FORBIDDEN【オメガバース】

由貴サクラ

文字の大きさ
63 / 104
2章 一人のアルファで一人の兄で

(29)

しおりを挟む
「颯真……」

 目の前の颯真を確認して、潤はどうしていいのか分からなくなった。


 足が後ずさり、扉が背中に当たった。
 とっさの行動で、振り返ってドアを開けようとしたが、背後から腕を掴まれた。
 力任せに振り切ろうとしたものの、相手の力が強くてそれも叶わない。

 それでも思い切り身体を捻って、その手から逃れようとすると、逆にその力を利用されて、気が付けば、颯真に肩と腕を掴まれ、扉を背にして追い込まれていた。
 目の前には、スーツ姿の颯真がいる。両手は自由にならない無防備な姿勢だ。

 久々に見る片割れの顔。表情。真剣な眼差しに胸の鼓動が速くなる。
 まっすぐ視線を向けてくる颯真から逃れたくて、潤は顔をそらして口を開く。


「……痛い」
 潤の呟きに、颯真が気が付いて手の力を緩めた。
 潤も自由になった腕をかばう。
「悪い」
「……ううん」

 嫌な、重い沈黙が舞い降りた。


 潤にとっては驚きが先に来てしまい、まともに颯真の顔を見ることが出来ない。
 本当は、颯真のことは心配だった。一ヶ月会っていなかったし、最後に会ったのも、ほんの一瞬。
 どうしているのか、元気なのか。そして、あの時のことをどう思っているのか。知りたいと思っていた。


 ちらりと視線を上げると颯真の胸元が視界に入る。ネイビーベースのスーツに、白いワイシャツ、そしてブルーのドット柄のネクタイ。
 見覚えがある柄だ。このネクタイは、潤が颯真に贈ったものだ。昨年の二人の誕生日は、ネクタイを贈り合った。共有しているものも多いが、お互い似合う柄を贈り合おうと、横浜のなじみの店をあれやこれやと巡り歩いた。ブルーの水玉模様は、知的な颯真に絶対に合う柄とその時潤が選んだのだ。以来、颯真はこのネクタイを好んで身に着けているのを知っている。
 この人は自分の実兄なのだという実感がこみ上げてくる。颯真は颯真だ。

 大丈夫、怖くない。これまで怖かったことなんてないのだから。
 そう思って、目の前の颯真にわずかな恐怖を感じていたことに潤は気付く。発情期の、アルファに逆らえない感覚を思い出してしまったためかもしれない。

「なんでここに……」
 口から漏れるように出た問いを、颯真が汲み取る。
「廉から連絡をもらった」


 そんなの、分かってる……。
 ここに颯真を招き入れることが出来るのは、親友の秘書室長しかいない。江上には颯真を呼ぶなとは言わなかったが、伝わっていると思っていたのに。
 
 そんな困惑がすべて顔に出ていたようで、颯真がふっと表情を緩めた。
「……そんな困った顔するなよ。嫌がることはしないから、とりあえず座れ」

 そう言われて、打ち合わせ用の二人掛けソファに座らされた。
 颯真も隣に腰掛ける。
 見れば颯真の足許には、ドクターバッグが置かれている。

 本当に、こんなところまで往診に来てくれたのだ。





 颯真は穏やかな表情で話しかけてきた。
「一ヶ月ぶりだよな。元気だったか」
 思えば颯真と会ったのは、年明けの四日。実家で偶然。あの時は気持ちが追い付かず、本当に大した会話も交わさなかった。

「うん……」
「体調に変化は?」

 颯真はあくまで事務的に聞いてくる。
 そうかと潤も気づく。これは問診だ。
 目の前にいるのは、兄ではなく主治医。皮肉なことにそう思うと、わずかに気持も落ち着く。

「……少し匂いが気になる。同期にそう言われて」
 
 そう訴えると、颯真は頷いた。
「そうか。じゃあまずはフェロモン量を計ろうか」

 ジャケット脱いでくれる? と颯真が言う。潤も無言で頷く。社長室で診察が始まった。


 

 潤はジャケットを脱いでベスト姿になると、再びそれをソファに掛けた。
 潤が身支度を調えているうちに、同じようにジャケットを脱いだ颯真が、左腕の袖を捲るように指示する。

「まずは採血な」

 ドクターバッグから取り出したのは採血キット。
「いいか、触れるぞ」
 颯真がそう確認してきたので、潤は頷いた。

 手慣れた仕草で潤の腕を取る。しっとりとした温かい手。颯真の手だと、潤はしみじみ感じた。
 颯真は、駆血帯を巻いた肘下から器用に血管を探り出して、血液を採取する。

 それを持参してきた簡易検査機にかけると、今のフェロモン分泌量が分かるらしい。フェロモン量は、現在のオメガのフェロモン治療では欠かせない診断指標になっている。
 一昔前までは、院内の検査部で大きな機械にかけて行われていたらしいが、今では持ち運び可能な簡易な検査機で、わりと短時間で多くの情報が分かるようになってきているという。医療技術の進歩はすさまじい。

 その間に、颯真が潤の手をとり、脈を診る。

 室内はしんと静まりかえっている。もともとビルの高層階にあるため、外からの音もあまりしない。
 優しく添えられる颯真の指が温かい。これまで、颯真が自分の手を取るなんて、何度も……それこそ数え切れないほどあったはずなのに、今はとても緊張している。
 気持ちの整理が追い付く前に、状況が急変していて動揺しているのだ。


「久々だから緊張してるかな。ちょっと脈飛んでる」

 颯真の呟きに潤は何も言えなくなる。自分の動揺などバレバレのようだ。すると颯真が、ちょっとごめんなと断って、腹部に手を添えた。少しどきっとしたが、颯真に大きくお腹から息を吸ってごらんと促され、お腹を膨らませるようにとアドバイスされる。素直にスーハーと深い呼吸を繰り返すうちに、少し気持ちも落ち着いてきた。

「少し疲れが溜まってたり、ストレスが溜まってたりすると脈が飛んだりするから。体調管理に気をつけて」
 体重もまだ戻ってないみたいだしな、と颯真が鋭い視線を覗かせた。


「じゃあ、ベストとネクタイも取って、ワイシャツのボタンを開けてくれる?」

 颯真がドクターバッグから聴診器を取り出す。潤も言われたとおりに、ベストを脱いでネクタイを外す。いつもの診察の順番だ。

 颯真が優しい目を向けてきた。
「じゃあ、胸の音聴かせてね」
 颯真が聴診器のイヤーチップを装着して、ワイシャツの下のインナーの裾から手を入れる。

 少しひんやりとしたものが胸を、肌を滑った。目の前には颯真の姿。真剣な目つきで聴診を行っている。長いまつげと意志が強そうな眉。そして真剣な目つき。きゅっと閉じた唇が、真摯に職務に向かう姿勢を表しているようにも思える。
 これが、自分の双子の兄で、自分の番だと言い放つアルファ。

 ふと潤の視線に気が付いたのか、颯真が視線を流してきた。潤は思わず目を閉じてしまった。目に入るものすべてを認識していたら、心拍数が上がりそうだ。

 胸のあたりを颯真が動かす聴診器のチェストピースが触れる。その手がインナーの中でうごめく。
 兄の手であるはずなのに、今の自分には少し違うようにも思えて仕方ない。
 颯真の手を見ていると、変な気持ちになって仕方ない。
 自分はこの人に抱かれたのだという実感が何故かひしひしと沸いてくるのだ。
 あの手で愛撫されてイカされて、あの口で愛撫されて、口付けを交わして。……いやいや、まずいと冷静になれと、自分自身に言い聞かせる。


 颯真に、自分のオメガだと言われた。
颯真は、アルファで医師で、見た目も美丈夫な好青年だ。普通に考えれば、颯真は世間的にいうところの「スペックが高い」アルファだ。

 こんなに優しくて、温かい手を持つアルファに言われたら、普通は嬉しいだろう。
 ……でも、と潤は思う。
 僕のオメガの部分はどうなのだろう。


「少し速いけど、こんなもんかな」
 そう呟いて颯真が聴診器のイヤーチップを外して、首にかけた。そういう何気ない姿も様になっていると潤は感じる。

 するとピーッと検査キットが鳴り、先程の採血結果が判明したらしい。
 その結果は颯真が持参したタブレットにすぐに送信される仕組みらしい。


 タブレットを確認する颯真の眉間がわずかに寄せられた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語――― 父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。 弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。 助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。

月弥総合病院

僕君・御月様
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

Ωの僕がヒート相手のαから逃げる話。

ミカン
BL
オメガバース

死がふたりを分かつまで

やまだ
BL
生まれつき体の弱い奏(Ω)が願いを叶えるまでのお話。

処理中です...