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一章
-参- 理由
しおりを挟む中に案内され、向かった場所は六畳間の部屋だった。部屋の中はあまり物が無く、あるのは座布団と木で出来た低いテーブルだった。
男性は飲み物とお菓子を出すからと席を外した。
私は静寂なこの部屋で正座して待つ。
そして、私はフッと不安になる。言われるまま着いて来たが、本当にあの男性に着いて来て良かったのだろうか。そもそも、これから話す話をあの男性は信じてもらえるのだろうか。幼馴染が呪われて目が覚めないなんて、普通は信じない。噂話を頼りに此処へ来たなんて馬鹿げている。
考えれば考える程、益々不安になり、私はこの場を去ろうと立ち上がる。
すると、立ち上がった瞬間、襖が開き、男性が戻って来たのだった。
「おや? どうかなさいましたか?」
男性はキョトンとした顔で不思議そうに私を見詰めた。
「あっ、えっと…………」
黙って立ち去ろうとしたなんて言えず、戸惑う。
オドオドしていると、男性は何かに気付いたのか、少し困った顔をする。
「もしかして、私の事怪しまれてますか?」
男性の問い掛けに、私は慌てて否定する。
「ちっ、違います! その、色々有り過ぎて不安になってしまって……」
どう心境を伝えたらいいのか分からず、口篭る。
沈黙が続く中、男性は取り敢えず部屋の中に入り、冷たいお茶とお菓子を出してくれた。
「取り敢えず、お茶でも飲んでください。喉が乾いているのでしょう?」
出されたお茶を見て、一気に飲み干した。
喉が乾いていた事も忘れるくらい不安になっていた様だ。
「お菓子の方もどうぞ。私の気に入っている老舗のお菓子なんですよ」
言われるまま、小皿に乗っているお菓子を手にする。手にしたお菓子は練りきりで花があしらわれていた。
「それは夏菊という名なんです。白に薄くピンク掛かった花でとても綺麗な練りきりなんですよ」
私は夏菊の練りきりを口へ運ぶ。すると口に入れた瞬間、ほんのりと甘さが広がり、食感もマシュマロの様に柔らかかった。
「美味しい……」
普段和菓子なんて食べないからか、こんなに美味しいなんて知らなかった。ただ甘ったるいだけだと思っていた。
あまりの美味しさに自然と頬が緩む。
「……少しは落ち着いたようですね」
男性は落ち着いた物言いをし、微笑んだ。
甘い物を食べたお陰か、自分でも気付かないうちに心が落ち着いていたようだ。
「さて、甘い物も食べて落ち着いたところで、まず自己紹介から始めましょうか。私は此処の神主をしています、白樺圭と申します。参拝される方々からは圭さんと呼ばれますので、どうぞそう呼ばれてください」
そう言って、圭さんは丁寧に挨拶をした。
私も慌てて自己紹介をする。
「あっ、えっと、私は陽乃宮琴音と言います。あの、宜しくお願いします!」
「陽乃宮琴音さんですね。琴音さんとお呼びしても構いませんか?」
「あっ、はい、大丈夫です!」
「では、琴音さん。今日あなたが此処に来られた理由をお聞かせしてもよろしいでしょうか?」
圭さんの問いに、私は再び固まる。
信じて貰えるだろうか。それだけが頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
だが、圭さんはそんな私の心情を知ってか、優しく微笑みながら『大丈夫ですよ』と言ってくれた。
そんな圭さんの優しさに自然とこの人なら話しても信じてくれると思い、私はこれまで起きた事を全て打ち明けたのだった。
「───ここまでが私の知っている事の全てです。こんな話、信じて貰えないかもしれませんが、全て本当の事なんです!」
私は真剣な表情で圭さんの方を見詰める。例え信じて貰えなくても、圭さんに話をした事は後悔しなかった。
圭さんはしばらく沈黙し、そしてゆっくりと口を開いた。
「よく、話してくれましたね。お辛かったでしょう?」
圭さんのその言葉に私はツーッと頬に涙が落とす。
「安心してください。この件、私共に預からせてください」
「私共?」
「はい。実は私と、今はこの場に居ないのですが、もう一人と二人で祓い屋を営んでいるんです」
「祓い屋?」
祓い屋という言葉に私はハッとする。
「黒猫通れば、祓い屋あり……」
そう、SNSで投稿されていたあの言葉だ。
「あのSNSの投稿、本当の事だったんだ……」
私は唖然とする。
しかし、それを上回る言葉が私の耳に飛び込んできた。
「ああ、あのSNSの投稿ですね。実はあれ、私が投稿したもなんです」
「……へ?」
何かの聞き間違いだろうか。
私はもう一度確認してみる。
「えっと、あのSNS、圭さんが投稿したものなんですか?」
「はい。宣伝も兼ねて、それっぽく投稿してみたんですが、なんだかSNS内でバズってしまいまして、それがいつしか都市伝説みたいと広まってしまったんですよねぇ!」
圭さんはなんて事ないように笑う。
そんな圭さんの様子に一気に脱力し、流れていた涙も引っ込んでしまった。
(なっ、何だか圭さんって掴めない人……)
さっきまでの空気とは一変し、圭さんのお陰なのか、少しだけ空気の流れが和らいだのだった。
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