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第二章 外国漫遊記
第九話 王太子と終戦と砂糖税
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「ポワリア」
「ホジェリオ様っ」
ひしっ、という効果音が聞こえましたわ。
感動の再会を果たしたふたりは、勢いよくしっかりと抱き締め合っています。
おふたりは、婚約者としてうまくいっていたのですね。私が後見人を探す必要もないみたいです。
「エリシャ」
「な、なんですの、手を広げて……」
「エリシャ」
「今じゃないでしょう。やめてください」
「今でなければいいということか、わかった」
「グイスト様…」
違うそうじゃない、と思いつつ、広げられた両手を強制的に下ろします。
「エリシャ様から、お話があるそうです」
おふたりがひとしきり息災を確かめ合ってから応接室に移動したところで、ポワリアさんが改めて紹介してくださいました。
ついでに、再三送られていた入城のお伺を跳ねのけていたモーニシュ家に、王太子自ら何度か足を運ばれていたとかなんとか。10歳で婚約してからそう何回もあったわけではない機会に、しかし確実にふたりは仲を深めていたとかなんとか。聖女と王太子の恋愛事情も教えてくださいました。
今は、ロイヤルな恋愛事情も自分の恋愛事情もおいておきましょう。
まずは砂糖です。砂糖税の引き下げです。
「どうかホジェリオと。エストルムのご令嬢」
「ありがとうございます、ホジェリオ様。エリシャとお呼びください」
「ああ、エリシャ譲。そう…御父上には、我が国もとてもお世話になっている」
「…こちらこそ」
打ち解けた雰囲気を出しつつも、しかし、どうやら一筋縄ではいかなそうです。
さすがに敵対国ですから、今まで王族同士が顔を合わせることはありませんでした。ですので元王子の婚約者である私も、大使や特使をおもてなしすることはありましたが、ホジェリオ様とは初対面です。
まず、国防の要だった元騎士団長である父のことを持ち出してくるということは、少なからず敵意を持っている、ということ。
「今は実質停戦だけどね。御父上、遊撃隊率いて神出鬼没でしょ? やはり軍神がいるところでは歯が立たないよ。 もうすぐ即位するから、戦争止めない?」
「は、い??」
「いやー、もともとあれでしょ? ボルティとジャービーの戦争って、何代か前の王族の色恋沙汰のもつれでしょ? もう最近じゃやっつけみたいになってたし、よかったら私が直接交渉に行ってもいいかな?」
ということ、ではありませんでした。
言い切ったのに、恥ずかしいですわ。
そう、ジャービーはいろいろな国といろいろな理由で戦争しているのですが、ボルティとはホジェリオ様がおっしゃった通り、200年ほど前の色恋沙汰が原因でした。
当時、まだ国交のあったジャービーの王族が来て、ボルティの王族と婚約していたけれど不仲だった聖女にひとめ惚れして、そのまま連れて帰ってしまったのです。
不仲であったとはいえ、聖女を他国に取られてしまっては面目丸つぶれのボルティ王家。怒りの矛先をジャービーに向け、進軍してきたという話です。
いえ、もちろん誰かと婚約しているのに連れ帰ったジャービーのその人も悪いのでしょうけれど、いろいろと事情もあったのでしょう。
このあたりのことは、ジャービー国歴史変の第65巻に詳しく載っています。
「そもそも、こっちのご先祖が当時の聖女を大事にしてなかったのが原因だったのにさ。そんな戦争、もういいでしょ。あ、これはグイスト殿に言ったほうがよかったかな?」
「ああ、そうだな。こちらで引き取ろう」
「ありがとう! よろしく!」
実質停戦から、終戦に発展しようとしています。
とんとんと話は進んでいき、グイスト様は、フォーマットに従って終戦の意を伝える書状をホジェリオ様に書いてもらい、それを受け取りました。
「必ず王に届けよう」
「いやー、これで我が国も落ち着いて国政に集中できる。ありがとうグイスト殿。即位した際に、改めて終戦条約を話し合おう」
「よかったですね、ホジェリオ様」
「ああ。君との結婚も、即位と同時にしたいくらいだがな」
「もう、1年とちょっとですわ」
「楽しみだ」
このふたり、少しの隙があればイチャイチャし出しますわね。
仲がいいのはよろしいけれど、その度にグイスト様までピンク色に引っ張られるからやめてくださいまし! 結婚、結婚と呟きだしましたわ!
「エリシャ」
「そんな顔して見ても、だめですわ」
結婚は、おいておいてください。
まだ、砂糖税についてのお話がありましてよ。
「それで、エリシャ譲の願いというのは?」
「砂糖税の引き下げ、いいえ、撤廃です!」
「撤廃になっている…」
「砂糖税?」
「そう、ホジェリオ様はご存じ? 今、ボルティ国で1キロの砂糖を輸入すると、税金が5000イェーンもかかるのです」
「5000だと?」
「そう、今までは砂糖1キロの小売価格が500円ほどでしたのに、今は同じ1キロを買うのにも、町では8000イェーンほどかかります。仲介業者が何人も入るから、それが小売りのお店に届くまでにどんどんどんどん値上がるのですわ!」
「そ、そうか」
「ですから、今まで手作りしていたお店も自分たちで作るより、すでにできている菓子を輸入販売するほうが儲かるから砂糖を買わずに菓子を輸入しています。つまり、砂糖税の意味もないのです! 砂糖が売れないのですから!」
「それはそうだな。誰がそんな無駄なことをしているのだ?」
「それは、知りませんわ。ボルティの問題でしょう」
「うむ…確かにそうだな」
今の私のライフワークにとっては死活問題ですが、そもそも他国のことですし、そこまで調べて提出しなければ動けないような政治の仕方をしているわけではないでしょう。
なぜこのようなおかしな状態になったのか、どう改善するのかは、そちらで話し合っていただかなくてはなりません。
「基本的に、国政は各省庁に任せている。税率の改定については、こちらでは確認できていなかった。すぐに改善するようにしよう」
「おわかりいただけたのならよかったですわ。今お耳に入れましたが、ここから砂糖税が適正に戻るまでどれくらいかかりますか?」
「そうだな、国民が困っているのだ、犯人捜しは後にするとして、先に税率を元に戻そう。数日くれ。申し訳なかった」
「ええ」
「申し訳、なかったのか? エリシャ嬢に、何か影響が??」
「もちろんありますわ!」
「そ、そうか、すまないことをした」
それから私は、ボルティに来た真の目的が、マゴールパティシエのボルティ限定ギャロを模ったカラフルな練り菓子だ、という話をしました。どれだけ食べたかったか、お店が休業中でどれだけの精神的ダメージを受けたか、それを淡々とつらつら述べていきました。
「そもそも、店舗での販売ができていないのに城に招いて勲章授与式でしたかしら? マゴールパティシエのデザートが並んでいたとか。 これは由々しき問題ですわ大問題です」
「エリシャ、落ち着こうか」
「それでは勲章を授からない人々や招かれない人は、口にすることすらできないのですよ? 世界のマゴールスイーツを。 独占なんて許せませんわ。ええ許しませんわ」
「ほら、パスティール・デ・ナタだ」
「私は楽しみにしていました。ギャロの練り菓子……あんこ入りなのか? 黒ゴマ餡というパターンもあるのでは? それはどんなお菓子なんだろう? と…」
「あーん」
「むぐっ」
「レスポンで食べたものと、また違った味わいだろう?」
「(コクコク)」
「中が、カスタードクリームのようにとろけるタイプのものだ。美味いな」
「美味しいですわ」
先日いただいたレモン強めのものと違って、サクッとしたタルト生地の中はとろけるカスタード。ほのかにヨーグルト風味ですわ。とても美味しいです!
けれど、グイスト様、突然口にお菓子を放り込むのはやめていただきたいと何度も申し上げていますのに、またやりましたね。
抗議の意味を持たせて少し睨みつけてみました。もぐもぐ。
「では、砂糖税についてはくれぐれもよろしく頼む。エリシャの希望だから、撤廃の方向で」
「もちろん、最速で処理させていただこう。最善を尽くすと約束する」
そうして私たちは、城を後にしました。
お土産には、城のパティシエが作ったというケイジャーダ(20個入り)を5箱いただきました。先ほど応接室でもひとついただきましたが、国の伝統的なチーズタルトだということです。
柔らかな生地とプルンとした食感の中に、シナモンの香りがあって、濃厚な味わいながらも爽やかさを感じられる、まさに逸品でしたわ。
「ホジェリオ様っ」
ひしっ、という効果音が聞こえましたわ。
感動の再会を果たしたふたりは、勢いよくしっかりと抱き締め合っています。
おふたりは、婚約者としてうまくいっていたのですね。私が後見人を探す必要もないみたいです。
「エリシャ」
「な、なんですの、手を広げて……」
「エリシャ」
「今じゃないでしょう。やめてください」
「今でなければいいということか、わかった」
「グイスト様…」
違うそうじゃない、と思いつつ、広げられた両手を強制的に下ろします。
「エリシャ様から、お話があるそうです」
おふたりがひとしきり息災を確かめ合ってから応接室に移動したところで、ポワリアさんが改めて紹介してくださいました。
ついでに、再三送られていた入城のお伺を跳ねのけていたモーニシュ家に、王太子自ら何度か足を運ばれていたとかなんとか。10歳で婚約してからそう何回もあったわけではない機会に、しかし確実にふたりは仲を深めていたとかなんとか。聖女と王太子の恋愛事情も教えてくださいました。
今は、ロイヤルな恋愛事情も自分の恋愛事情もおいておきましょう。
まずは砂糖です。砂糖税の引き下げです。
「どうかホジェリオと。エストルムのご令嬢」
「ありがとうございます、ホジェリオ様。エリシャとお呼びください」
「ああ、エリシャ譲。そう…御父上には、我が国もとてもお世話になっている」
「…こちらこそ」
打ち解けた雰囲気を出しつつも、しかし、どうやら一筋縄ではいかなそうです。
さすがに敵対国ですから、今まで王族同士が顔を合わせることはありませんでした。ですので元王子の婚約者である私も、大使や特使をおもてなしすることはありましたが、ホジェリオ様とは初対面です。
まず、国防の要だった元騎士団長である父のことを持ち出してくるということは、少なからず敵意を持っている、ということ。
「今は実質停戦だけどね。御父上、遊撃隊率いて神出鬼没でしょ? やはり軍神がいるところでは歯が立たないよ。 もうすぐ即位するから、戦争止めない?」
「は、い??」
「いやー、もともとあれでしょ? ボルティとジャービーの戦争って、何代か前の王族の色恋沙汰のもつれでしょ? もう最近じゃやっつけみたいになってたし、よかったら私が直接交渉に行ってもいいかな?」
ということ、ではありませんでした。
言い切ったのに、恥ずかしいですわ。
そう、ジャービーはいろいろな国といろいろな理由で戦争しているのですが、ボルティとはホジェリオ様がおっしゃった通り、200年ほど前の色恋沙汰が原因でした。
当時、まだ国交のあったジャービーの王族が来て、ボルティの王族と婚約していたけれど不仲だった聖女にひとめ惚れして、そのまま連れて帰ってしまったのです。
不仲であったとはいえ、聖女を他国に取られてしまっては面目丸つぶれのボルティ王家。怒りの矛先をジャービーに向け、進軍してきたという話です。
いえ、もちろん誰かと婚約しているのに連れ帰ったジャービーのその人も悪いのでしょうけれど、いろいろと事情もあったのでしょう。
このあたりのことは、ジャービー国歴史変の第65巻に詳しく載っています。
「そもそも、こっちのご先祖が当時の聖女を大事にしてなかったのが原因だったのにさ。そんな戦争、もういいでしょ。あ、これはグイスト殿に言ったほうがよかったかな?」
「ああ、そうだな。こちらで引き取ろう」
「ありがとう! よろしく!」
実質停戦から、終戦に発展しようとしています。
とんとんと話は進んでいき、グイスト様は、フォーマットに従って終戦の意を伝える書状をホジェリオ様に書いてもらい、それを受け取りました。
「必ず王に届けよう」
「いやー、これで我が国も落ち着いて国政に集中できる。ありがとうグイスト殿。即位した際に、改めて終戦条約を話し合おう」
「よかったですね、ホジェリオ様」
「ああ。君との結婚も、即位と同時にしたいくらいだがな」
「もう、1年とちょっとですわ」
「楽しみだ」
このふたり、少しの隙があればイチャイチャし出しますわね。
仲がいいのはよろしいけれど、その度にグイスト様までピンク色に引っ張られるからやめてくださいまし! 結婚、結婚と呟きだしましたわ!
「エリシャ」
「そんな顔して見ても、だめですわ」
結婚は、おいておいてください。
まだ、砂糖税についてのお話がありましてよ。
「それで、エリシャ譲の願いというのは?」
「砂糖税の引き下げ、いいえ、撤廃です!」
「撤廃になっている…」
「砂糖税?」
「そう、ホジェリオ様はご存じ? 今、ボルティ国で1キロの砂糖を輸入すると、税金が5000イェーンもかかるのです」
「5000だと?」
「そう、今までは砂糖1キロの小売価格が500円ほどでしたのに、今は同じ1キロを買うのにも、町では8000イェーンほどかかります。仲介業者が何人も入るから、それが小売りのお店に届くまでにどんどんどんどん値上がるのですわ!」
「そ、そうか」
「ですから、今まで手作りしていたお店も自分たちで作るより、すでにできている菓子を輸入販売するほうが儲かるから砂糖を買わずに菓子を輸入しています。つまり、砂糖税の意味もないのです! 砂糖が売れないのですから!」
「それはそうだな。誰がそんな無駄なことをしているのだ?」
「それは、知りませんわ。ボルティの問題でしょう」
「うむ…確かにそうだな」
今の私のライフワークにとっては死活問題ですが、そもそも他国のことですし、そこまで調べて提出しなければ動けないような政治の仕方をしているわけではないでしょう。
なぜこのようなおかしな状態になったのか、どう改善するのかは、そちらで話し合っていただかなくてはなりません。
「基本的に、国政は各省庁に任せている。税率の改定については、こちらでは確認できていなかった。すぐに改善するようにしよう」
「おわかりいただけたのならよかったですわ。今お耳に入れましたが、ここから砂糖税が適正に戻るまでどれくらいかかりますか?」
「そうだな、国民が困っているのだ、犯人捜しは後にするとして、先に税率を元に戻そう。数日くれ。申し訳なかった」
「ええ」
「申し訳、なかったのか? エリシャ嬢に、何か影響が??」
「もちろんありますわ!」
「そ、そうか、すまないことをした」
それから私は、ボルティに来た真の目的が、マゴールパティシエのボルティ限定ギャロを模ったカラフルな練り菓子だ、という話をしました。どれだけ食べたかったか、お店が休業中でどれだけの精神的ダメージを受けたか、それを淡々とつらつら述べていきました。
「そもそも、店舗での販売ができていないのに城に招いて勲章授与式でしたかしら? マゴールパティシエのデザートが並んでいたとか。 これは由々しき問題ですわ大問題です」
「エリシャ、落ち着こうか」
「それでは勲章を授からない人々や招かれない人は、口にすることすらできないのですよ? 世界のマゴールスイーツを。 独占なんて許せませんわ。ええ許しませんわ」
「ほら、パスティール・デ・ナタだ」
「私は楽しみにしていました。ギャロの練り菓子……あんこ入りなのか? 黒ゴマ餡というパターンもあるのでは? それはどんなお菓子なんだろう? と…」
「あーん」
「むぐっ」
「レスポンで食べたものと、また違った味わいだろう?」
「(コクコク)」
「中が、カスタードクリームのようにとろけるタイプのものだ。美味いな」
「美味しいですわ」
先日いただいたレモン強めのものと違って、サクッとしたタルト生地の中はとろけるカスタード。ほのかにヨーグルト風味ですわ。とても美味しいです!
けれど、グイスト様、突然口にお菓子を放り込むのはやめていただきたいと何度も申し上げていますのに、またやりましたね。
抗議の意味を持たせて少し睨みつけてみました。もぐもぐ。
「では、砂糖税についてはくれぐれもよろしく頼む。エリシャの希望だから、撤廃の方向で」
「もちろん、最速で処理させていただこう。最善を尽くすと約束する」
そうして私たちは、城を後にしました。
お土産には、城のパティシエが作ったというケイジャーダ(20個入り)を5箱いただきました。先ほど応接室でもひとついただきましたが、国の伝統的なチーズタルトだということです。
柔らかな生地とプルンとした食感の中に、シナモンの香りがあって、濃厚な味わいながらも爽やかさを感じられる、まさに逸品でしたわ。
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