推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

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2章

ヴィタ・ベレング

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縫合するというのは能力の中でもかなり難しい部類のものだ。もちろん腹に大穴が空くのも大問題だが、内臓を治すのは魔力が流し込みやすい。手や足というのは大量の魔力だけでなく正確に繋ぐという集中力と忍耐力、器用さまで必要だった。
ルイは普段から魔力に頼り切らず縫合の練習もしているが、自分自身も血液が足りず目の前が暗くなる状況での手術は難航した。
真っ白な光と紫の炎で患部を繋いで中身を回復しつつ魔力を縒って紡いだ糸で丁寧に繋ぎ合わせていく。
窓のないこの部屋では時間感覚が狂い、もう何日も同じ作業をしているような途方もない気持ちだった。
ぼたぼたと落ちる汗や腹に滲む血を気にすることもなく、最後に左手を繋ぎ合わせ、魔力の糸をふっと消したルイはその瞬間脱力してその場にへたり込んだ。

「はぁ…っ、はぁ…っ………!」

張り詰めていた糸が切れて酸素が一気に肺に流れ込んでくる。
修復の完全ではないルイの体は厳つい音を立てて空気を逃していたが、まだ警戒しているせいか痛みも苦しさも感じていなかった。
猛毒の汗や血を拭うことすらできない、この余裕のない手術は相手が片喰でなければ死んでいただろう。
人の目があるところや人気のあるところなら大混乱になっていたに違いない。周りに干渉されない個室があって助かったとルイは余裕のない頭でぼんやりと考えた。
ルイはなんとか立ち上がるとベッドに腰掛けた。
片喰の手足は紫色のゆらゆらと光が流れる糸で縫い付けられている。きちんと繋がっていて動くかどうかは片喰が起きてみないと不明だが、手足の問題はこれ以上打つ手がない。

「あとは……どうしたもんかな…」

疲労と貧血でまとまらない思考でこれからを考える。
ルイ自身の腹の修復も終わっていない。途中までは治療したため技術だけで言えばここから先は他の医者でも十分治せる範囲だが、猛毒の血液に触れる医者などどこにもいないため自分で続きもやるしかなさそうだ。
死んだように白い顔で眠っている片喰も放置して治ることはない。片喰の周りのベッドシーツは血でぐっしょりと濡れていて、このままでは死を待つだけだろう。
手足が繋がった以上なるべく早く診療所に帰りたいがカプセルを飛ばし続ける力があるか、そもそもカプセルにしがみついていられるか、血を失いすぎている片喰が診療所まで持つのか、疑問ばかりが浮かんでくる。
最悪の場合は落下して共倒れだ。
とにかくどちらにも血が不足していた。

「あ…やば…い」

視界が水を垂らした水彩絵の具のようにぐにゃりと歪む。
気分が悪くなってルイは口元に手を当てた姿勢で固まった。
残された魔力も、血液も、時間も少ない。何もかもが最優先でトリアージのしようなどあるはずもなかった。
ゆっくりと片喰の体の上に移動し、覆い被さるようにして胸に耳を当てる。

「せめてアスクがいてくれればな……」

ないものねだりをするのは性に合わないが、そうも思いたくなる状況だ。
耳に心地よい振動が伝わる。
片喰の心臓はしっかりと動いていた。

「輸血さえ…輸血……………」

ルイの脳裏には城に向かう前にアスクに施した輸血が過った。輸血の保存物がなくとも自分の血は毒が含まれているため操って相手に与えることができる。
以前に実験した際に見た片喰の血液の形とルイの血液の形は、同じではないが施しても健康上大変なことになることはない。
問題があるとすればいくらムータチオン・トレラントと言えども猛毒の血液を分け与えてその後どうなるのかというのはルイにすらわからないということだ。
片喰がルイのムータチオン・トレラントでなくなった場合、つまり片喰がルイへの愛を失ったとき、毒がどう作用するのかは世界中で誰も実験もしたことがないため知りようもない。
ルイが血液をこれ以上分け与えることで自分自身の命が危険にさらされるというリスクもあった。

「…ねぇ、片喰さんはどうしたい?」

体の上に乗って胸に耳を押し当てるルイは意識のない片喰に小声で語りかける。
今のルイには選択肢がほとんど残されていなかった。
ルイと片喰の命がそこまで保つか不明だが、手足の繋がった片喰をカプセルに積んで診療所まで帰るか、今この場でどんな副作用のあるか不明な猛毒の血液を片喰に輸血することで片喰だけでも一旦確実に生かすか、実際のところはその二択しかない。
ルイは片喰の分厚い胸板に愛おしそうに頬擦りし、鼓動を確かめながらゆっくりと自分自身の呼吸を数えていた。
返事をしない片喰の肌は冷たく血に濡れていないところは異様に白い。
ただ、ルイの血や汗を浴びてもその肌はどこも負傷をせず呼吸も止まっていなかった。

「片喰さん…」

聞こえるはずのない片喰の声が聞こえる気がする。
温かくしっかりとした腕で抱きしめられ、永遠の愛を誓う片喰の姿が走馬灯のように駆け巡る。

———————-とこしえの愛ならくれてやる。だからルイ、俺と生きて俺と死んでくれ。

焼きたてのパンのような柔らかな低音と、朝露に濡れた花々の香りを思い出す。
照れ臭そうに笑う顔と、優しく揺れる薄い緑の瞳。
ルイを守るために手足を引きちぎって駆け寄った背中。

「……僕と生きて、僕と死んでくれる?」

霞んでいく視界と浅くなる呼吸で眠る片喰の顔を捉え、ルイは小さく掠れた声で呟くとはにかむように笑い、その頬を撫でた。
そして緩慢な動作で自分の手首の皮を噛みちぎると最後の力を全て込めて溢れ出した血を片喰に擦り付けた。

「ヴィタ・ベレング!」

ルイの血が片喰を包み込んで浸透する。
溢れ出た強烈な光と爆風を伴う衝撃に気付いたものは、誰もいなかった。
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