【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳

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第33話−2 ※リリアナざまぁ回(閲覧注意)

私は、リリアナ。
元は侯爵家のお姫様だったのに――今は、こんな小さな家に住んでいる。

「……嫌だ」

朝、目を覚ますたびに、この言葉が口から漏れる。本当に、嫌。使用人もいない。贅沢もできない。ディートリヒは、毎日働いて疲れて帰ってくるだけ。会話もない。笑顔もない。あるのは、ため息と沈黙だけ。

「……こんなはずじゃなかったのに」

私は、侯爵夫人になるはずだったのに。大きな屋敷に住んで、使用人たちに囲まれて、美しいドレスを着て、貴族たちの社交の場で輝くはずだったのに。
でも――現実は、この小さな家。古びた家具。質素な食事。そして――誰も私を褒めてくれない日々。

窓の外を見る。町の人々が、忙しそうに行き交っている。私とは、無関係に。

「……」

私は、鏡を見る。大きな瞳に柔らかな髪、可愛い、誰が見てもそのはず。この顔だけは、まだ私の武器だ。

町を歩いていると、声をかけられる。

「リリアナさん、こんにちは」

顔見知りの中年の男だ。商人らしい、上質な服を着ている。

「あら、こんにちは」

私は、微笑む。誰かに話しかけられるのはだし、久しぶりに笑顔を向けられた気がする。

「今日も、お美しいですね」
「ありがとう」

私は、嬉しくなる。久しぶりに、チヤホヤされる。この感覚――忘れていた。あの学園にいた頃は、当たり前だったのに。

「リリアナさん、よかったらお茶でも」
「ええ」

私は、誘いに乗る。どうせ、家に帰っても何もない。ディートリヒは、仕事から帰ってこない。一人で、あの狭い家にいるだけ。それなら――こうして、誰かと話している方がマシだ。


町には、金持ちの商人や役人がいる。そのうちの一人、彼の名前はグスタフ。中年だが、金を持っている。

「リリアナさん、これ、似合いますよ」

彼が、ドレスを見せてくれる。美しい、深紅のドレス。レースがふんだんに使われている。

「まあ、素敵!」

私は、目を輝かせる。こんなドレス、久しぶりに見た。

「差し上げます」
「え? 本当に?」

私は、信じられない思いで彼を見つめる。

「ええ、うちの商品ですし。あなたのような美しい方に、着ていただきたい」

彼は、ニヤリと笑う。その笑みには――何か、別の意味が含まれている気がした。でも、私は気にしなかった。

「その代わり――」
「……その代わり?」
「また、会ってくれますか」
「……ええ」

私は、微笑む。

――ディートリヒには、内緒。でも、これくらい、いいでしょう? 私だって、贅沢したいもの。こんな惨めな生活、もう我慢できない。

だが――それは、始まりに過ぎなかった。
ドレスをもらい。宝石をもらい。美味しい食事を奢ってもらい。そして――。

「リリアナさん」

グスタフが、ある日、私を自分の部屋に誘った。上質な家具が並ぶ、立派な部屋。

「……」

私は――断れなかった。だって、彼がくれるものが、欲しかったから。ドレスも、宝石も、美味しい食事も。私が求めていた、贅沢な暮らし。それを――彼は、与えてくれる。

「リリアナさん、あなたはとても美しい。ああ……」

彼は、私を抱きしめる。

「そんなあなたが、欲しくてたまらないんだ」
「……」
「ねえ、リリアナ……」
「…………ええ、あなたの思うように」

私は――目を閉じた。これが、代償なら――仕方ない。

それから、私はグスタフと定期的に会うようになった。彼は、私に贈り物をくれる。私は、彼の求めに応じる。それだけの関係。愛など、ない。でも――私には、これしかなかった。
ディートリヒには、何も言わない。彼は、何も気づいていないようだった。いや――気づいていても、何も言わないだけかもしれない。


――ある日。
グスタフの態度が、変わった。

その日も、散々私の体をいたぶっていたのに、ことが終わると急に真面目な声で言い出した。

「リリアナ」
「何?」
「最近、町で噂になっている」
「……噂?」
「君が、僕と関係があるって」

彼は、困ったような顔をする。

「それは――」
「僕も、商売があるからね」

グスタフは、立ち上がる。

「あまり、会えなくなるかもしれない」
「……え?」

私は、固まる。

「でも――」
「ごめんね、リリアナ」

彼は、そう言って――去っていった。
私は――一人、部屋に残された。

「……そんな」

彼がくれていた贅沢。それが――なくなる。

「……嫌」

私は、震える。もう、あの惨めな生活には戻りたくない。

「お嬢様」
「……グスタフさん、は?」
「旦那様はもうお出かけになりました。身支度を整えたらすぐに出ていくように、とのことです」
「……っ!」

あんなに私を持て囃した男は、自分の立場が悪くなりそうだからとさっさと切り捨ててきた。
悔しい。憎い。なんでこんな思いしなければならないの……。


それから、私は――別の男を探した。
グスタフと同じような、金持ちの商人。

「こんにちは」

私は、微笑みかける。彼らは――最初は、私に優しかった。でも――すぐに、私の評判を知る。

「ああ、君――グスタフと関係があった娘だろう」
「……」
「悪いけど、僕は遠慮しておくよ」

彼らは、私を避け始めた。

「……なぜ」

私は――焦る。誰も、私を相手にしてくれない。


絶望しかけた私に、甘い言葉を吐いてきたのは町の役人だった。

「リリアナさんっていうの? すっごくかわいいね」

そう、私は可愛い。まだ、私には使えるものがある。そう思って、とっておきのポーズで、一番可愛く見える角度で、彼を見た。

「ええ、あなたは? お役人様なの?」
「そうだよ。町役場に勤めている」
「そう、そうなのね」

役場に勤める人間は、主に領地に関係する下位貴族の家のものであることが多い。
この男は、ハリセン・ダーシャと名乗った。ルーゼン領内の一部分の領地管理人であるダーシャ家の令息だ、と。

「僕のお給料じゃ、これくらいしかしてあげられないけど」
「いいえ、十分よ。素敵なドレス! ありがとう、ハリセン様」
「いいんだよ、かわいいリリアナ。……じゃあ、」
「え?」

会ったその日に、私に似合うドレスがあると言って屋敷に招かれた。
ついていった部屋には、上質な布のドレスが何着もあって、それを着るように言われる。

「えっと、あの、お手伝いは?」
「僕がしようか?」
「いや、え?」
「いいでしょ? どうせ、誰にでも見せているんだから」
「……え」

そう言って、着ていた服を破り捨てられた。

私にくれるといって見せてくれたドレスは、着ることも叶わなかった。

体を這う手が気持ち悪くて、何度も払い除けたけどやめてくれなかった。

何度か殴られて、抵抗する気もなくなった。

すべてを諦めた私の上で懸命に腰を振るこの男・ハリセン・ダーシャは、ディートリヒに結構な恨みがあるらしい。幼少期に通っていた領内の学舎でさんざん嫌な思いをしたとかなんとか、薄れゆく意識の中、恨み言ばかりが聞こえていた。





町を歩くと、誰もが私を噂しているようだった。

「あの娘、お金目当てで男に媚びを売るらしいわよ」
「ええ。でももう誘いに乗るような人、いないんじゃない?」
「そうね。あの見た目じゃあね」

彼女たちは、私を見て――囁く。

私は――もう、誰にも相手にされない。

グスタフは、私を捨てた。他の男たちも、私を避ける。たまに、男に腕を掴まれ路地裏に連れていかれることがある。そして発散すると男は、小銭一枚放り投げていく。私は、そのお金に縋りつく。

「……」

私は――家に帰る。
小さな、惨めな家。
ディートリヒは、仕事から帰ってきて――私を見る。

「……リリアナ」
「なに」
「……お前、何をしていた」
「……」

私は、何も答えない。
ディートリヒは――ため息をつく。

「……そうか」

彼は、それ以上何も言わない。
私たちの間には――もう、何もない。





私は、部屋に引きこもっている。
誰にも会いたくない。誰とも話したくない。
鏡を見る。肌はカサカサで、まるで老婆みたい。まぶたも腫れぼったくて――もう、誰も褒めてくれない。

「……」

私は、ベッドに横たわる。
天井を見つめる。

「……こんなはずじゃなかったのに」

私は――侯爵夫人になるはずだった。贅沢な暮らしをするはずだった。でも――今は、何もない。

ディートリヒとの愛も、もうない。町の人々からの好意も、もうない。贅沢も、もうない。
あるのは――この小さな部屋だけ。

「……嫌だ」

私は、涙を流す。

これが――私の末路だった。

愛のために、すべてを捨てた。でも――何も得られなかった。

これが――私の選んだ道の、結末だった。
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