FORBIDDEN【オメガバース】

由貴サクラ

文字の大きさ
93 / 104
3章 一人のオメガと一人のアルファ

(2)

しおりを挟む
 潤は、自分のなかで少しずつオメガとしてアルファへの独占欲が湧いてきていることを自覚していた。
 それと同時に、それまでどうにもならなかったオメガという性と折り合いをつけられるようになってきたような気もしていた。
 片割れの颯真を、己の番として愛おしいと思う時、潤は確かに自分がオメガであって良かったと思うのだ。

 それまでこんな気持ちになったことはなかった。颯真のことを愛おしいと思い、その颯真に選ばれた自分を認めて、ようやくオメガという性を受け入れつつあるような気がする。


 顔を洗い、自室で身支度を整える。今日も寒くなるという話なので、この時期によく身に着けるフランネル素材のスリーピースを選ぶ。白いワイシャツに、ストライプのネクタイを締める。
 

 鏡に映った自分の姿を、潤は改めて見る。いつもの自分だと確認して、僅かに安堵した。
 今朝はどうも、昨日までの空気を引きずっていて、気持ちがふわふわしていていけない。これから仕事なのだ、と潤は気持ちを引き締めた。



 リビングは、すでに颯真がエアコンで室内を暖めてくれていて、ワイシャツにベスト姿でも寒くはなかった。

「おはよ」
 いつもと同じように颯真が挨拶をしてくるのを、潤もおはようと返した。しかし、どこかこそばゆい気分だ。
 颯真はすでにワイシャツにネクタイを締めた姿で、キッチンでコーヒーを淹れている。カウンターキッチンから香ばしいコーヒーの香りが立ちのぼる。


 潤はコーヒーをあまり飲まないのだが、颯真が朝食を作ってくれる朝は、問答無用でコーヒーだ。
 兄のお気に入りの深煎りの豆で落としてくれる濃いめのコーヒーに温めたミルクを入れてもらう。コーヒーの香ばしくシャープな香りを、温めたミルクが柔らかく包んでくれるような風味で、紅茶派の潤も美味しく飲むことができる。

「はい、どうぞ」
 廉が来るまでカフェオレでも飲んで待ってて、と颯真に言われる。颯真はキッチンで食事の準備をしていた。

 潤もマグカップを手にしつつ、キッチンに立つ。
「どうした?」
 颯真が潤に問いかけるも、潤も何かがしたくてキッチンに来たわけではなかった。むしろ自分がいても、準備の邪魔になることくらいは分かっている。

「いや、なんでも」
 そう言葉を濁すと、颯真はくすりと笑った。
「おかしな奴だなー。何か用があるんじゃないのか」
「んー。とくに」


 正直に言えば、颯真を見ていたかったのだ。潤はマグカップを両手で包みながら思う。
 
 一昨日の夜に颯真とこの部屋に戻ってきてからずっと二人きりだが、一昨日の夜は松也に媚薬を盛られて、さらに昨日はいろいろあって疲れが出たのか熱を出していたせいで、余裕がなくて考えも及ばなかった。
 しかし、颯真とこの二人きりというのは、今の潤にとっては好きな人と二人きり、ということ。それに気がついてから、どこか落ち着かないのだ。
 颯真と二人きりであることに、さすがに恥ずかしさは感じないが、愛する人と二人だけの空間にいるというのは、とてつもなく幸せなことなのだと思う。
 そして、少し照れくさい。

 どうも自分は幸せ脳になっているらしいと潤は思う。颯真の淹れてくれたカフェオレで身体を温めつつ、きびきび動く颯真を眺めるが、心臓がもたなくなりそうでダイニングに戻った。
 



 ピンポーン。
 自宅のチャイムが鳴る。
 
 時計を見ると、六時十五分。いつも江上がやってくる時間。潤が立ち上がり、インターフォンで応じると、やはり江上だった。エントランスの鍵を解錠する。

「廉が来た」
 潤が颯真に告げる。颯真が応対に出ようとするのを止め、潤は玄関に向かった。これからエレベーターで上がってくるであろう江上を出迎えるためだ。

 少しひんやりとする玄関の鍵を開けたまま、エレベーターの到着を待つ。

 エレベーターのドアが開く音がして、そこから出てきたのは江上。いつものキリッとしたスーツにコートを羽織っている。


「廉、おはよう」

 潤が先駆けてそう声を掛ける。顔を上げた江上は、潤があえて江上の名前の方を呼んだことを、素早く察したのだろう。こう返してきた。

「おはよ」

 いつもとは違うフランクな挨拶だった。




 江上を玄関に招き入れると、部屋の鍵を閉める。江上が早速確認してきた。

「颯真、帰ってきたんだな」
「うん」
 潤の頷きに、江上が問い詰める。
「ということは、お前らの関係はいい方向で落ち着いた、と理解していいのか?」

 昨夜颯真が朝食の誘いのメッセージを入れたと話していた。やはり江上はそれだけでほとんどを察している。分析能力と生来の勘の良さ。さすが、親友を十五年以上やっているだけはある。

 潤は、先程とは違う、少し恥ずかしい気持ちになりながら頷いた。

「廉と尚紀にはずいぶん心配かけたよね」
 そう言って潤は彼をリビングに案内した。


「颯真、廉が来たよ」
 颯真に呼びかける。颯真はダイニングテーブルに朝食を並べていた。リビングに入った二人に気がついて顔を上げる。

「おう。おはよ」

 そう颯真が言うと、潤の横に立っていた江上がコート姿のまま颯真に飛びつき、颯真を抱き寄せた。

「おい、廉……!」
 抱き寄せられた颯真が驚く。



「颯真。……よかったな。本当に」
 江上の、深い吐息に続いて漏れた本音。
 彼にどれだけの心配をかけていたのか。潤はそれを改めて感じた。

 颯真は、抱きしめてきた江上の背中に腕を回し、とんとんと宥める。

「本当にありがとう。
 お前がいなかったら、俺たちは多分ずっとこじれたままだった……」


 これまで何があっても、顔色を変えずに支えてくれた親友。彼の深い吐息が、これまでの表に出てこなかった苦悩を改めて感じさせたのだった。
 




 颯真が用意した朝食は、クロワッサンに野菜スープとコーヒー。颯真が作る朝食のレパートリーは幅広く、和食洋食とその時々の冷蔵庫事情によってかなり違うが、パンには大抵野菜スープを付けてくる。意図を聞いてみると、放っておくと食事さえ忘れてしまう弟の栄養バランスを心配してのことらしい。
 今朝はジャガイモと玉葱、ソーセージが入ったトマトスープだった。


 焼きたてのクロワッサンはさくっとふわっとしていて、こういうものが朝から食べられることを考えると、颯真が戻ってきてからの食生活の改善ぶりは著しいと思う。


 江上に聞けば、今日は寝ている尚紀に朝食を用意してから出てきたらしい。やはり放っておくと朝食を抜いてしまう性格らしく、「お前と似てるよ」と潤を見た。

「まあ今日はいい知らせを聞いたから、あとで尚紀にも連絡しておく」
 そう呟いてスープを口にした。
「……尚紀も本当に心配してるんだ」

 潤は二人の前では何も言わなかったが、尚紀のアドバイスを思い出した。
 

「潤さんは、もっと本能の声に素直になった方がいいと思う。頭だけで考えないで、もっと自分の身体の声に耳を傾けて欲しい」
 
 自信満々に、気持ちは追いついてきます、と言い切られた。

「一度、颯真先生の香りに身も心も委ねてみてほしいんです。そうすれば、どうするかはたぶん潤さん自身がわかると思う」


 あの、東麻布のレストランで交わした会話。あの尚紀の心を尽くした助言がきっかけで、潤はようやく自分の本心と本能に向き合うことができた。

 潤は頷いた。
「僕からも連絡するよ」

 潤の申し出に、江上が笑みを浮かべる。
「喜ぶと思う。尚紀は、潤のことを、一番心配してるからな」

 潤はふと思い立つ。
「そういえばさっき、廉は颯真にまっしぐらだったね。……僕には抱擁してくれないんだ」

 そう冗談めかして潤が不満を言うと、江上は呆れた口調を隠さなかった。


「あのさ……、お前それ、颯真の前で堂々と言うなよ。自覚がなさすぎる。
 俺がお前をハグしたら、颯真に背中から刺されるわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語――― 父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。 弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。 助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。

月弥総合病院

僕君・御月様
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

Ωの僕がヒート相手のαから逃げる話。

ミカン
BL
オメガバース

死がふたりを分かつまで

やまだ
BL
生まれつき体の弱い奏(Ω)が願いを叶えるまでのお話。

処理中です...