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2章 一人のアルファで一人の兄で
(44)
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朝からしとしとと冷たい雨が降っていた。
週が明けて月曜日。また新しい一週間がやって来る。
潤はいつも通り、朝七時半に出社した。
高層ビルの上層階にある社長室の窓から見える雨空は、灰色の雲が低く垂れ込んでいて、煙い風景。朝なのに、薄ら寒い気分にさえなる。
室内に陽の光が入らないため、暖房が入っているにしてもいつもよりも格段に寒々しく感じた。
それでも室内の蛍光灯をつける少しだけあたりの温度が上がった気分になる。潤はコートを脱いでハンガーに掛け、デスクのPCを立ち上げた。
いつものように、会社の隣にあるコーヒーショップでテイクアウトしたロイヤルミルクティのカップを両手で包んで温める。真冬の雨に手がすっかり冷たくなってしまったのだ。
PCにIDとパスワードを入力して、メールアプリを立ち上げる。
ふと脇に置いたスマホが目に留まった。
昨日は楽しかったなと、ほっこりした気分になる。
昨日の朝、颯真との連絡を終えた後に、潤のスマホに連絡を入れてきたのは尚紀だった。
江上が仕事で不在にしており時間を持て余しているらしい。時間があれば、お茶をしませんかという誘いだった。尚紀と一緒ならば楽しい時間が過ごせるに違いない。潤にも異存はなく、それならばうちにお茶を飲みにおいでよと尚紀を誘ったのだ。
それならば、と尚紀からは「美味しいロイヤルミルクティの煎れ方を教えて欲しいんです」と懇願された。年末に尚紀が入院していた時、差し入れとして持参したロイヤルミルクティがとても美味しかったので、自分で煎れてみたいのだという。
「恥ずかしながら、僕はこれまで自分でミルクティを煎れるという発想もあまりなかったんです」
尚紀はそう言っていたが、二十代の男性の感覚としては普通な気がする。
間近に迫ったバレンタインディに江上に煎れてあげたいのだという。その健気な気持ちに打たれて、その後一緒にロイヤルミルクティ用の茶葉を求めて渋谷まで足を伸ばしてしまった。
あのロイヤルミルクティのレシピは、当然江上は知っている。しかし、そんなことが問題ではなく、尚紀が江上のために煎れたということが大事なのだと思う。
いつ煎れるのかなあと自分のことのように楽しく考えながらメールを裁いていたら、社長室の扉がノックされた。
潤が応じると入ってきたのは、件の尚紀の番で秘書の江上だった。
「社長、おはようございます」
「おはよう」
ドアの前で一礼して入室した江上から、今朝の新聞のクリッピングを渡される。それを受け取ると、江上から一礼された。
「昨日は尚紀がお世話になりました」
昨日のことは早速耳に入っていたらしい。
「僕も楽しかった。尚紀は江上に放っておかれて少し寂しそうだったけどね」
もともとは自分が指示した仕事が原因なのだが、潤がそう茶化して言うと、江上は動じることなく、それでは今夜は早めに帰ることにしますと言いのけた。
「先日、社長から指示をいただいておりました件。少し分かってきましたので、ご報告に参りました」
うん、と潤は頷いた。
それは、先日メトロポリタンテレビの片桐より情報を伝えられ、江上に独自ルートでの調査を指示していた、「オルム」という人権団体についてである。
潤はデスクの上で手を組んだ。
「何が掴めた?」
江上がええ、と頷いた。
「もともと片桐氏からいただいていたデータの精査から始めましたが、ほぼ相違はありませんでした。
『オルム』という団体は、NPO法人として今から十五年ほど前に設立されています」
「……結構長いんだね」
潤の感想に、江上も頷いた。
「ええ、ただこのような団体になったのはごく最近で、それまでは自然回帰運動の先駆けの組織として、界隈では有名だったようです。
おそらくニーズを組んだ事業展開で、立ち上がりから上々な事業成績を残しており、順調に成長してきたようです。
主な事業としては、自然回帰運動の啓蒙・啓発の傍ら、その主張に関連する第二の性の啓蒙・啓発活動も行っており、主に教育事業に力を入れていたようです。保育施設や児童施設、小学校といった初等教育現場での性差教育の一端を担っており、当時はそのような活動をする団体はほとんどなく、この団体の独壇場といってよかったようです」
確かに、潤達が子供の頃は、幼児教育の中に第二の性の性差教育などまったくなかった気がする。
おそらくこの二十年ほどの間に教育体系も大きく様変わりし、幼少期からの性別教育が大切であるという考え方が浸透していったのだろうと思う。そして、このような団体の啓蒙・啓発活動が台頭してきたのだろうと思う。
もともとはまともな活動をしている団体だったと、片桐からも断片情報ながらも聞いている。
「収益事業としては、通信、出版なども展開していまして、その事業規模も大きく、著名な教育評論家のハウツー本などがベストセラーになったりと、ある時期まではかなり順調に活動規模は拡大していたようです。
ただ、ここ数年は、出版不況のあおりを受け、ヒットにも恵まれず、事業資金に困るようになっていた様子だったと……」
「……そこをつけ込まれたのかな」
潤の言葉に、江上も頷いた。
「悪循環に陥っていたようです。
出版事業とと教育事業で収益を上げていたようですが、少しずつそこに過激な思想が含まれるようになり、それを敬遠する人々が離れはじめ、さらに資金繰りに困るという……。
過激な思想を受け入れはじめたことが原因なのか、会員数はここ数年で激減しており、徐々に組織として苦しいものになってきったようです。しかし、トドメとなったのは半年前に理事会で起きたクーデターで、そこで激変したようです」
「クーデター?」
思わず問い返す。物騒な言葉だ。
「ええ、運営手腕を問われた旧理事がほぼ一掃され、ほとんどの理事が入れ替わりました」
「そんなことが起こりうるの?」
かなり綿密に長期計画で行われたようです、と江上が話す。
「運営状態が悪化していたから乗っ取られたのか、乗っ取るために運営状態を悪化させたのかは分かりませんが、おそらく一年くらいかけて計画されていたのではないかと」
そのクーデターの発生時のどさくさで強引に団体名も変更させたようです、と江上が話す。
「もともとのNPO法人名は『フローラ』。それを『オルム』と変更されたのが半年前」
そこまでやるのか、と潤は驚く。組織の名称は構成員の愛着にも繋がる。NPOとは同じ志を持つ人の集まりだ。名称の変更は、容易に人離れに繋がる。
「そして、ずいぶん禍々しい名前になったんだね。会員離れも加速した?」
「そうですね、最近では同じような活動をする団体も増えていますし、会員の流出は免れなかったようですが、それでも運営基盤は以前に比べれば盤石なようです」
潤は背もたれに身体を預けて天井を仰ぐ。
「ずいぶん用意周到に行われたものだなぁ……。バックが大きいのかな」
その呟きに江上が頷いた。
「それだと思います」
思わず潤はため息をついた。
「結構面倒な話だね」
「ええ……」
「背後関係までたどり着けた?」
そこで江上が少し黙った。
「まだ調査中なのですが……」
これだけ時間をかけて江上が調べても、未だにたどり着けぬというのは、いったいどういう団体なのだろうと潤も思う。
「資金繰りから探りを入れたのですが、大口の寄付が目に見えて増えていました。そのうちの一つが、大同東邦科学振興財団。社長、おわかりになります?」
潤は思わず繋がったと思った。嫌な繋がりだ。
「……東邦製薬の公益財団法人か」
「ええ、その通りです」
江上も一言、頷いた。
「繋がっちゃったね」
「はい」
製薬企業の中には、企業の社会的な貢献を果たす目的で企業財団を設立し、アカデミアへの研究支援を行っているケースもある。
「大同東邦科学振興財団は、東邦製薬の創設者で初代社長大同泰介氏と東邦製薬の出捐により、東邦製薬の創立三十周年を機に設立されました」
潤はため息を吐いた。
東邦製薬の企業財団が動いているということは、すなわち大路社長の意志が働いているということだ。
本当に彼はオメガが肉体的、社会的に選択肢を得ることをお気に召さないらしい。
いよいよ考え方が相容れない人物なんだな、と憂鬱な気分になってくる。
自分のことを直接否定されているわけではないのだが、やはりそのような極端な思想に触れると、自身が否定されているような気になってくる。
「そして佐賀前取締役の行方ですが……」
「現在は当方と示談が成立し、起訴猶予処分となってはおりますが、派手な動きは出来ない時期かと思います。ただ、オルムの事務局に数回立ち寄る姿が確認されました」
潤はすでに顧問弁護士にすべてを任せてしまっていたが、既に双方の間で示談が成立しており、佐賀も懲戒解雇となった。それをもって今回は起訴猶予処分が下されていた。とはいっても、社会的な制裁が下された以上、この時期に彼は大胆な動きを見せられるわけがない。
なのに、オルムの事務局には姿を現すというのは、完全に佐賀とオルム、大路は繋がっているということに他ならない。
今回はそれが分かっただけでもかなりの収穫であるように思う。やはり森生メディカルは、オルムには近づかないほうがいい。
「詳細な話をありがとう。この情報、片桐さんに伝えても大丈夫かな」
潤の問いかけに江上も頷いた。
「佐賀氏の部分を除けば、問題ございません」
「なら、片桐氏に伝えて、あとは彼に任せよう」
そう言って二人はうなずき合ったのだった。
月曜日は営業会議やミーティングなどが立て込み、瞬く間に時間が過ぎていく。午後いちの経営会議から、三本のミーティングに参加した潤が社長室に戻ってきたのは、すでに午後五時を過ぎた頃だった。
相変わらず外は暗く、しとしとと冷たい雨が降っている様子。
社長室の窓から空を見上げ、止みそうにはないなと思い、少しうんざりした気分になる。
まだ松也から連絡はないが、彼はどうするつもりなのか。自分から連絡を入れるのも癪なので、潤は放置していた。できれば今日のことは忘れてくれないかなと、ここまできてなお、情けない考えが脳裏をよぎったりしている。
これから六時間後は二十三時。それくらいにはすべて片が付いているといいなと潤は思う。
いよいよ憂鬱な気分になってきた。
潤のスリーピースのジャケットの内ポケットには、誠心医科大学病院の院長宛の情報公開請求書が封筒に入って収めてある。
颯真は疚しさがない策だと言ってくれたが、こんなものでどれだけ彼を揺さぶることができるのか潤にも予測ができない。それでも、全くないよりはいいだろう。
……少し弱気になっているようだ。
チリリーンと電子音が背後でした。
見れば、スマホのディスプレイが光を帯びている。メッセージが到着したらしい。
潤がホップアップを確認すると、そこに表示されていたのは松也からのメッセージ。
「今夜の件、品川駅港南口に十八時でどうだろう」
潤はメッセージアプリを立ち上げると、承知しましたと、一言返信する。
異論はなかった。
週が明けて月曜日。また新しい一週間がやって来る。
潤はいつも通り、朝七時半に出社した。
高層ビルの上層階にある社長室の窓から見える雨空は、灰色の雲が低く垂れ込んでいて、煙い風景。朝なのに、薄ら寒い気分にさえなる。
室内に陽の光が入らないため、暖房が入っているにしてもいつもよりも格段に寒々しく感じた。
それでも室内の蛍光灯をつける少しだけあたりの温度が上がった気分になる。潤はコートを脱いでハンガーに掛け、デスクのPCを立ち上げた。
いつものように、会社の隣にあるコーヒーショップでテイクアウトしたロイヤルミルクティのカップを両手で包んで温める。真冬の雨に手がすっかり冷たくなってしまったのだ。
PCにIDとパスワードを入力して、メールアプリを立ち上げる。
ふと脇に置いたスマホが目に留まった。
昨日は楽しかったなと、ほっこりした気分になる。
昨日の朝、颯真との連絡を終えた後に、潤のスマホに連絡を入れてきたのは尚紀だった。
江上が仕事で不在にしており時間を持て余しているらしい。時間があれば、お茶をしませんかという誘いだった。尚紀と一緒ならば楽しい時間が過ごせるに違いない。潤にも異存はなく、それならばうちにお茶を飲みにおいでよと尚紀を誘ったのだ。
それならば、と尚紀からは「美味しいロイヤルミルクティの煎れ方を教えて欲しいんです」と懇願された。年末に尚紀が入院していた時、差し入れとして持参したロイヤルミルクティがとても美味しかったので、自分で煎れてみたいのだという。
「恥ずかしながら、僕はこれまで自分でミルクティを煎れるという発想もあまりなかったんです」
尚紀はそう言っていたが、二十代の男性の感覚としては普通な気がする。
間近に迫ったバレンタインディに江上に煎れてあげたいのだという。その健気な気持ちに打たれて、その後一緒にロイヤルミルクティ用の茶葉を求めて渋谷まで足を伸ばしてしまった。
あのロイヤルミルクティのレシピは、当然江上は知っている。しかし、そんなことが問題ではなく、尚紀が江上のために煎れたということが大事なのだと思う。
いつ煎れるのかなあと自分のことのように楽しく考えながらメールを裁いていたら、社長室の扉がノックされた。
潤が応じると入ってきたのは、件の尚紀の番で秘書の江上だった。
「社長、おはようございます」
「おはよう」
ドアの前で一礼して入室した江上から、今朝の新聞のクリッピングを渡される。それを受け取ると、江上から一礼された。
「昨日は尚紀がお世話になりました」
昨日のことは早速耳に入っていたらしい。
「僕も楽しかった。尚紀は江上に放っておかれて少し寂しそうだったけどね」
もともとは自分が指示した仕事が原因なのだが、潤がそう茶化して言うと、江上は動じることなく、それでは今夜は早めに帰ることにしますと言いのけた。
「先日、社長から指示をいただいておりました件。少し分かってきましたので、ご報告に参りました」
うん、と潤は頷いた。
それは、先日メトロポリタンテレビの片桐より情報を伝えられ、江上に独自ルートでの調査を指示していた、「オルム」という人権団体についてである。
潤はデスクの上で手を組んだ。
「何が掴めた?」
江上がええ、と頷いた。
「もともと片桐氏からいただいていたデータの精査から始めましたが、ほぼ相違はありませんでした。
『オルム』という団体は、NPO法人として今から十五年ほど前に設立されています」
「……結構長いんだね」
潤の感想に、江上も頷いた。
「ええ、ただこのような団体になったのはごく最近で、それまでは自然回帰運動の先駆けの組織として、界隈では有名だったようです。
おそらくニーズを組んだ事業展開で、立ち上がりから上々な事業成績を残しており、順調に成長してきたようです。
主な事業としては、自然回帰運動の啓蒙・啓発の傍ら、その主張に関連する第二の性の啓蒙・啓発活動も行っており、主に教育事業に力を入れていたようです。保育施設や児童施設、小学校といった初等教育現場での性差教育の一端を担っており、当時はそのような活動をする団体はほとんどなく、この団体の独壇場といってよかったようです」
確かに、潤達が子供の頃は、幼児教育の中に第二の性の性差教育などまったくなかった気がする。
おそらくこの二十年ほどの間に教育体系も大きく様変わりし、幼少期からの性別教育が大切であるという考え方が浸透していったのだろうと思う。そして、このような団体の啓蒙・啓発活動が台頭してきたのだろうと思う。
もともとはまともな活動をしている団体だったと、片桐からも断片情報ながらも聞いている。
「収益事業としては、通信、出版なども展開していまして、その事業規模も大きく、著名な教育評論家のハウツー本などがベストセラーになったりと、ある時期まではかなり順調に活動規模は拡大していたようです。
ただ、ここ数年は、出版不況のあおりを受け、ヒットにも恵まれず、事業資金に困るようになっていた様子だったと……」
「……そこをつけ込まれたのかな」
潤の言葉に、江上も頷いた。
「悪循環に陥っていたようです。
出版事業とと教育事業で収益を上げていたようですが、少しずつそこに過激な思想が含まれるようになり、それを敬遠する人々が離れはじめ、さらに資金繰りに困るという……。
過激な思想を受け入れはじめたことが原因なのか、会員数はここ数年で激減しており、徐々に組織として苦しいものになってきったようです。しかし、トドメとなったのは半年前に理事会で起きたクーデターで、そこで激変したようです」
「クーデター?」
思わず問い返す。物騒な言葉だ。
「ええ、運営手腕を問われた旧理事がほぼ一掃され、ほとんどの理事が入れ替わりました」
「そんなことが起こりうるの?」
かなり綿密に長期計画で行われたようです、と江上が話す。
「運営状態が悪化していたから乗っ取られたのか、乗っ取るために運営状態を悪化させたのかは分かりませんが、おそらく一年くらいかけて計画されていたのではないかと」
そのクーデターの発生時のどさくさで強引に団体名も変更させたようです、と江上が話す。
「もともとのNPO法人名は『フローラ』。それを『オルム』と変更されたのが半年前」
そこまでやるのか、と潤は驚く。組織の名称は構成員の愛着にも繋がる。NPOとは同じ志を持つ人の集まりだ。名称の変更は、容易に人離れに繋がる。
「そして、ずいぶん禍々しい名前になったんだね。会員離れも加速した?」
「そうですね、最近では同じような活動をする団体も増えていますし、会員の流出は免れなかったようですが、それでも運営基盤は以前に比べれば盤石なようです」
潤は背もたれに身体を預けて天井を仰ぐ。
「ずいぶん用意周到に行われたものだなぁ……。バックが大きいのかな」
その呟きに江上が頷いた。
「それだと思います」
思わず潤はため息をついた。
「結構面倒な話だね」
「ええ……」
「背後関係までたどり着けた?」
そこで江上が少し黙った。
「まだ調査中なのですが……」
これだけ時間をかけて江上が調べても、未だにたどり着けぬというのは、いったいどういう団体なのだろうと潤も思う。
「資金繰りから探りを入れたのですが、大口の寄付が目に見えて増えていました。そのうちの一つが、大同東邦科学振興財団。社長、おわかりになります?」
潤は思わず繋がったと思った。嫌な繋がりだ。
「……東邦製薬の公益財団法人か」
「ええ、その通りです」
江上も一言、頷いた。
「繋がっちゃったね」
「はい」
製薬企業の中には、企業の社会的な貢献を果たす目的で企業財団を設立し、アカデミアへの研究支援を行っているケースもある。
「大同東邦科学振興財団は、東邦製薬の創設者で初代社長大同泰介氏と東邦製薬の出捐により、東邦製薬の創立三十周年を機に設立されました」
潤はため息を吐いた。
東邦製薬の企業財団が動いているということは、すなわち大路社長の意志が働いているということだ。
本当に彼はオメガが肉体的、社会的に選択肢を得ることをお気に召さないらしい。
いよいよ考え方が相容れない人物なんだな、と憂鬱な気分になってくる。
自分のことを直接否定されているわけではないのだが、やはりそのような極端な思想に触れると、自身が否定されているような気になってくる。
「そして佐賀前取締役の行方ですが……」
「現在は当方と示談が成立し、起訴猶予処分となってはおりますが、派手な動きは出来ない時期かと思います。ただ、オルムの事務局に数回立ち寄る姿が確認されました」
潤はすでに顧問弁護士にすべてを任せてしまっていたが、既に双方の間で示談が成立しており、佐賀も懲戒解雇となった。それをもって今回は起訴猶予処分が下されていた。とはいっても、社会的な制裁が下された以上、この時期に彼は大胆な動きを見せられるわけがない。
なのに、オルムの事務局には姿を現すというのは、完全に佐賀とオルム、大路は繋がっているということに他ならない。
今回はそれが分かっただけでもかなりの収穫であるように思う。やはり森生メディカルは、オルムには近づかないほうがいい。
「詳細な話をありがとう。この情報、片桐さんに伝えても大丈夫かな」
潤の問いかけに江上も頷いた。
「佐賀氏の部分を除けば、問題ございません」
「なら、片桐氏に伝えて、あとは彼に任せよう」
そう言って二人はうなずき合ったのだった。
月曜日は営業会議やミーティングなどが立て込み、瞬く間に時間が過ぎていく。午後いちの経営会議から、三本のミーティングに参加した潤が社長室に戻ってきたのは、すでに午後五時を過ぎた頃だった。
相変わらず外は暗く、しとしとと冷たい雨が降っている様子。
社長室の窓から空を見上げ、止みそうにはないなと思い、少しうんざりした気分になる。
まだ松也から連絡はないが、彼はどうするつもりなのか。自分から連絡を入れるのも癪なので、潤は放置していた。できれば今日のことは忘れてくれないかなと、ここまできてなお、情けない考えが脳裏をよぎったりしている。
これから六時間後は二十三時。それくらいにはすべて片が付いているといいなと潤は思う。
いよいよ憂鬱な気分になってきた。
潤のスリーピースのジャケットの内ポケットには、誠心医科大学病院の院長宛の情報公開請求書が封筒に入って収めてある。
颯真は疚しさがない策だと言ってくれたが、こんなものでどれだけ彼を揺さぶることができるのか潤にも予測ができない。それでも、全くないよりはいいだろう。
……少し弱気になっているようだ。
チリリーンと電子音が背後でした。
見れば、スマホのディスプレイが光を帯びている。メッセージが到着したらしい。
潤がホップアップを確認すると、そこに表示されていたのは松也からのメッセージ。
「今夜の件、品川駅港南口に十八時でどうだろう」
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異論はなかった。
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