借りてきたカレ

第十章 運命の一夜

（3）

　ピンポンピンポンピンポン。

　突然、けたたましく呼び出し音が鳴った。

「っさいなーなんだよ、もう」

　キキがモニターを確認する間もなく、玄関の鍵がガチャリと回った。

「みさをさん？」

　みさをがこんなふざけた帰宅の仕方をするとは思えないが、鍵を持っている人間は他に考えられない。だが乱暴にドアを開け入って来たのは明らかに別人だった。

「なんであんたがここに？」

　さっきまでテレビに映っていた男が目の前に立っていて、キキは目を疑った。
「萩野いるか？」と肩で息をしながら聞いたのは、髪も着衣もひどく乱れた勝俣だったのだ。

「あんた警察に連れて行かれたんじゃ……」

「もう解放されたんだよ。散々説教されたがな……」勝俣は忌々しそうに答え、「っていうか、おまえ誰だ？」とぎょろりと目をむいてキキを睨みつけた。とても堅気の人間には見えない。

　キキは猛獣に遭遇した小動物のように固まってしまった。

「そういや弓削が言ってたな。萩野のところにネズミが一匹紛れ込んでいるって」勝俣は少し表情を崩す。

　情けないことにネズミだなんてコケにされても言い返すことが出来ない。

「まぁいい。萩野に言っとけ、おまえはもうクビだってな。このマンションからもすぐに出てってもらう。ここは俺の家だからな」

「待ってくれ。なんでみさをさんがクビにならなきゃいけないんだ。みさをさんは平森って奴に騙されていただけだろ？」

　みさをのこととなると流石に黙っていられなくなり、キキは必死に訴えた。

「まぁ、そうだろうな。俺も萩野を手放すのはこの身を切られるほど痛い。でも今度ばかりは許すわけにはいかない」

　勝俣は問答無用でそう言い放つと、一秒たりとも時間を無駄にしたくない様で疾風のように去って行った。

　みさをはWin-tecのアキレス。そういえば以前弓削がそんなことを言っていたっけ。
　今回のことはアンギスがWin-tecの力を削ぐために、仕掛けた作戦なのだろうか。

　あの勝俣を陥れようだなんて、平森はなんて恐ろしい男なのだ。温厚で争いなど全く好まないような顔をしていたが、腹の中は真っ黒だったってことか。
　それにしても結婚まで餌に使うなんて。どいつもこいつもみさをのことをなんだと思っているんだ。
　大切な人の心を弄ばれ、キキは腹が立って仕方なかった。