【第二章完結!】妹?義妹ですらありませんけど?~王子様とは婚約破棄して世界中の美味しいものが食べたいですわ~

井上 佳

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第二章 外国漫遊記

第六十話 呪いの石

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「エリシャ、結婚してくれ」

「グイスト様……、それは何ですの?」


謁見の間での騒動が落ち着き、もうエリシャに用はないだろうとグイスト様が私の手を取り引っ張っていった先は、エリカの庭園でした。

エリカというのは、枝いっぱいに可憐で小さな花を咲かせる低木の植物です。エリカには、実に100以上の違った小花を咲かせる種類の木があるとのことです。この庭園にはそのうちの耐寒性に強い約30種が植えてあります。

「ガレブストーンの赤石せきせきだ。裏には血色けっしょくインクで相合傘が書いてある。私ときみの名前だ」

「なんてことでしょう」


赤石に血色インク、私の知識が正しければ、それは一方的に愛した人の命を勝手に操ることができる呪いの石だったはずです。
血色インクはそのままの意味で、自身の血を特殊な方法でインクにするのですが……。


「まさかグイスト様、ザル島でキューピッドバットを……?」

「さすがエリシャ、詳しいな。知っていたか」

「ええ、知っていましたわ」


特殊なインクの原材料は、キューピッドバッドの真っ赤な牙です。それに血を吸わせたものを砕いてインクを作ると、血色インクの出来上がりです。


本来、愛する人に渡すのではなく、愛する人の血液を手に入れて血色インクを作り、ガレブストーンの裏に相手と自分の名前を書く。そうすることで、相手の命を生かすも殺すも自分次第という呪いなのですが、キューピッドバットに自身の血を吸わせ、その牙でインクを作るなんて……まさか自ら呪われにいくとは思ってもおりませんでした。

そういえば、カーレースの開会式前にアントワネット様も交えてお話していたときに、結婚について『肝心の物が手に入らない』とおっしゃっていましたが、まさかそれが、このガレブストーンの赤石ということだったのでしょうか。


「グイスト様、申し上げにくいのですが、これは呪いの石ですわ」

「呪い? まさか、これは心から愛する相手に自分の命を託すという尊い愛の石だろう」

「いったいどこで、その情報を?」

「情報誌に書いてあった」

「情報誌に」

「ああ、ゼクシューという」

「結婚情報誌に」

「そうだ」


それはかなり問題なのではないのでしょうか。大衆の目に触れる情報誌に、呪いの石が愛の奇石のように載っている? 呪いの石が?

恐らく、カレブストーンのような貴重な石が普通は手に入らない。

キューピッドバットに出会えない。

出会えても自ら嚙みつかれにいき、さらにそれを仕留めて持ち帰ることは難しい。

この辺りの理由から、実践する人はそういないのでしょう。けれど、貴重な石も簡単に手に入り、キューピッドバットの生息地に自ら乗り込むことができるグイスト様の目に入ってしまったのは、運が悪かったですわね。
こんな危ないものの作り方を載せている情報誌など、即刻廃刊にしていただきましょう。


「どうか、受け取ってほしい」

「こ、れは……」

「だめだろうか」


受け取るとなると、グイスト様の命を預かることになってしまいます。しかし受け取るのを拒めば、結婚を断っていることになってしまうのではないでしょうか。

受け取ったとしても管理に困りますので受け取りたくはないのですが、そういうわけにもいきませんでしょう。

私は覚悟を決めて、グイスト様が差し出してくださったガレブストーンの赤石を受け取りました。


「ありがたく、頂戴いたしますわ」

「エリシャ!」

「ええ、よろしくお願いいたします」

「ああ、これでやっと、きみと一緒になれる……」


嬉し涙でしょうか。でなければ困りますが、私をいとおしそうに見つめるその瞳から、次々と涙が零れ落ちてきます。

私がその涙に手をのばすと、少し驚いたようなグイスト様。

そっと顔に触れ、にこりと微笑みます。


「私も、嬉しいですわ」

「エリシャ……」

「……少し屈んでいただいても?」

「ん?」

「ふふっ」


何もわからないような顔をしているグイスト様が、こちらへ顔を寄せてくださいます。

私はそのくちびるに、そっと自分のそれを重ねました。




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