FORBIDDEN【オメガバース】

由貴サクラ

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1章 一人のオメガと二人のアルファ

(22)

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 瞼が重い。
 いや違う。瞼が乾燥しているというか、張り付いたような感じで、カピカピしていて目を開けるのが少し痛い……。
 
 夢も見ないほどに深い眠りに落ちていたせいか、すっきりとした気がする。思った以上に発情もしていない。しかし、身体は少し怠さを訴え、ぐったりとしていた。


「もう起きたのか」
 どこかから声がした。その声を主を探すと、颯真が居た。あれ、白衣を脱いでワイシャツにネクタイの姿だ、と思う。辺りを見回すと、いつの間にか自宅の自室のベッドの上だった。見慣れた天井が望める。
 もう、うちなのか。
 意識を失っている間に颯真が連れ帰ってきてくれたようだった。
 薄暗い室内を眺めてから、窓に視線をやる。まだ日は高い。昼過ぎ……なのか。何時なのだろうと、自分のスマホを探すと、枕元に見つけた。
 手を伸ばして待ち受け画面を見ると、午後三時過ぎ。ラインには飯田から連絡が入っており、潤の体調を気遣う言葉とともに、森生ホールディングスに無事に報告を終えた旨の連絡が入っていた。メッセージは続いている様子で、いつもは潤もその場で確認するのだが、気力が残っておらず、そのままスリープ状態に戻して、スマホを元の場所に戻した。

「……颯真」
 潤は見上げる。
「なんだ」
「バレたよね……?」

 何を、とはあえては言わなかったが、伝わっているだろう。
「お前がそんなに廉のことを好きだったとはな」

 やっぱりバレバレだ。撃墜したとはいえ気持が知られた上に、どん底まで落ちて情けないほどに感情を発露させて、颯真の前で泣きじゃくった。すべて見られた。

 急激に恥ずかしくなり枕の下に頭を埋め颯真の視線を遮る。

「何やってる?」
「……穴があったら入りたい」
「何で恥ずかしがるんだよ」
「だって。あんだけ取り乱して、大泣きして……いい年した大人が!」

 そろそろ三十に手が届きそうな男性の反応ではない。
 しかし、颯真は落ち着いていた。

「片割れには、そんな姿くらい晒してもいいだろ?」
 いや、フェアじゃない。
「だって颯真は見せてくれないじゃん……」
 潤から見ると、颯真はいつも腹が立つほどに落ち着いている。
「何、潤は俺のそういう姿見たいの?」
 颯真が恋破れて嘆いている姿など、正直想像がつかない。…そうだ。颯真の思い人は、尚紀ではなかったが一体誰なのだろう。純粋に興味があるが、この颯真がそこまで慎重になる相手だ。いろいろと難しいのだろう。
 もしかしたら、自分のような恋の結末を迎える可能性が颯真にもあるのかもしれない。

「ううん。でも、颯真がしんどい時には僕がいるから」

 潤の言葉は颯真に柔らかく受け止められる。
「心強いな。生まれた時から一緒だからな」
 潤も頷く。
「そうだよ。颯真も頼りにしてよ」
「ああ」
「……頼りにならないと思われるかもしれないけど」
「そんなことないさ。正直な話、今回は気持ちが届かなかったにせよ、潤がそういう感情を抱いていたことに安心した」

 潤にはもっとぴったりないい人が見つかるよ、と颯真が慰める。
 自分に「ぴったりないい人」が見つかるのかは正直分からないから、話半分に頷いた。


 どうして自分ではダメだった? そんな空しい気持が沸き上がっては悲しい気分になる。
 だからこそ、無理矢理考えを改める。
 江上はきちんとしたアルファだ。
 だからこれでよかったのだと思いたい。
 江上に見初められた尚紀は絶対に大事にしてもらえるし、今度こそ幸せになると思う。それは望んでいたことだ。

 そう思うことが大事だと潤は考えた。あの可愛い弟のような青年を嫌いにはなりたくない。江上に選んでもらえなかった胸の苦しさは当分消えないが、そこは無理矢理にでも目を逸らして、ふたりの幸せを願う気持ちにシフトしたい。

 それは、尚紀の番が江上であって安堵している部分もわずかにあることに気が付いたからだ。

 不思議なことに、この失恋の悲しみと共に、尚紀の番がはっきりし、それが颯真ではなかったことに安堵している本音があるのだ。
 自分と颯真の関係性に第三者が入るということが、潤が自分で思っていたよりもストレスに感じることだったのだろう。いい年して、どれだけブラコンなのだと、自分自身に呆れてしまう。
 これでは颯真の番になる人は大変だ。自分は小姑になってしまうかもしれないと苦笑した。


「こら、何笑ってる?」

 颯真の言葉に潤も素直に応じる。
「うん。尚紀の番はてっきり颯真だと思ってたから。今落ち着いて考えてみると、拍子抜けしたなって」
「拍子抜け?」
 
 興味深そうな問い掛けに頷く。
「義兄ができることに緊張してたみたいで。もう颯真を独り占めできないなぁって」
 颯真の番になる人は、……颯真が選んだ人だから、潤にとっても大切な人になるに違いない。尚紀を想定した時と同じだ。でも、自分と颯真の間には誰にも入り込めない絆があって、颯真が自分よりも番を優先するような事態に遭遇すれば、寂しいと感じてしまうに違いない。

「お前は俺も廉も独り占めしてきたからな」
 颯真の軽口に、潤も軽く頷く。
「アルファふたりも! オメガとしては贅沢だよね」
「俺も廉も、お前のことが心配で仕方が無いんだよ」

 廉は尚紀を番に得ても変わらんと思うがな、という颯真の言葉は、潤の気持ちを少しだけ慰撫してくれた。



「……尚紀のこと。僕が知れば傷つくと思った?」
 潤は掛け布団を脇に挟み、颯真を見上げる。
 颯真はふうっと息を吐いて、床にあぐらをかいた。後ろ首筋を搔いて、少し困った様子を見せながら頭を下げた。

「廉と尚紀には、俺が口止めをしました」

 降参、みたいな反応に潤も思わず笑みがこぼれる。別に怒ってないよ、と潤は言い添えた。
「廉がいきなり、番が出来たと潤に言ったら、混乱すると思ったんだ。身体の話と、抑制剤と発情期の話もしないといけないと思っていたし、全てを話すと受け止めきれないんじゃないかって」
 おそらく颯真は、自分が主治医の立場で強制的に発情期を起こさせないとならないと言えば、友人の立場で潤を精神的に支えるのが江上の役割だと踏んでいたのだろう。

「黙ってて、ごめん」
「……なんてーか、言い返せない……」
 同意の意をを込めて潤が唸ると、颯真が表情を緩めた。
「チャンスを一度逃すと、ずっと言えなくなるもんでな、廉とずっとそんな話ばかりしていた」
 潤はため息を吐いた。
「そんなの狡い」


 発情症状は少し治まっていたため、颯真と少し話す時間が持てた。
 颯真によると、眠らせるために使った薬剤が抑制剤とは作用機序が全く異なるものであったため、身体機能の低下とともに症状が治まっているのだろうということだった。
 しかし、その効果もすぐに切れるようだ。



「グランスの血中濃度の半減期は約十二時間。そろそろ六時間になる。今は他の薬の影響で抑えられているけど、いつまた症状が現れてもおかしくない」
 颯真がまっすぐ潤を見据える。
「グランスはフェロモン誘発剤だ。分かってると思うけど、発情期のきっかけを作る薬だ。それが適量以上、体内にあるという状態が、どのような作用を起こすか読みにくい」
 その言葉に潤も神妙に頷いた。
「そうか……そうだよね」

「それに言いにくいことだけど、ちゃんと言っておいた方がいいと思うから……」
 言っておくな、と珍しく颯真がまどろこしい前置きをした。

 これ以上、何があるのだろうと潤は訝しむ。

 颯真の話は意外なところから始まった。
「最初の発情期の時……潤が唯一経験した発情期だけど、ほとんど記憶にないって言っていただろう」
 颯真の言葉に潤も頷く。記憶にあるのは颯真と江上と一緒に居るときにいきなり発情期に見舞われたこと。病院に連れて行かれたところまでは覚えているが、その後は曖昧だ。
「潤は割と発情期が重く出るタイプなのかもしれないと俺は思ってる。というのも、初めての発情期で病院に来る子は、相手の番候補がいない限り緊急抑制剤なりを使って、症状を軽くしてあげるんだ。トラウマになると先々辛いからな。だから、潤もそういう処置を受けたはず。それなのに、記憶にないということは……」

 颯真が首を捻る。
「発情期になると薬が効きにくくなるのか、ピンポイントで緊急抑制剤が効きにくくなるのか……。いずれにしても発情期が始まってしまうと薬剤コントロールが難しいタイプなのだと思う」

 怖い話だと潤は緊張した。発情期になると薬が効かないかもしれない……。緊張がそのまま手に出ていたようで、無意識に掛け布団をぎゅっと握った。

 先程投与された薬は効果があったため、緊急抑制剤が効きにくいタイプかもしれない、と颯真は分析する。それを確かめるために、先程はあえて作用機序が異なる薬剤を使ったのかと潤は合点した。

 潤はここにきて、颯真が計画的に発情期を起こしてサイクルを正常に戻したかったという意図を、痛いほど理解できた。
 颯真も頷く。
「きちんと抑制剤と誘発剤を投与できていれば、辛いのは一晩くらいで、発情期自体も四日くらいで終わると計算してた。でもこうなると、どのくらいの期間、どの程度のものがくるのか、俺も読むのが難しい」

 グランスの過剰投与と抑制剤の乱用で、フェロモンバランスがかなり乱れている。可能な限りコントロールはするけど、と颯真は言った。
 潤も覚悟せざるを得ない。
「うん、分かった。全部颯真に任せるよ……。ごめんね、変なもの打たれちゃって」

 
 潤の謝罪に颯真も苦笑する
「廉が間に合わなくて一人だったと聞いた。毒物を打たれなかっただけ幸運だったと思うし、お前は頑張った。……無事で良かった」

 そうやって頭を撫でてくれる。
 さっきも思ったが、颯真の手は暖かい。

「颯真…の手、好きだな……」
 そう安堵して瞳を閉じたら、ぞわりと、なにかがやって来た。
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