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2章
研修医の救いの手
しおりを挟む「あの…っ、誰か……治せる人はいませんか…!?この人…大怪我してて…!助けてください…!」
片喰は思考がまとまらないままとにかく助けを求めて声を上げる。
行き交う人々は、着ているスーツはボロボロで裸足、全身血まみれで、男を担ぎ上げていやらしい宿から出てきた大男を奇妙な目で見ながら関わるまいと足早に通り過ぎていく。
どう見ても不審者だ。
「あの…!どなたか……!」
誰にも相手にしてもらえない片喰はしばらく大声を上げながら道を彷徨っていたが、地図等も見つけられず、話しかけても返事をもらえず、その場で崩れ落ちルイを抱きしめて力無く項垂れた。
ここがどこで、どっちに歩けばルイの家に帰れるかもわからない。そもそも歩ける距離なのか、地続きなのか。ワープや魔道具などを利用されていれば片喰に為す術はない。
「ルイ………!」
「あ、あの…」
路肩で膝をついた片喰にひとりが近寄る。
顔を上げると、夕日が逆光になっていてよくは見えないが白衣を着た若そうな男性だった。
「大怪我ですね…十字架をお持ちではないですか?こちら、よかったら…今少し問題が起きているようですが、おそらくドクター・ルイの診療所に繋がると思います。彼なら息さえあれば治してくれるはずですよ」
男性は緊急用の十字架を差し出す。片喰は小さく首を振って、親切にしてくれた男性に笑いかけようとして失敗した。
目頭が熱くなって喉が詰まる。
「……ご親切に…ありがとうございます。この…男が、その、ルイです……」
「え!?」
裏返って震える声で片喰が述べると白衣の男は驚いて顔を近付けてきた。大きな丸眼鏡のよく似合う誠実そうな好青年だ。
慌てて取り出したマスクと手袋をしてルイの前髪を払い、息を呑んだ。
「本当に先生だ…!あ、あなた大丈夫ですか!?そんなに先生の血を浴びて…」
そこで言葉を切って、何かを思い出したように青年は不安と動揺で揺れる片喰の薄い緑の瞳を食い入るように見つめる。
「……風…いや、木属性?まさか、あなた…先生の、同居人の…?」
「え…あぁ…まぁ…」
「本当に運命のトレラントだったのか…!」
青年は白衣のポケットから小さな鍵を取り出すと何もない空間に差し込んで回した。
蜃気楼のような揺めきと共に目の前に空気をたっぷり含んだ半円球の風船が現れる。かまくらのようなその風船にはドアが設置されており、青年はそこを開けて片喰を中へ誘った。
「申し遅れました、僕はドクター・ルイの公演手伝いをしている研修医のサチルと申します!中へどうぞ!診療所までお送りします」
サチルが名乗ると片喰はすぐにルイを抱えたまま半円球の風船に駆け込んだ。
中は三人で入るには少々手狭で、ベッドと見たこともない装飾品が所狭しと詰め込まれている。
サチルは片喰にルイをベッドに寝かせるように言うと、すぐにベッド脇に置いてあった防護服のようなものを着てルイの体を不思議な装飾品で触り始めた。
「はぁ…先生、家が襲われたってだけでその後どうなったか聞かされてはいませんでしたが…こんなことになってるとは。あなたも酷い有様だ…その手首と足首…まさか縫ったんですか…」
「その…話すと長いんですが、俺のことを助けて、ルイはそれで……」
「あなたの身をひどく案じていらっしゃるご様子でしたから…先生の防護服、あってよかった」
赤色の光がサチルの手から柔らかに溢れて卵の形をした装飾品を包み込む。丸眼鏡の奥のサチルの瞳は燃えるような紅をしていた。火属性なのだろう、赤の光が卵に満ちるとどことなく空間が温かくなった。
温かさとはまた違う、冷や汗がサチルの額を伝う。大量の管をルイの寝ているベッドに取り付けて何度も体の様子を確認していた。
「これは…何か大きな損傷があったようですが、傷自体はほとんど塞がっていますね。先生がご自身で?」
「そうだと思います」
「魔力も底をついて…異常な服薬もあるな…でも、問題は失血ですね。魔力や傷は僕の回復でもなんとか応急処置をして繋げることもできると思いますが、僕には…クソッ、思ったより時間がないな。十字架は無反応か…船をなるべく飛ばして……」
ぶつぶつと口の中で呟くサチルが船と呼んだこの風船はルイのカプセルと同じ働きのもののようだ。片喰が知るところの救急車としての役割を果たしているようで、ベッドに繋がれた管からは微かな魔力の匂いと温かな赤い光が漏れ出ている。
「回復をしながら騙し騙し診療所に向かいますが、到着したところで…ドクター・アスクがいればいいですが…」
サチルの知っている情報は、ルイの家が襲撃されて崩壊し、助手であるアスクが気を失っているということだけだ。診療所とアスクが無事ならば十字架を使って飛べただろうが、それができないということはアスクにも何かが起こっているのだろう。
「僕は回復医であって先生のような能力を持った医者ではありません。先生の血液の形も知りませんが、そもそも失血の症状を先生のように外部から血を入れることが…聞いたことはありますが、その力と技術はありません……」
「じゃあ…ルイは…」
「ドクター・アスクがいれば可能かもしれませんが、もしもいなければ…診療所についても、僕の回復でこうして延命していくのだけで精一杯でしょう…」
悲痛に声を絞り出すサチルに片喰も強張った表情で俯く。
診療所まではこの船で数時間もかからない。ただ、その時間は片喰にとって一生よりも長い時間だった。
指先すら動かないルイを目一杯温めて魔力を注ぎ込んだまま、船は広がっていく宵闇をかき分けて進んでいく。
診療所についた頃には日はすっかり暮れていた。
「片喰さん、つきましたよ」
「あぁ…ありがとう…」
何も考えられないままルイの手を握ってただ座り込んでいた片喰は、サチルに声をかけられてなんとか声を出す。
少しの浮遊感と共に船は着地をしたそうで勝手に入り口が開いた。
「うわ……これは…」
「なん……っ」
ふたりの目に飛び込んできたのは完全に崩れ落ちて中が露出したぐちゃぐちゃのかつては家だったものだった。
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