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4章
正体
しおりを挟むレイは静かにお茶を啜っている。
かつては床に転がって見上げていたレイが、ルイのことを奪い合って命を削った相手が、目の前でぼんやりお茶を飲んでいるのが、麻耶を迎え入れてすぐの頃と同じような違和感を生み出していた。
レイはルイのふわふわな部屋着を着ており、その見た目のほとんどはルイだ。
ただ、にこりともしない表情や無口な様子、漆黒の髪、色の違う左目とその傷は明らかに別人であることを示している。
「藤」
「あ、あぁ…説明しないといけないよな。レイが意識を失ってからもうかなり経ってるんだが……」
片喰は体に襲い掛かる眠気と疲労感をお茶で流しながら、レイが昏睡してからのことを掻い摘んで説明した。口には出さないが麻耶のことも随分と気にかけている様子が見受けられたため、麻耶が家で過ごしていたときのことも簡単に説明した。
レイは相槌すらもほとんどうつ様子がなく、おしゃべりなルイに慣れていた片喰にとってはかなり違和感があったが、その眼差しを見るに真剣に聞いてはいるようだ。
ルイのことについては詳しい説明が一切できず、目にしたものをそのまま伝えただけだがレイは十分理解したようだった。
「はぁ…、もう、ルイは…また、無茶を…ホテプも、何を考えている、のか…」
「あれは……ルイの医療行為だったのか?いつもの手術と随分違ったし、ルイは…ルイの、様子は……あれは……」
喉まで出かかった言葉を思わず呑み込む。
恐らく、真実を聞いたからと言って片喰の心に変化があるわけではないだろう。不都合はないが、何となく気軽に聞いていいわけではない気がした。
片喰の気持ちを見透かすようにレイは真っすぐその目を見つめた。
「俺も、そうだが……ルイ、は、神と契約した、一族であると…いうだけでは、ない。俺たちは、本当に……奇妙なんだ、が……………神そのものなんだ」
「は………?」
「いや、神とは…言い難い、かもしれない…ただ、藤が思う通り、俺たちは……少なくとも、人では、ない。ムータチオン・トレラントの…条件が、異常なのも、そのせい…だ」
レイの言葉が上手に噛み砕けず辛うじて絞り出した声は随分と間抜けだった。
レイは少しだけばつの悪そうな顔をして、それを押し流すようにお茶を飲んだ。
「もう、藤には…伝えていると、思っていたが。知らなかった、様子だな……」
「し、知らなかったというより…そもそもそんな発想にならなかったというか…」
片喰の脳裏に先程まで見たルイの“人ではない”姿が浮かび上がる。あれを見たからこそ人ではないと言われても納得がいくが、それまでにルイのことを異常だと思っても人ではないと思ったことなどなかった。
「あ、いや…でも」
ただ、思い返してみればルイの年齢やその前職など不思議なことはたくさんあった。
見た目が高校生だと言われても違和感がないほどの童顔であるため、てっきり年齢も片喰より下であると勝手に思い込んでいた。ただ、前職で戦闘スキルが身につくほどの期間軍医をやっていたにも関わらず、その情報を街の人はほとんど知らなかった。また、ハイリグン家がとっくの昔にレイに燃やされて今の城が建てられていたということだったが、その城は古城と呼ばれるほど古ぼけていた。
「……何年、生きてるんだ?ルイとレイは、何歳なんだ?」
「今年で……多分、だけど、数百と、七十…いくつか、だったと思う……家が滅んだのが八百年前だから、千年は、まだだと思うんだけど……わからない。正確には、覚えてないんだ」
「………………千年…………?」
「不死身では、ない…んだ、でも、老いだとか……寿命という概念は、ない」
片喰は頭痛がして持っていたグラスをそっとテーブルに置いた。
脳みそが衝撃を受け止めてくれない。年上のルイも素敵だ、というオタクの想像をゆうに超えてきている。
千年という月日を前に、何よりも不安が先立った。
「藤………」
レイがどことなく不安げな表情を浮かべる。
自分たちのムータチオン・トレラントは感情依存ゆえに揺るぎやすい存在だ。ルイのあずかり知らぬところでルイの最愛の存在を奪ってしまったかもしれないことに、表情以上の不安が胸を渦巻いていた。
誰よりもルイを愛していて、その愛を欲しているからこそわかっている。この片喰という存在が失われればルイは壊れてしまってレイのところに帰ってくるかもしれない。
ただ、そのルイはもうレイの愛したルイではないだろう。
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