FORBIDDEN【オメガバース】

由貴サクラ

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2章 一人のアルファで一人の兄で

(5)

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 年が明けた。
 さすがに元旦は、これまでの疲れがどっと出たようで、午前中からずっと自室のベッドで横になっている。朝に新年の挨拶を家族で交わし、お屠蘇を口にして、おせち料理を食べたが、少し胃に負担が来たようで、まだ全快ではないことを理由にそのままベッドに再び入ったのだ。
 昼近くになり、両親に初詣に行けるかと聞かれたが、止めておいた。若干億劫だったのだ。茗子には若者らしくないと少し拗ねられたが、夫婦で仲良く行ったようだったから良いのだろう。

 完全に寝正月だ。

 潤のベッドから見える、窓の向こうは少し風が強そうで、庭の植木が左右に揺れているが、本当に良い天気だ。
 元旦というのは、なんだかんだと毎年晴れている気がする。家で寝ているがもったいないくらいだ。
 一日ベッドの中で終わってしまうかもしれないが、それでも良いかと思った。こんなにのんびりとした時間は久しぶりだ。


 ただ、昨年の元旦は……と自然に去年の思い出に考えが及んでしまう。
 今年と同様に新年の挨拶を家族で交わして、お屠蘇を飲んで、おせち料理とお雑煮と食べて。昼過ぎに家族で氏神様に初詣に行った。帰ってきて、酒豪の父はほとんど飲みっぱなしで、父の血を濃く継いだ颯真も、それに付き合わされていたように思う。
 潤と母の茗子はその姿に呆れていて……。
 夕方になって少し疲れが出たのか、咳が出てきた。それを素早く颯真に察知され、そのままベッドに押しやられてしまったなと、と思い出す。
 それでも、久々の家族団らんの、のんびりとした楽しい正月だった。


 潤は再び寝返りを打った。
 今年は仕方ない。


 昨晩、中学生の時に颯真のぬくもりに抱かれて寝たことを思い出した。あの腕。温かい胸。
 はっきりと思い出せる。
 だって数日前に、自分は颯真に抱かれたのだから。

 温かい胸も力強い腕も優しい声も変わっていない。しかし、かつては安堵できたあの沸き立つような香りは。
 自分は発情期で、あれに発情しただけだ。

 不意に颯真がぐっと押し入ってきたときの感覚が蘇る。
 背中から腰にかけて熱が走り込み、思わず力を入れてぐっと堪える。

 あまりキツいとか辛いとかいう感覚はなく、ただ、温かかった。来てくれて嬉しかった。あのときは独占欲の塊になっていて、颯真を独り占めしたかったのだろうと思う。颯真を蕩けさせて、自分と一体にさせてしまいたかった。

 ……普通じゃない。
 兄弟なのに、そんなことを思ってしまうなんて。
 ただ、あのときは本当にそんなことはどうでもよかったのだ。

 ……あんな風に自分が乱れたから、颯真はおかしくなってしまったのか。

 颯真がああなってしまったのは、佐賀にフェロモン誘発剤を打たれた自分のせいだろうか。それまでは颯真も普通だった。片鱗さえなかった。潤にとって大事な双子の兄で片割れの「変貌」は、あまりに突然で衝撃的だったのだ。

 どうしても忘れることができない。
 耳にしたくないくらい衝撃的だったのに、一字一句を思い出せて、そのたびに記憶に刷り込まれる。
「お前のことを愛している。もちろん俺たちは血が繋がった兄弟だ。だけど、お前は俺のオメガだ」


 ……颯真の腕の中が好きだった。
 世界で一番心地が良くて、安堵できる場所だった。それを失ってしまったのだ。自分は。

 もうあの兄弟関係には戻れないのかな。

 鼻がつんとした。
 どうしよう。気持ちがこみ上げてくる。
 もしかして自分は、とてつもなく大きなものを失ったのではないだろうか。


 実家に帰ってきて、颯真が不在で距離を取っていてもなお、兄のことを考えていることに、潤は気が付いた。
 今は何も考えずに、体力の回復を図りたい……。多分、身体が楽になれば、わずかでも気持ちが上向いてくるはずだから。




「少し元気になったみたいでよかった」
 そう笑ったのは松也だった。
 翌日の一月二日の午後三時過ぎ。潤は、天野松也と一緒にいた。

 松也から改めて連絡が入ったのは元旦の夜。そのとき潤は、体調不良で横になっていた。それを知った松也が日を改めようと提案したが、潤が未練を見せた。松也と話がしたかった。家にいると颯真のことを思い出してしまい、精神的に辛いためだ。
 本音は言わないまでも未練を残した様子の潤を見かねたのだろう、松也は朝になって体調が回復していたら、軽くお茶をするために外に出ようと提案してくれたのだった。

 翌日、ベッドから起きられるようになったため、松也が車で迎えにきてくれて二人で出かけた。
 しかし正月二日だ。果たしてお茶を飲める場所などあるのだろうかと疑問に思っていた潤だったが、彼が選んだのは実家からほど近い、山下公園前の老舗ホテルだった。
 なるほど、ホテルならば年中無休だ。しかも、混み合うことを見越して予約を入れてくれていたらしく、入店後にスムーズに席まで案内された。

 松也にかなり気を遣わせてしまっているようだ。

「なんかいろいろと、すみません」
 潤が恐縮すると、松也がいいよ、と笑う。
「体調が悪いと待つのも辛いしね。元気ならば待つ時間も楽しいけど。それに、もとは俺が誘ったものだし」

 身体平気? と松也が気遣う。潤も頷く。
 メニューを広げて、松也はコーヒー、潤はロイヤルミルクティをウェイトレスにオーダーした。


「やっぱり、疲れから風邪を拾っちゃったのかな」
 一昨日の車の中でも、松也には風邪を拾いやすいから気をつけてとアドバイスをされていた。

「風邪の症状ではなさそうです。気が抜けて疲れが一気に出たみたいで……。でも、昨日一日寝たので、もう大丈夫です」
 潤がそう言うと、松也はよかった頷いた。

「まあ、病気ならば、颯真君が家から出してくれないよね」
 松也の鋭すぎる見解に、潤は曖昧な笑みを浮かべるしかない。そういえば、と松也は気に留めることなく話を続けた。

「颯真君、昨日は出勤してたね。救急で見かけたな。元旦に大変だよね」

 潤は、そうなんですか、と応じた。
「颯真とは大晦日に別れたきりで……」
 すると松也は意外そうな顔を浮かべた。
「おや、もっと仲良く連絡を取り合ってると思った」

 年末年始の救急外来は、かなり混雑するらしいとは聞いている。混乱している自分を思い、あえて仕事に行ったど思っていたが、人手が足らないのは間違いないわけで、潤の考えすぎだったのかもしれない。
 これ以上颯真の話は避けたい。もやもやとしたものが胸の奥からわき上がってくる感じがする。

「でも、元旦に大変って、松也さんだってそうだったけでしょう」
「まあ、そうだよね! 同じようなものだな」


 すると丁度良いタイミングで、ウエイトレスがやってきた。
 上品なカップに注がれたブラックコーヒーとロイヤルミルクティが提供される。その香りに、潤はようやく日常が戻ってきたことを実感する。最近は、胃への負担を考えてホットミルクばかり飲んでいたためか、この濃厚な茶葉とミルクの香りが懐かしい。恋しかった。

 カップに口をつけて、一口嚥下する。
 紅茶とミルクの濃厚で上品な香りが鼻から抜ける。
 ……おいしい。
 潤はゆっくりと味わい、思わず深く息を吐いた。


「本当に美味しそうに飲むね。好きなの?」
 その様子を凝視していたのか、松也が楽しそうに問いかけてきた。
「ええ。久しぶりに飲めたので」
 好きなのか、と問われれば好きだ。でも、それだけじゃない。


 松也が頬杖をつく。
「そんな姿を見ると、いろいろと飲ませたくなるね。なんだか可愛いくて。いや、失礼。社長さんなのに」


「……いえ。秘書課の子に似たようなことを言われたことあります。同年代だったりするので」
「社長に対して?」
 「ええ。社長は本当に美味しそうに飲まれるから作り甲斐があると……」
 好きなものって顔に出やすいんでしょうね、と潤は笑った。

「そうか。会社でもミルクティを飲むんだね」
「ええ、デスクでお昼を取るときは。コーヒーも飲めないことはないのですが、秘書課の人が茶葉と牛乳を用意してくれていて、わざわざ煎れてくれます」
 思えば、会社で自分の好みを言ったことはないが、いつの間にか秘書課には嗜好を把握されていた。……おそらく江上だ。

「細かい好みを把握してくれてるんだね」
「……秘書が幼なじみなので、何も言っていないにも関わらず僕の好みが知られているみたいです」
「大手製薬企業の社長って、お昼なに食べるの?」
 松也が頬杖をつき興味深げな目を向ける。
「普通ですよ。近くの定食屋さんのお弁当だったり、コンビニのパンやおにぎりをかじることもありますし。あとは、社食に行くことも多いです」
「コンビニのパン?」
「菓子パンとか。二個三個買ってきて貰ったりします」
「なんか、もっとすごいもの食べてると思った」
「時間も限られるし、手軽に食べられるものばかりですよ。外科医の先生はなにを食べるんですか?」
 潤が水を向けると、松也が少し考える。

「うーん。体力勝負だからね。朝からオペが入っていたりすると腹減るから、丼物とうどんとか炭水化物を組み合わせたりもするな。でも、お昼の時間に食べられることが少ないから、時間があるときにちゃちゃっと……やっぱり菓子パンかじったり、おにぎり食べたりってことも多いね」
「忙しそうですよね」
「社長業と一緒だね。ただ、僕は潤君はもっと食が細いのかと思っていたよ」
「おや、どうしてですか」
「線が細いから」
「筋肉がつきにくいんです。仕方が無いんですけど」
「たしかに」
「でも、普通の三十路に片足突っ込んでる男ですよ、僕は」
 食欲だって普通の男性並みにはあるし、好みだってそうだ。
 松也は破顔する。
「そりゃそうだ」

 そう頷いた時、潤のスマホがメッセージの着信を告げた。
 潤は松也に断って、スマホを取り上げ、内容だけ確認する。
 思わず固まってしまった。

「潤君?」
 松也が潤を呼びかけられる。
「……いえ。なんでも」
 潤はそう誤魔化した。
 メッセージの送信元は、江上廉。

「あけおめ。
 恒例行事。明日は十一時に川崎駅でよろしく」

 新年一月三日の恒例行事は初詣。今年はないものと思っていたのに。
 それは、珍しく強引な、江上からの誘いのメッセージだった。
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