借りてきたカレ

しじましろ

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第九章 降って湧いた婚約者

(4)

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「みさをさん……みさをさん」

 キキの声は遠い波の音のように微かに聞こえていた。

「分かったよ。姉ちゃんって呼べばいいんだろ? ねーちゃん!」

 みさをが黙っているのは、呼び方が気に入らないせいだと思ったのだろう、キキは耳元で大きな声を出した。

「ん? あ、ごめん。何?」

 確かにキキがみさをの言いつけを守らず、名前で呼び続けているのは気になっていたが、今考えていたのはそんなことではない。頭の中は平森のことで一杯だった。

 結局イエスもノーもはっきり言わずに別れてしまったが、次にどんな顔で会ったらよいのか。

「なにぼーっとしてんだよ。長野の先生からデートのお誘いが来たけどどうする?」

「デート!? なんで?」

「今度出張で東京に行くから、その時に会えませんか? って」

「ど…どうしよう」

 長野の教員、そういえばそんな人とも繋がっていたんだった。キキは律儀にその後もマッチングサイトで、みさをの代行を務めてくれていたらしい。

 改めてみさをに興味を持ってくれた、その人の写真をじっと見つめた。
 やや面長で真面目そうな中年男性。好きも嫌いも何も感じなかった。会って話したら印象も変わるのだろうか。

 平森に対してもドキドキしたり、恋心を抱くようなことは今のところない。しかし良い人だと思うし、一緒にいると落ち着く。そういった人も貴重だろう。どちらが好きになれる可能性が高いかは悩むまでもない。
 みさをはちゃんと平森と向き合ってみようと決めた。

「デートは……やめとく」

 みさをはキキの顔を真っすぐ見て言った。

「そう」

「あと、しばらくマッチングサイトはお休みするわ」

 時間を有効に使うためには続けた方がよいのかもしれないが、あれもこれも同時進行できるほど器用ではない。

「何かあったの?」

「ううん。なんだか気乗りしなくて。色々手伝ってもらったのにごめんね」

「それはいいけど……」

 言葉とは裏腹に、キキは憮然とした顔をしていた。
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