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第二章 外国漫遊記
第三十三話 解決
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「風よ」
魔法を放ったのは私だけでしたが、ベジックさんは体を張ってアントワネット様の盾となり、グイスト様は帯剣していないので食卓のナイフを手に構え、コンスタン様はディアーヌ様に飛び火がこないよう抱き締めて守っているようです。
幸い、私の風魔法でクリステル様を押し返せたので、誰も傷つかずにすみました。
「い、痛いわ」
「加減したつもりですけれど、ごめんなさい」
「なによぉ、なんでよぉ」
「なんでもなにもありませんわ。あなたこのモッラーロのご側妃なのでしょう? ご正妃が懐妊するのも当たり前ですし、私的な食事なら、呼ぶ人は主催の好きにするでしょう。なにがご不満なのかしら?」
「だって、だってぇ! ウジェーヌは、私のこと好きだって言うのよ? それで、お姉様とは政略的な縁談だったから、でも君とは運命の恋だって。だから正妃になるはずだったの! お姉様は正妃として迎えられるはずだったから! なのに、私との結婚は、国王陛下も許してくれたけど、なんでか側妃だし、フィレンセの王女が正妃になるとか言い出すし! ウジェーヌもそんなの跳ねのければよかったのに! 相手は大国の王女だから無理だって…。それでその女が来たらさ、鼻の下伸ばしちゃってさ。あれが僕の物になるのかな~とか言うんだもん。まあ、そのあとも、ずっと私を愛してはくれていたから。王子を生んで、その女より上に立ってやるーって思ったけど……。それがまさか、先越されるだなんて!」
恐らくクリステル様は、見てわかるように、ご正妃の器だとみなされなかったのでしょうね。それでほかに正妃を立てる必要があり、アントワネット様に白羽の矢が立った、と。
「正妃になりたかったのなら、努力しなければいけませんでしたね。王子の愛を独占したかったのなら、努力しなければなりませんでした。そして貴族なら、まずは自分のことより民のことを考えなければなりませんでした。貴女にはすべてが欠けています。ご側妃ではなく、愛妾ならよかったのではありませんか?」
「なっ」
「それならば、国政に関わらず、穏やかに、ただ王子に愛されていればよかったのでは? 離宮にでも籠って」
「あなた! 失礼よ!」
「あれもやりたくないしこれもできない、でもそれは嫌だ、だなんて貴族だったら子供でも許されませんわ。生まれたての赤ん坊ですの? もう30歳なのですよね?」
「ううっ……なによ! ちょ、ちょっと若いからって調子に乗らないで!」
「若いから言っているのではありません。私は、侯爵家に生まれたという自覚を持ったそのときから、国のため民のためときちんと考えて動いています。あなたはご側妃の責任を放棄し、国に単身嫁いできたアンナさんに、そのナイフで、切りかかったのです。ああ、だんだん腹が立ってきましたわ。お覚悟なさって? 抑えられるか、自信ありませんので」
巻き髪ツインテールで、パステルピンクのドレスをまとった30歳のクリステル様。好きな格好すればいいと、それはそう思いますが、なかなかどうしてイライラさせる天才ですわね。目からも耳からも、この人間はキライだという情報しか入ってきません。
その後、今にも攻撃しそうな私の空気を読んで、グイスト様は「私がやろう」とおっしゃるし、ベジックさんも「手を汚すなら俺が」とおっしゃるし、アントワネット様まで「エリシャさんの手を汚すまでもないわ。衛兵が片付けるから」とおっしゃって、結局クリステル様は連れていかれました。ご正妃殺害未遂で、牢に繋がれるそうです。
「今回のこと、お父様には、いえフィレンセ国王にはしっかりと伝えるわ」
「国王陛下に?」
「ええ。貴女に命を救われたことを強調してね」
「まあ」
「頼んだわよ? ベジック」
「もちろんだ。これで、ジャービーとフィレンセの争いもなくなるだろう」
両国は、領土を巡って争っています。ジャービーの北東、フィレンセとの国境にあるピレネト山脈の山間にあるガインドラ村。長年、ここガインドラは先祖を辿ればフィレンセ人だったりジャービー人だったりがおさめてきた土地と言われていて、それが絶えず争いを引き起こしてきたのです。
「姉の、フィレンセの王女の命を救ってくれたのだから、領土争いから手を引くくらい当たり前だろう」
「それは、よかったですわ」
「すごいな、エリシャ。またひとつ戦争を終わらせた」
「そう、なります?」
「ああ」
「それでエリシャさん。これで俺たちの間に障害は無くなっただろうか」
「障害、といいますと」
「私がなろう」
「え?」
ベジックさんはきっと、ジャービーとフィレンセの国交に問題が無くなったという話をしていたのだと思いましたが、グイスト様が急に、私とベジックさんとの間に立って物理的な壁になりました。
まさか、国交を阻むものがグイスト様だなんて。
「待ってください。戦争が終わってフィレンセとの国交が開始されれば、私の持つ事業の展開が大いに期待されます。フィレンセは大国ですから、当たればうはうは大儲けです。税金で、国庫が潤いますわ。なぜ、立ちはだかると?」
「エリシャ、違うそうじゃない。国交は好きなようにしたらいい。なんなら、紳士服部門のモデルも手伝おう。邪魔などするはずないだろう?」
「そう、ですわよね。グイスト様が私の邪魔をするなんて、ありえないことですわ」
「わかっていてくれて嬉しいよ、エリシャ」
「グイスト様が広告塔になってくださったら、どんな服でも完売ですわ」
いらぬ心配をしてしまったようです。
すると、ベジックさんがグイスト様の向こうから顔を出して言いました。
「俺では、だめだろうか」
「ベジックさん。私を倒せると思うのなら、挑む権利くらいは差し上げてもいいが?」
「そうか……、それは、無理そうだ」
「ならば早々に諦めるがいい」
「いやしかし、……」
もう私の入る隙もなさそうなので、私はアントワネット様に今夜泊まる部屋に案内していただきました。もう遅い時間ですし、泊っていってちょうだい、とのことでしたのでお言葉に甘えることにしました。
「いろいろと、巻き込んでごめんなさいね」
「いえ。結果的に国益になったのならば、ありがたいことです」
「明日は、本戦も見ていくでしょう?」
「はい。そのつもりです」
魔法を放ったのは私だけでしたが、ベジックさんは体を張ってアントワネット様の盾となり、グイスト様は帯剣していないので食卓のナイフを手に構え、コンスタン様はディアーヌ様に飛び火がこないよう抱き締めて守っているようです。
幸い、私の風魔法でクリステル様を押し返せたので、誰も傷つかずにすみました。
「い、痛いわ」
「加減したつもりですけれど、ごめんなさい」
「なによぉ、なんでよぉ」
「なんでもなにもありませんわ。あなたこのモッラーロのご側妃なのでしょう? ご正妃が懐妊するのも当たり前ですし、私的な食事なら、呼ぶ人は主催の好きにするでしょう。なにがご不満なのかしら?」
「だって、だってぇ! ウジェーヌは、私のこと好きだって言うのよ? それで、お姉様とは政略的な縁談だったから、でも君とは運命の恋だって。だから正妃になるはずだったの! お姉様は正妃として迎えられるはずだったから! なのに、私との結婚は、国王陛下も許してくれたけど、なんでか側妃だし、フィレンセの王女が正妃になるとか言い出すし! ウジェーヌもそんなの跳ねのければよかったのに! 相手は大国の王女だから無理だって…。それでその女が来たらさ、鼻の下伸ばしちゃってさ。あれが僕の物になるのかな~とか言うんだもん。まあ、そのあとも、ずっと私を愛してはくれていたから。王子を生んで、その女より上に立ってやるーって思ったけど……。それがまさか、先越されるだなんて!」
恐らくクリステル様は、見てわかるように、ご正妃の器だとみなされなかったのでしょうね。それでほかに正妃を立てる必要があり、アントワネット様に白羽の矢が立った、と。
「正妃になりたかったのなら、努力しなければいけませんでしたね。王子の愛を独占したかったのなら、努力しなければなりませんでした。そして貴族なら、まずは自分のことより民のことを考えなければなりませんでした。貴女にはすべてが欠けています。ご側妃ではなく、愛妾ならよかったのではありませんか?」
「なっ」
「それならば、国政に関わらず、穏やかに、ただ王子に愛されていればよかったのでは? 離宮にでも籠って」
「あなた! 失礼よ!」
「あれもやりたくないしこれもできない、でもそれは嫌だ、だなんて貴族だったら子供でも許されませんわ。生まれたての赤ん坊ですの? もう30歳なのですよね?」
「ううっ……なによ! ちょ、ちょっと若いからって調子に乗らないで!」
「若いから言っているのではありません。私は、侯爵家に生まれたという自覚を持ったそのときから、国のため民のためときちんと考えて動いています。あなたはご側妃の責任を放棄し、国に単身嫁いできたアンナさんに、そのナイフで、切りかかったのです。ああ、だんだん腹が立ってきましたわ。お覚悟なさって? 抑えられるか、自信ありませんので」
巻き髪ツインテールで、パステルピンクのドレスをまとった30歳のクリステル様。好きな格好すればいいと、それはそう思いますが、なかなかどうしてイライラさせる天才ですわね。目からも耳からも、この人間はキライだという情報しか入ってきません。
その後、今にも攻撃しそうな私の空気を読んで、グイスト様は「私がやろう」とおっしゃるし、ベジックさんも「手を汚すなら俺が」とおっしゃるし、アントワネット様まで「エリシャさんの手を汚すまでもないわ。衛兵が片付けるから」とおっしゃって、結局クリステル様は連れていかれました。ご正妃殺害未遂で、牢に繋がれるそうです。
「今回のこと、お父様には、いえフィレンセ国王にはしっかりと伝えるわ」
「国王陛下に?」
「ええ。貴女に命を救われたことを強調してね」
「まあ」
「頼んだわよ? ベジック」
「もちろんだ。これで、ジャービーとフィレンセの争いもなくなるだろう」
両国は、領土を巡って争っています。ジャービーの北東、フィレンセとの国境にあるピレネト山脈の山間にあるガインドラ村。長年、ここガインドラは先祖を辿ればフィレンセ人だったりジャービー人だったりがおさめてきた土地と言われていて、それが絶えず争いを引き起こしてきたのです。
「姉の、フィレンセの王女の命を救ってくれたのだから、領土争いから手を引くくらい当たり前だろう」
「それは、よかったですわ」
「すごいな、エリシャ。またひとつ戦争を終わらせた」
「そう、なります?」
「ああ」
「それでエリシャさん。これで俺たちの間に障害は無くなっただろうか」
「障害、といいますと」
「私がなろう」
「え?」
ベジックさんはきっと、ジャービーとフィレンセの国交に問題が無くなったという話をしていたのだと思いましたが、グイスト様が急に、私とベジックさんとの間に立って物理的な壁になりました。
まさか、国交を阻むものがグイスト様だなんて。
「待ってください。戦争が終わってフィレンセとの国交が開始されれば、私の持つ事業の展開が大いに期待されます。フィレンセは大国ですから、当たればうはうは大儲けです。税金で、国庫が潤いますわ。なぜ、立ちはだかると?」
「エリシャ、違うそうじゃない。国交は好きなようにしたらいい。なんなら、紳士服部門のモデルも手伝おう。邪魔などするはずないだろう?」
「そう、ですわよね。グイスト様が私の邪魔をするなんて、ありえないことですわ」
「わかっていてくれて嬉しいよ、エリシャ」
「グイスト様が広告塔になってくださったら、どんな服でも完売ですわ」
いらぬ心配をしてしまったようです。
すると、ベジックさんがグイスト様の向こうから顔を出して言いました。
「俺では、だめだろうか」
「ベジックさん。私を倒せると思うのなら、挑む権利くらいは差し上げてもいいが?」
「そうか……、それは、無理そうだ」
「ならば早々に諦めるがいい」
「いやしかし、……」
もう私の入る隙もなさそうなので、私はアントワネット様に今夜泊まる部屋に案内していただきました。もう遅い時間ですし、泊っていってちょうだい、とのことでしたのでお言葉に甘えることにしました。
「いろいろと、巻き込んでごめんなさいね」
「いえ。結果的に国益になったのならば、ありがたいことです」
「明日は、本戦も見ていくでしょう?」
「はい。そのつもりです」
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