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2章
毒の血液
しおりを挟む体が鉛のように重く、意識は起きたいと思っているが手も足もなにもかもが言うことを聞かない。心地いいわけでもないひたすら死に誘うような深いだけの眠気が目覚めを阻害する。
ただ冷たくて、痛くて、苦しい。
意識をどこか遥か奥底へと委ねると何もかもから解放されそうだった。
痛みや寒さから逃れるように深く深く泥沼に沈んでいく。
このまま起きることはないかもしれないとどこか冷静な第三者の自分がぼんやりと考えていた。
この深く、ただ逃れるためだけの眠りが死というものか。
死ぬというのはもしかしたら二回目かもしれないが、次はどこへ行くのだろうか。
思考というにはあまりにもお粗末な回路でいると不意に温かい光に包まれた。
光は体にふんわりと巻きついてきた。動く気のなかった手足に、動いているかもわからなかった心臓に、冷えきった頬に、光が肌に触れたところから人肌の温もりがじわじわと満ちていく。
よく見知った光と香りだ。
人のために輝く光と、消毒に混ざった柔らかで甘い香り。
「…るい…………?」
冷たく不快だった泥沼からルイに抱かれて眠るような心地良さに引っ張り上げられる。
少しずつ体や意識が言うことを聞いて浮上し、光に導かれてどこかを目指していく。
不必要にムーディな音楽がぼんやりと耳朶に触れた。
「……っ、は……?」
突然目が開いた。
今まで忘れていた呼吸が急に再開したような衝撃に片喰はむせて体を起こす。
真っ先に目に飛び込んできたのは派手すぎる天井と壁紙、次いで低すぎるテーブルと悪趣味な装飾のソファ。明らかに知らない場所だ。
最後の記憶を手繰るが、城を出た辺りから霞かかったように曖昧で痛みが和らいでからは完全に思い出せない。
吐き気を催す痛みだけが強烈に頭にこびりついて気分が悪いが、そういったものも今の体には感じられない。少しだけ眩む視界と鉛のように重たい頭以外に支障はない。
急いで自分の手足を見て、それが不思議な紫の揺らめく糸でくっついていることに驚愕した。
「ルイが治してくれたのか……?」
片喰が寝ていたとんでもない大きさのベッドのシーツは血に濡れてぐちゃぐちゃになっている。部分的に焦げた跡もあり、ルイの何かしらの毒が触れたのだろうと考えられた。
片喰は手足の使い心地をゆっくり確かめて痛みがないことと正常に動くことを把握すると周囲を見回した。
ルイの診察所ではない。窓もなく悪趣味なほど派手な部屋だ。部屋の奥には隠す気のない中身が透けた浴室がある。
以前ルイと誤って入ってしまったところにそっくりのいやらしい宿屋だ。
何故診療所ではなくこんなところにいるのかは不明だが、それ以上にルイの姿が見えないことに不安を感じて片喰はベッドから足を下ろす。
「ルイー……ん?」
部屋の奥に向かって声をかけていたが、足先に何か触れたことで片喰は視線を下に落とした。
蹴り飛ばしてしまった布団かクッションのようなものだろうというのんびりとした考えはその場で消え失せる。
片喰が足蹴にしたのは、血に塗れてベッドの下に力なく倒れているルイだった。
「ル……ルイ!?ルイ!」
瞬間的に血の気が引いた片喰は転がるようにベッドから降りてルイの体を持ち上げる。
軽く華奢な肢体はいつも以上に血の気がなく、美しい人形だと言われても信じてしまうほどルイの体はなんの抵抗もなく片喰に抱き上げられた。
「おい!ルイ!返事しろ、ルイ!」
前回の手術時も疲労で倒れて寝込んだと聞いていた片喰はただ眠っているだけかと一瞬楽観的な希望を抱くが、ルイは指先ひとつ動かず、もちろん返事もしない。
胸や口に耳を当てると、まだ微かに動きがあり辛うじて生きてはいることがわかった。
ただ、冷たい肌に無抵抗の体、微弱な呼吸はほぼ死体だった。
腹にあいていた腹の傷からはぐじゅぐじゅとした血が泡状に出てきている。手首にも何かが齧りとったような傷があり、血が溢れて出ていた。
全く医療の知識など持ち合わせていない片喰でもわかるほどルイは失血していた。
「ル……だ、誰か呼ばねえと…!フロントに電話…いや、ないのか…!救急車…!?救急車ってこの世界にあるのか!?そもそも、運ばれる先の医者はルイか…!?」
青ざめて混乱する片喰は咄嗟にスマートフォンを出して救急車を呼ぼうとし、そのようなものは持っていないことに絶望した。
ゲーム上のプレイヤー同士の連絡手段はチャットだ。ただ、NPCと連絡を取ることなど想定がないため実際のこの世界には連絡手段はない。手紙や掲示板などそういった原始的な手段だけが頼りだ。
そして、怪我をした場合は緊急転移の十字架でルイの診療所に飛ぶか、アイテムを持っていない場合はルイがカプセルで迎えに行くことになっている。
ゲームプログラムは街から出るはずのないNPCのルイが怪我や病気をした場合など考えられてはいないのだ。
片喰はルイを担ぎ上げると扉を開けるためのイムを払い、そのまま財布の中身を全て部屋に置いて外へと飛び出した。どこへ迎えばいいのか、何をすればいいのかはわからないがこのままでは死んでしまうことだけははっきりとわかる。
靴も履かずにもつれる足で外に出ると、一体何時間経っているのか何日経っているのかはわからないが夕暮れだった。
見たことはないが、そこそこ人通りのある町だ。足早に通り過ぎる人間を目で追いながらどっちへ行けば家に帰ることができるかさえわからない片喰は口から心臓を吐きそうなほど気が動転していた。
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2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。
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