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第十一章 魔性の女とレンタル彼氏
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土日を挟み翌週になって会社に行ったら、すでに登録を解除されてしまったようで、IDカードをかざしても入場ゲートを通過できなかった。
さすがに勝俣は仕事が早い。この分だといくらみさをが謝罪しても、不当解雇だと訴えても、元の仕事に戻れる可能性はないだろう。
みさをとしても弓削の話を聞いてしまった以上、自分に監視役をつけていた勝俣を許す気にはなれない。
仕方なく、奈美江に連絡を取って、自分の机にある私物を持って来てもらった。
「ごめんね。面倒かけて」
「いいえ、私もみさをさんに会いたかったんで良かったです」
数十分後、ビルの一階にあるコーヒースタンドに、奈美江が荷物を詰めた小さな段ボールを持って現れた。
「あと瀧さんから伝言で、独立するなら絶対ついていくから声かけてくださいって」
荷物を手渡しながら、奈美江が言う。
瀧の能天気な顔を思い浮かべてみさをは苦笑した。
貯金は全部キキにあげてしまったから資金もないし、そもそもひたすらプログラムを書くことしか能のないみさをに、独立なんて出来るわけがない。
「それにしても大変でしたね。私はもちろん、社内でみさをさんを直接知っている人はみんな、あんなのデタラメだって分かってますから」
「えっ、なんのこと?」
奈美江は一生懸命慰めてくれているようだが、みさをには意味が分からなかった。
「週刊新春の記事、まだ見てないんですか?」
「うん、見てないけど……」
「それならいいんです。気にしないで」
奈美江は不味いことを言ったという顔になった。そして、「また飲みにいきましょうね」と引きつった笑顔で手を振り、すぐに仕事に戻って行ってしまった。
週刊誌に自分の記事が載っているのか? そういえばさっきから通りがかる人が、ジロジロ顔を見ていくのが気にはなっていたのだ。
みさをは早速コンビニで、奈美江の言っていた今日発売の週刊誌を買った。
近くの公園に場所を移し、品があるとは言い難い表紙のその本を取り出すと、ある見出しの文字が目に飛び込んできた。
――マンモスIT企業の社長二人を手玉に取る魔性の女
「これかあ……」
見たいような見たくないような気持ちでページをめくると、タイトル通り平森と勝俣、そして魔性の女A子のドロドロの三角関係のストーリーが書かれていた。
A子はWin-tecのシステムエンジニアで、小悪魔系の美人とある。どうもこれがみさをのことのようだ。よくもまあ、こんな創作ができるものだ。さらに申し訳程度に目線を入れてあるが、みさをの顔写真も使われていた。
勝俣の起こした騒ぎは、怪我人もなく、アンギス側も被害届を出さなかったので、事件とはならず厳重注意で終わったのだが、だからこそ余計に面白おかしく扱えると、ワイドショーの恰好のネタとなっていた。
会場で勝俣が「女を取られた」と叫んでいたことと、普段のイメージから、勝手に女性を巡るトラブルだと決めつけ、都合の良い話を作ったのだろう。
少し前まで男と付き合ったこともなかったというのに魔性の女とは、みさをもずいぶん出世したものだ。
記事にはあることないこといろいろ書かれていたが、キキのことには触れられていなかったので安心した。就活で大事な時期のキキまで、こんな大衆の暇つぶしの材料にされてはたまらない。
やはりキキとはあのまま別れて正解だったのだ。
この時はまだ、みさをは有名人ではないし、記事に本名が載ったわけでもないので、大した影響はないだろうと思っていた。
しかしその読みは甘かったようだ。やはりマスコミの力は強大で、このゴシップのせいで、みさをの新しい職探しは難航することになった。
ITはまだまだ狭い業界だ。悪い噂が広まるのも早く、技術者は常に人不足だというのに、どの会社にも門前払いされてしまったのだ。
「会社の風紀を乱されたくない」とはっきり言う面接官もいた。
手に職さえあればなんとかなると、みさをも自分の力を過信しすぎていたのかもしれない。
結局、一旦就職は諦め、当面はフリーランスとしてやっていくしかなかった。
さすがに勝俣は仕事が早い。この分だといくらみさをが謝罪しても、不当解雇だと訴えても、元の仕事に戻れる可能性はないだろう。
みさをとしても弓削の話を聞いてしまった以上、自分に監視役をつけていた勝俣を許す気にはなれない。
仕方なく、奈美江に連絡を取って、自分の机にある私物を持って来てもらった。
「ごめんね。面倒かけて」
「いいえ、私もみさをさんに会いたかったんで良かったです」
数十分後、ビルの一階にあるコーヒースタンドに、奈美江が荷物を詰めた小さな段ボールを持って現れた。
「あと瀧さんから伝言で、独立するなら絶対ついていくから声かけてくださいって」
荷物を手渡しながら、奈美江が言う。
瀧の能天気な顔を思い浮かべてみさをは苦笑した。
貯金は全部キキにあげてしまったから資金もないし、そもそもひたすらプログラムを書くことしか能のないみさをに、独立なんて出来るわけがない。
「それにしても大変でしたね。私はもちろん、社内でみさをさんを直接知っている人はみんな、あんなのデタラメだって分かってますから」
「えっ、なんのこと?」
奈美江は一生懸命慰めてくれているようだが、みさをには意味が分からなかった。
「週刊新春の記事、まだ見てないんですか?」
「うん、見てないけど……」
「それならいいんです。気にしないで」
奈美江は不味いことを言ったという顔になった。そして、「また飲みにいきましょうね」と引きつった笑顔で手を振り、すぐに仕事に戻って行ってしまった。
週刊誌に自分の記事が載っているのか? そういえばさっきから通りがかる人が、ジロジロ顔を見ていくのが気にはなっていたのだ。
みさをは早速コンビニで、奈美江の言っていた今日発売の週刊誌を買った。
近くの公園に場所を移し、品があるとは言い難い表紙のその本を取り出すと、ある見出しの文字が目に飛び込んできた。
――マンモスIT企業の社長二人を手玉に取る魔性の女
「これかあ……」
見たいような見たくないような気持ちでページをめくると、タイトル通り平森と勝俣、そして魔性の女A子のドロドロの三角関係のストーリーが書かれていた。
A子はWin-tecのシステムエンジニアで、小悪魔系の美人とある。どうもこれがみさをのことのようだ。よくもまあ、こんな創作ができるものだ。さらに申し訳程度に目線を入れてあるが、みさをの顔写真も使われていた。
勝俣の起こした騒ぎは、怪我人もなく、アンギス側も被害届を出さなかったので、事件とはならず厳重注意で終わったのだが、だからこそ余計に面白おかしく扱えると、ワイドショーの恰好のネタとなっていた。
会場で勝俣が「女を取られた」と叫んでいたことと、普段のイメージから、勝手に女性を巡るトラブルだと決めつけ、都合の良い話を作ったのだろう。
少し前まで男と付き合ったこともなかったというのに魔性の女とは、みさをもずいぶん出世したものだ。
記事にはあることないこといろいろ書かれていたが、キキのことには触れられていなかったので安心した。就活で大事な時期のキキまで、こんな大衆の暇つぶしの材料にされてはたまらない。
やはりキキとはあのまま別れて正解だったのだ。
この時はまだ、みさをは有名人ではないし、記事に本名が載ったわけでもないので、大した影響はないだろうと思っていた。
しかしその読みは甘かったようだ。やはりマスコミの力は強大で、このゴシップのせいで、みさをの新しい職探しは難航することになった。
ITはまだまだ狭い業界だ。悪い噂が広まるのも早く、技術者は常に人不足だというのに、どの会社にも門前払いされてしまったのだ。
「会社の風紀を乱されたくない」とはっきり言う面接官もいた。
手に職さえあればなんとかなると、みさをも自分の力を過信しすぎていたのかもしれない。
結局、一旦就職は諦め、当面はフリーランスとしてやっていくしかなかった。
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