借りてきたカレ

しじましろ

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第七章 きょうだいごっこ

(4)

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 逆に親からしたら、こんな年上の女が息子の周りをうろついているのは面白くないだろう。

「基季くんはお留守なんですよね? では私はこれで」

「ちょっと待って」

 そそくさと退散しようとしたみさをを、かおるは引き留めた。

「はい?」

「アタシ財布を落としちゃって。基季に借りようと思ったんだけど出てこないし。いきなりで悪いんだけど、タクシー代貸してくれない?」

 ぶしつけな申し出ではあるが、仮にもキキの親だ、困っていると言われれば放ってはおけない。

「分かりました」

 財布を取り出し千円札に手をかけたその時、ギィと音がして玄関のドアが開いた。

「みさをさん、払わなくていいから」

 キキが出てきてみさをの手を押さえると、怖い顔でかおるを睨みつけた。

「やっぱり居るんじゃない。親に居留守使うなんてどういうつもり?」

 かおるはキキの二の腕あたりをバンバンと強く叩いた。

「分かったよ。金だろ? 金が欲しいんだろ?」

 キキは一度部屋に引っ込むと、なにやら茶色い封筒を手に戻ってきた。

 そしてその封筒を犬におもちゃでも投げるように、「ほら」と放り投げた。
 封筒は少し先の地面に落ち、衝撃で中身が半分滑り出た。
 それは一万円札の束だった。ゆうに五十万円はあるだろう。

「これが俺の全財産。これやるから、もう二度と来ないでくれ」

 キキは捨て台詞を吐いて、背を向けた。

 なんてことをするんだ。驚いたみさをは、とっさにかおるの反応を見た。
 母親なら当然非常識な行動をとった息子を叱って、金を返すと思ったからだ。
 だが、かおるは目にも留まらぬ早さで札束を拾うと、振り返りもせずそのまま逃げるように去っていった。

 目の前で何が起こっているのか理解できず、みさをはしばらく呆然としていた。


「みさをさんは何しに来たの?」

 キキに声をかけられ、ようやく我に返った。

「ああ、これが部屋に落ちてたから……」

 すっかり忘れていた学生証を鞄から取り出す。

「わざわざありがとう。じゃあ」

 キキは驚くでもなく、さっとそれを受け取ると、部屋に入ろうとした。
 じゃあって、このまま帰れというのか? そんなこと出来るわけがないだろう。

「待って。少しでいいから話をさせて」

 必死にキキの腕を掴んで引き留めた。

「汚いけど、どうぞ」

 キキは諦めたように言って、みさをを部屋に入れた。

 そこはキキの垢ぬけた容貌からはとても想像がつかない、必要最低限の物しかない質素な部屋だった。

「友達とルームシェアって話は嘘だったのね?」

 アパートに着いた時からうすうす気づいていたが、中に入って確信した。この六畳一間の部屋に二人で住むなんて考えられない。

「そうだよ、全部嘘。俺はあの毒親から身を隠すために、みさをさんの家に逃げ込んだんだ」

 なんで最初からそう言ってくれなかったのよ。それにこんなことになると分かっていたなら、帰らなければよかったじゃない。心の中でキキを責めた。

 かおるが金を要求したのは、今日が初めてではないのだろう。
 みさをはやりきれない気持ちになり、泣きたくなった。


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