【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

幕間・このエクセル、無理…

私はひとり、ディスプレイの前で静かにフリーズしていた。

（……これ、どこからどう見ても“地雷”資料じゃん……）

画面に映るのは、去年のプロジェクト管理表。
上から下まで見事に詰め込まれた数式、セルの参照、そして謎のマクロらしき存在。

セルの中に何かが埋まっている。けれど触ると崩れそう。
表の構造は迷宮。リンクは飛びまくり、参照元は永遠に辿れない。

「結城さん、この管理表、今年のデータと比較して月ごとの推移を出してもらえる？」

さらっと渡された案件だったけれど、私は見た瞬間に悟った。

（これ……触っていいやつ？　いや、触ったら壊れる気がする……）

画面を前に固まること約10分。

そのとき、背後から静かに足音が近づいてきた。

「何か、詰まってるのか？」

振り向くと――
崇雅が、手にコーヒーを持って立っていた。

「え、いえ……あの、ちょっと、去年の管理表の処理が……」

画面を見せると、彼はほんの数秒だけ見て、すぐにキーボードを操作した。

「参照先が壊れてる。ここを固定に戻して、こっちに動的な範囲指定を」

彼は何の迷いもなくショートカットキーを駆使して次々とセルを修正していく。
ポンッとエラーが消え、表が整っていくのが目に見えてわかる。

やっていることはよくわからない。でも、彼の手元の動きは――すごく早い。

数分後…
「これで大丈夫だ。印刷前に一度全体のチェックを。グラフは自動で変わるようにしてある」

そう言って、彼は自分の席へと戻っていった。

私はただ、ぽかんと画面と彼の背中を交互に見ていた。

（えっ……何あれ……部長、凄くない……？）


このときの崇雅は、ただ“困っている部下を助けただけ”。

だけど私は――
ほんの少しだけ、特別に“見てもらえた”気がしていた。