推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

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2章

アスクの輸血

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明らかに人間の襲撃ではない、何か化け物でも暴れたかのような酷い有様に息を呑む。想像もしなかった家の崩壊具合は言葉を奪い去ってただ心臓だけがうるさく鳴り響いた。
家の周囲には軍が来ていたであろう跡があり、危ないところに立ち入りができないようロープが張られたりしているが夜だからか人影はなかった。
片喰はルイを抱き上げて無言のまま診療所の方へと進んでいく。少し温まったルイの体は一瞬いつもと同じように動き出すことを期待したが体の芯は冷たくいつ命が尽きてしまうかもわからない。鍵を回して船をしまったサチルもただ片喰に従った。
今は土塊と成り下がった庭だったものの先に診療所が見える。
いつでも柔らかな電気が漏れている診療所は暗く別の建物のようだが、崩壊はせず無事なようだった。

「…アスク!アスク!」

診療所の中に入るなり片喰は受付の奥に声をかける。サマクは診察室の奥の手術室を開けてそこへルイを寝かすようにと片喰に指示をした。

「アスク…いないのか…?」

「あの崩壊具合ですから、ドクター・アスクの身にも何か…それだと、もしかすると魔獣医のところにいる可能性もありますね」

ルイを仰々しい手術台に乗せた片喰は普段アスクが寝泊まりしている受付の奥の従業員スペースへと足を踏み入れる。そこで大きくとぐろを巻いている蛇は見当たらなかったが、代わりに毛布に包まれた何かが机の上に丁重に置かれていた。
見覚えのないものに手を伸ばして毛布を捲る。
中で眠っていたのは片喰のよく知る現世のものと同じくらいの、傷付いてはいるが純白の蛇だった。

「ア……アスク…?」

こんなにも小さくなっているアスクを見たことがなかった片喰は自信が持てずに震える声で尋ねる。
蛇は緩慢な動作で瞼を震わせると血よりも赤い煮えたぎった瞳を現した。

「え…………あ………」

底知れぬ恐怖を煽るような、それでいて華々しいその瞳にじわじわと水の膜が張る。
片喰は蛇が涙を流すところを初めて見た。
アスクは自由に動かない体を精一杯くねらせて片喰に飛びついた。

「か、か、かたばみ!かたばみ…!!無事だったの、よかった…よかった…!」

「アスク!アスクだな!俺は大丈夫だ。お前、こんなに小さくなってどうしたんだ…!?」

片喰は肩口から首に絡まるアスクの鱗を撫でる。
アスクは自分自身に腕がないことをもどかしそうに体を擦り付けてポタポタと涙をこぼした。

「エクリプサーが襲ってきたとき、僕、かたばみのこと守れなくて…!あいつに瀕死まで追い込まれちゃったんだ。ドクターに輸血してもらって魔獣医に長い時間回復してもらったからもう大丈夫だけど、ドクターの魔力もどんどん減っていくから元の姿に戻るのも時間がかかって…」

矢継ぎ早に話すアスクはよく見れば鱗が剥がれ、血の跡がところどころにこびりついている。
片喰は眉を下げて血の跡を拭い、細いアスクの体を抱きしめた。

「ごめんな…俺が弱いばっかりに。痛かっただろ…お前が無事でよかった」

「僕は大丈夫。かたばみが無事でほんとよかったよ。ドクターが助けてくれたんだね。…ドクターは?」

アスクは再会を喜びご機嫌な表情で机の上に戻っていく。
片喰はその言葉で体を強張らせ、息を詰まらせた。

「…かたばみ?」

「アスク、病み上がりで悪いんだが……ルイが…一刻を争うんだ。来てくれないか」

「え?」

片喰は毛布ごとアスクを抱き上げると混乱するアスクを手術室まで連れていく。
手術室では汗をかきながらルイに回復を施しているサチルの姿があった。回復の光は点滅して弱々しく、魔力も限界がきているようだ。

「ドクター・アスク!いらっしゃったのですね。よかった…!十字架で飛べなかったので何かあったのかと…」

「君は研修医のサチルくんかな?ごめんね、ちょっと怪我して寝込んでて……ドクターは随分魔力が弱ってるみたいだけど、何か…」

言いかけたアスクの視界に血に濡れぐったりと倒れたルイが映る。
ルイの寝かされた手術台に飛び乗って声にならない声をあげて固まるアスクに、片喰が必死に落ち着いた素振りを取り繕いながら低く声をかける。

「診てくれないか、アスク…話はあとで必ずする!ルイは血が足りないって…もう瀕死なんだ…!」

「ドクター・アスク!先生に輸血をしてくれないか!あなたならできるでしょう!」

ふたりの必死な説得に答える言葉もなく呆然と口を開ける。
片喰に強く名前を呼ばれてようやくアスクは我に帰った。

「ぼ…僕は魔獣医だよ…!人間は診られないし、ドクターに教えてはもらってるけど…僕だけで輸血なんてしたことがない…!それにこの魔力量では…誰か、他の……!」

涙声で縮こまって首を振るアスクの言葉を遮って片喰が胴を掴む。
驚いて震えたアスクの目に映る片喰は、ただでさえ強面な顔をくしゃくしゃに歪めてペリドットの瞳を濡らし、強い力の手に対してあまりにも無力で縋るようだった。

「…もう、お前だけだ……他を当たる時間があるかどうかもわからない…アスク……頼む……」

震える声で弱々しく訴えた片喰はそのまま力無く地面にうずくまり、深く頭を垂れた。

「かたばみ……」

「俺のせいで…こうなってるんだ……俺のために戦って、めちゃくちゃだった俺を治して、ルイは……俺の血でも、魔力でも、命でも、なんでも…なんでも持っていっていい…アスク…お前の言うこともなんでも聞く…ルイを……助けてくれ…」

片喰のスーツのジャケットやスラックスはもう、ただの布切れと言っても過言ではないほど汚れて千切れていた。靴も履かず、撫でつけていた長い前髪が乱れておりていることも気にせず、手首と足首に痛々しい縫い跡がある。
片喰のせいではないことがアスクにはわかっていた。
ただ助けを待っていただけでなく、ルイを守るために片喰は無理をしたのだろう。
そして、そんな片喰を救うためにルイは無理をしたのだろう。
大好きなふたりを救うためには、覚悟を決めるしかなかった。
一呼吸を置いてアスクは震える自身を叱咤して声を上げた。

「…やるよ。ドクターを救おう…」

「アスク…!」

「サチルくん!保管所から毒のマークが書いた箱を全部持ってきて!…片喰はここにいて。僕とドクターにずっと声をかけ続けて」

アスクに命令されたサチルは大急ぎで箱を取りに行った。
片喰はその場に立ち上がると涙を拭ってルイを抱きしめ、アスクを抱きしめた。
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