイラと、鼻で笑うグリード。2人はたった一撃に渾身の力を込める。そうしないと互いに力負けをするからだ。二激目を考えてはいるが、そうする余力を残せない一撃。する方も、受ける方も。

 グリードは詠唱を挟んだ。微かな、短い詠唱。
 魔法とは詠唱が長ければ長いほど威力が大きく複雑な魔法だと言うのが一般的な認識である。

 身体強化。
 他人に付与する魔法ではなく、自身で扱う身体強化は波長が合いやすく、詠唱も短めである。

「はぁっ!」

 ガキン、と大きな音。
 刃がぶつかり合う本気の一撃が再び放たれた。

 先程までと違い、アクイラは吹き飛ばされ武器は折れた。肩で息をするのはグリードだ。

 しかし土煙が晴れる数秒の間にアクイラの手には補給部隊によって新しい武器が握られており、ケロッとした顔で立ち上がっていた。

「ハッハッハッ! やはり所詮は魔物よ……!」
「はんっ、頭を使えず、魔法を忘れた獣風情が」
「魔法こそが人智の頂点とても言うのかグリード・ストレングス!」

 アクイラは構えを解いた。
 戦いの最中の、一瞬でも気を許せば喰われる時の中。不自然な動きにグリードは眉を顰めた。

「時にグリード・ストレングス。貴様に問いたいことがある」
「あいにく俺はてめぇに答える気がねぇな」
「我は結構自分のために戦っているのだが」
「聞けよ。問いかける気持ちがあるなら聞く気持ちを持てアヴァール・アクイラ」

 大分昔から続いた戦争。砦を攻め合い、クアドラードがトリアングロに一歩踏み込んでいた20年前。グリードとアクイラは今この時のように刃を交わしていた。

 言葉の変わりに何度も何度も。

「んで、こんな戦場の真っ只中でてめぇは何が聞きたいんだよ」
「うむ、貴様は国の為に戦っていると聞いた。何故他人の為に戦える」
「は?」
「他人の為に戦い、自分になんの得がある」

 アクイラは剣の柄をギリッと強く握りしめた。

「我は、魔物が嫌いだ。わざわざ魔物の根源たる魔石を……魔法を使う貴様らクアドラードが嫌いだ。我は魔法を使わず、真に人となることを選んだ我が王の方針と一致した。故に、我は我の為に貴様らを殺している」
「はっ……随分な物言いだな」

 魔物と獣の違いの違いは魔石の有無である。
 魔物の中にはスライムやドラゴンなどと違い、人に近く、しかし醜悪な種族も存在する。ゴブリンやオークなどがその類だ。
 これらに苦しめられた者は少なくない。もちろんそれ以外の被害もあるのだが。

「我らは人間だ。我は人間だ。魔物になど成り下がる気は微塵もない。それを決めたのは国でも、王でも、友でも無い。我自身だ」

 互いに目を合わせた。

「この戦争の先に、我の望む未来があるから我は自分のために戦う……! 何故貴様は自分以外の為に戦うのだ、グリード・ストレングス」

 その問いかけにグリードはこれだから自分本位な生き方する蛮族は……。などと呆れながら、口を開いた。

「命を賭けることがどれだけ凄いもんか知ってるか、アヴァール・アクイラ」
「は……? 命だと?」
「あぁそうさ。命だ。自分の命丸ごと献上してもまだ足りない位の、命懸けの情熱をよ」
「知らぬな。我の命は我の為にあり、そして敗北して死ぬためにある。なにかに賭けることなどしたこともあるまい」
「そういう奴だろうなてめぇは……」

 ため息を吐きながら、しかし隙を見せずにグリードは殊更呆れた。

「命を賭けることってのはな、自分以外の何かにしかかけられねえもんなんだよ」

 グリードは剣を構えた。片手に剣と、片手に盾。クアドラードのスタンダードな構え方だ。

「俺は、この国に、俺の王子に命をかけた。例えそれで朽ち果てたとしても、俺の希望は未来へと、何年も、何十年後も続いていく。そう信じているから、誰かの為に戦うんだ」

 いつか、例えば生まれ変わったとしても。この世界に産まれてきて良かった、と。この国に産まれてきて幸せだったと言えるように。
 今、自分がそう思っているように。

「笑止千万! 貴様のそれは、責任転嫁も甚だしいわ!」
「……。」
「自分の行動の理由を他人のせいにして正義ぶるつもりか。他人の為にと自分の考え方がまるで倫理的に正しいように言うつもりか?」
「……何が言いたい」
「──いや全く倫理的には正しいとは思うのだが」
「何が言いたい!!???」

 こいつ遂にとうとうボケたか!? 20年間で遂に輪廻に一歩片足突っ込んだのか!?

「グリード・ストレングス。貴様程の男が、善意でも悪意でも自分の行動の理由を他人に押し付けるな。貴様は自分の足で責任を持って立つに足る男だ」

 アクイラの真顔にグリードは頭をガシガシかいて再びため息を吐く。

「話が噛み合わねぇ…………」
「む」

 グリードはじろりとアクイラを睨むと、会話を再開した。

「アヴァール・アクイラ。お前の言い分は分かった。俺も歳若い王子に俺の命まで背負わせるつもりはねぇ」

 わかりやすい言葉で。大きな声で。
 宣言した。グリードは、長年のてきに。

「──俺の名はグリード・ストレングス。俺の戦う理由は、この国を、王子を、王を、俺が・・守りたいからだ! 誰にもこの誉をくれてやるつもりはねぇ! かかってこいアヴァール・アクイラぁ!」

 昔は互いにここまで突っ込んだ話をしたことは無かった。
 未練を残すつもりがないのか、はたまたこれが最後としているからこそ、どちらかの命が果てるまでとしているからなのか。

 心情を察するほど深い付き合いでもあるまい。

 ただグリードは。
 ただアクイラは。

「「(ここで──決着をつける)」」

 もう二度と逢う事は無い。




 その時、グリードの遥か後方から、雨のように数多の火が降り注いだ。狙いはトリアングロ軍の後方辺りだ。

「……は?」
「だがなアヴァール・アクイラ。ひとつ言いそびれた。お前らを討ち滅ぼすのは俺じゃない」

 虚をつかれる様な量だ。そういえばしばらく魔法の気配がしなかったと思う。
 アクイラはグリードを見た。グリードは不敵に笑っていた。

「俺、だ」

 巨大な爆発音。火薬に引火した、にしてはおかしな色だ。真っ白い煙がもくもくと上がっている。

「……っ!」

 アクイラの足元に何か気配を察知して横に飛ぶと、一瞬後に強い衝撃音。そしてそこにはえぐれた地面があった。まるで鞭で叩きつけたようなあとだ。

 アクイラの背後、トリアングロ軍の方から1人の冒険者がゆらりゆらりと歩いてきた。

「えへっ(可愛い声) オレサマ地獄のほら、あれ、地獄に行く穴の~ヘリ? で捕まったところを蘇っちゃいマシタ! ……ってアララノラ。ちょっとシャチョサン、僕ちんのリボンから逃げちゃダメよォ? 危うく騎士の方やるとこじゃったじゃん? じゃんじゃんじゃん?」

 思わず固まった。
 どちらが、では無い。どちらも、である。

「何故、貴様がここにいる。クライシス・グルージャ……!」
「はぁ!?」

 警戒心を露わにするアクイラにグリードが仰天する。

 幹部が2人もそろい踏みってか、俺あいつ見たことあるんだけど!?

「貴方が落としたのは金のクライシス? 銀のクライシス? それとも……い・の・ち?」

 クライシスの言葉は、そして動きは非常に掴み所が無い。
 特に手数が少なく一撃必殺タイプ。……アクイラなどは戦いにくくて仕方がないのだ。負けはしないけれど、出来れば戦いたくない部類がこれである。

「アハッ、命はこれから落としちゃうんでした~アタクシったらドジっ子ぉ~!」
「は、はは。なんだそれ。王子は本当に……はぁ……。驚き通り越して呆れが出てくる」

 でもこれで。

「死んでも殺せる」

 クライシスの登場により激しい動揺を隠せないままのアクイラに、グリードは何十回目かの『一撃必殺』を。

 その一瞬の、そして最大の隙をつかれたアクイラはマズいと察した。本気で相手をしなければならない相手、だけど横からちょっかいを出すのは普通では考えられない事を実行するトリックスター。


 避けられず、防げない。
 だからアクイラは向かってくるグリードに刃の切っ先を向けた。

「は、上等。一緒に死んでやるよアヴァール・アクイラ」

 トリアングロの大将はアクイラかもしれないが、クアドラードの大将はヴォルペール。
 ここで死んでも、勝ちだ。

「また逢う日を楽しみにしている、グリード・ストレングス!」


 青い空に赤が舞った。





 ==========


「……いやあ、すごい爆発」
「でんか? もしもし俺の主様? 何を起こしたか説明してもらっても?」

 部隊の後方、ヴォルペールに詰め寄るクロロス。
 横には混乱した様子のレイジ・コシュマール(スパイ)が居る。

「インジュリ草は火気厳禁。まぁインジュリ草に限らずなんだが。……インジュリ草に使われる素材に火をつけたら爆発するってことを知ってたんだよ」
「それだけですか? ほんとーにそれだけですか?」
「詰め寄るなエルドラード……。後、あの爆発の煙は吸い込むと魔力に当てられる。さぞかし、魔力に慣れていないトリアングロはキツイだろうな」
「それあんまり魔法使えないうちにも影響出ませんかね!?」
「必要な犠牲はあるだろ? お前の時間とか」

 右腕を犠牲にしたグーフォはそんな無茶苦茶な王子の傍らで乾いた笑いを浮かべていた。

「(魔力に当てられるって……魔力酔いの事だよな……)」

 普段魔法を使わず、されど魔法の恩恵()があるグーフォは苦い顔をする。

「(あの体の中心をこねくり回されていじられる感じ、気持ち悪くて仕方ないんだよな……)」

 魔法を使われるよりマシかもしれないが、しんどいものはしんどいだろう。

「インジュリ草をトリアングロ部隊の後方にばら蒔いたんだ。頼んだのはそういうのが得意な冒険者に。……それでまぁ……幹部相手に1人とんでもない奴を充てたから……」

 サーチとクライシスに頼み、そのままクライシスをアクイラにぶつけた。古参ならば知っているだろうと踏んだのだった。

 冒険者との個人的な繋がりを明言出来ない為、言葉を濁した。

「(ただ問題はここでグリードが戦線復帰不可能にならないかどうか……)」

 もしも、最悪死んでしまえば。

「(いや、グリードの事だ。間違いなくアヴァール・アクイラは抑えるだろう。……この後を考えないとな)」

 その時、諦めたようにコシュマールが呟いた。

「ハハ……クアドラードバンザイ」

 やけっくそである。
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