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第五章:みんなと歩く日常
第73話・陽だまりを抱いて、城へ還る
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人気の少ない路地に入ってからも、ルナは少しだけヴィクトルの外套の中に包まれたままでいた。
けれど、ゆっくりと顔を上げた彼女の表情は、涙をこらえているようなものではなく、
どこか…ぽかぽかとした光に触れたような、柔らかいものだった。
「……ありがとう。シグ、ヴィクトル、ユリウス、フィンも」
小さな声だったけれど、しっかりと彼女の想いが込められていた。
「わたし、ちゃんと守られてるんだって……思ったの。ほんとに、ありがとう」
「僕らが一緒にいるんだから、当たり前だよ」とフィンがすぐに微笑み、手をぎゅっと握る。
「そういうのは、わざわざ言わなくていい」とシグはぶっきらぼうに背を向けたが、
その耳がほんの少しだけ赤く染まっていたのを、誰も指摘しなかった。
「お礼なんていらないよ。……でも、無理をしないって約束してくれるなら、僕は安心できるかな」
ユリウスは少し口元を緩めて、ルナフィエラの目をじっと見つめた。
「うん……」ルナフィエラは素直に頷いた。
「もう……驚かせないでください、ルナ様」
ヴィクトルが最後にぽつりと呟いた。
その声には、静かな安堵と、抑えきれないほどの愛情が滲んでいた。
けれどその感情が、当のルナフィエラに届くことはない。
ただ、彼の忠誠として受け止められるのみだった。
「さて、少し落ち着いたし……どうする? もう少し見ていく?」
フィンがいつもの調子で空気を和ませようとする。
「ううん……そろそろ帰ろうかな。もう、たくさん思い出もできたし」
ルナフィエラはそう言って微笑んだ。
「そうだね。じゃあ、また街に来たいって思ってもらえるように、最後まで気を抜かずに帰ろうか」
ユリウスがそう告げて、全員が自然にルナフィエラを囲むように歩き出す。
帰り道は、来たときよりもずっと心が近かった。
ルナフィエラがそっと見上げた空は、午後のやわらかな陽光に包まれていた。
彼女のなかに、確かに残る“守られている”という感覚。
それは、かつて失ったもの――
でも、もう一度、手に入れ始めたものでもあった。
街の喧騒を背に、森の中へと続く道を五人は歩いていた。
賑やかだった市場の余韻がまだ胸に残っているようで、ルナフィエラの表情にはほんのりとした笑みが浮かんでいた。
けれど――
「……はぁ……」
木漏れ日の射す道を進むにつれ、その歩みは次第に重くなる。
「ルナ、大丈夫?」
隣を歩いていたフィンが心配そうに覗き込む。
「うん……だいじょうぶ……ちょっと、足が……」
返ってきた声は弱々しく、明らかに体力の限界が近いことを物語っていた。
慣れない人混み、長時間の外出、そして初めての買い物――精神的にも、肉体的にも、負荷は大きかった。
それを見ていたシグが、何も言わずルナフィエラの横に歩み寄る。
そして次の瞬間、ひょいと片腕で彼女の身体を支え上げた。
「し、シグ……!」
「歩かせる方が不自然だ。ふらついてたぞ」
淡々とした口調ながら、その腕はしっかりとルナフィエラの身体を支え、体重を無理なく預けられるよう絶妙な角度で保たれていた。
「わ……わたし、歩ける……から……」
「いいから黙ってろ。疲れているのは明白だ」
文句を言わせる隙もなく、ルナフィエラはそのまま抱えられる形で歩を進めることになった。
「……まあ、今日はよくがんばったからね」
ユリウスが微笑み、
「シグは、お姫様抱っこじゃないだけ優しいよ~」
とフィンが後ろで苦笑する。
ヴィクトルは何も言わなかったが、少し前を歩きながら、時折ルナフィエラの方へちらりと視線を投げていた。
その目には、安堵と――言葉にはできないほどの静かな想いが、宿っていた。
やがて、苔むした石壁が見えてくる。
古城。
100年の時を経て、今また主を迎え入れる場所。
門をくぐったとき、ルナフィエラはほっとしたように目を閉じた。
どこかの誰かに見られることも、騒がしい音もない――静かで、安心できる場所。
「……帰ってきたんだね」
「ええ、ルナ様。お帰りなさい」
ヴィクトルの低く穏やかな声が、その言葉に答える。
ルナはシグの腕の中で小さく微笑んだ。
扉が閉じられる。
静寂のなかで、光と熱に満ちた一日が、そっと幕を下ろした。
けれど、ゆっくりと顔を上げた彼女の表情は、涙をこらえているようなものではなく、
どこか…ぽかぽかとした光に触れたような、柔らかいものだった。
「……ありがとう。シグ、ヴィクトル、ユリウス、フィンも」
小さな声だったけれど、しっかりと彼女の想いが込められていた。
「わたし、ちゃんと守られてるんだって……思ったの。ほんとに、ありがとう」
「僕らが一緒にいるんだから、当たり前だよ」とフィンがすぐに微笑み、手をぎゅっと握る。
「そういうのは、わざわざ言わなくていい」とシグはぶっきらぼうに背を向けたが、
その耳がほんの少しだけ赤く染まっていたのを、誰も指摘しなかった。
「お礼なんていらないよ。……でも、無理をしないって約束してくれるなら、僕は安心できるかな」
ユリウスは少し口元を緩めて、ルナフィエラの目をじっと見つめた。
「うん……」ルナフィエラは素直に頷いた。
「もう……驚かせないでください、ルナ様」
ヴィクトルが最後にぽつりと呟いた。
その声には、静かな安堵と、抑えきれないほどの愛情が滲んでいた。
けれどその感情が、当のルナフィエラに届くことはない。
ただ、彼の忠誠として受け止められるのみだった。
「さて、少し落ち着いたし……どうする? もう少し見ていく?」
フィンがいつもの調子で空気を和ませようとする。
「ううん……そろそろ帰ろうかな。もう、たくさん思い出もできたし」
ルナフィエラはそう言って微笑んだ。
「そうだね。じゃあ、また街に来たいって思ってもらえるように、最後まで気を抜かずに帰ろうか」
ユリウスがそう告げて、全員が自然にルナフィエラを囲むように歩き出す。
帰り道は、来たときよりもずっと心が近かった。
ルナフィエラがそっと見上げた空は、午後のやわらかな陽光に包まれていた。
彼女のなかに、確かに残る“守られている”という感覚。
それは、かつて失ったもの――
でも、もう一度、手に入れ始めたものでもあった。
街の喧騒を背に、森の中へと続く道を五人は歩いていた。
賑やかだった市場の余韻がまだ胸に残っているようで、ルナフィエラの表情にはほんのりとした笑みが浮かんでいた。
けれど――
「……はぁ……」
木漏れ日の射す道を進むにつれ、その歩みは次第に重くなる。
「ルナ、大丈夫?」
隣を歩いていたフィンが心配そうに覗き込む。
「うん……だいじょうぶ……ちょっと、足が……」
返ってきた声は弱々しく、明らかに体力の限界が近いことを物語っていた。
慣れない人混み、長時間の外出、そして初めての買い物――精神的にも、肉体的にも、負荷は大きかった。
それを見ていたシグが、何も言わずルナフィエラの横に歩み寄る。
そして次の瞬間、ひょいと片腕で彼女の身体を支え上げた。
「し、シグ……!」
「歩かせる方が不自然だ。ふらついてたぞ」
淡々とした口調ながら、その腕はしっかりとルナフィエラの身体を支え、体重を無理なく預けられるよう絶妙な角度で保たれていた。
「わ……わたし、歩ける……から……」
「いいから黙ってろ。疲れているのは明白だ」
文句を言わせる隙もなく、ルナフィエラはそのまま抱えられる形で歩を進めることになった。
「……まあ、今日はよくがんばったからね」
ユリウスが微笑み、
「シグは、お姫様抱っこじゃないだけ優しいよ~」
とフィンが後ろで苦笑する。
ヴィクトルは何も言わなかったが、少し前を歩きながら、時折ルナフィエラの方へちらりと視線を投げていた。
その目には、安堵と――言葉にはできないほどの静かな想いが、宿っていた。
やがて、苔むした石壁が見えてくる。
古城。
100年の時を経て、今また主を迎え入れる場所。
門をくぐったとき、ルナフィエラはほっとしたように目を閉じた。
どこかの誰かに見られることも、騒がしい音もない――静かで、安心できる場所。
「……帰ってきたんだね」
「ええ、ルナ様。お帰りなさい」
ヴィクトルの低く穏やかな声が、その言葉に答える。
ルナはシグの腕の中で小さく微笑んだ。
扉が閉じられる。
静寂のなかで、光と熱に満ちた一日が、そっと幕を下ろした。
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