【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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第17話・視線が重なった瞬間

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ビジネスソリューション展当日。
土曜の朝、少し緊張しながら展示会の会場へ向かった。
普段の仕事服とは違う、落ち着いたベージュのワンピースにジャケットを羽織っている。
一応“オフ”だけど、気を抜いた格好はできなかった。

(ちゃんと見て、あとで報告できるようにしないと)

あくまで“仕事の一環”。
そう自分に言い聞かせながら、会場入口で早瀬を見つけた。

「結城さん。おはようございます。遠いところを、ありがとうございます」

「おはようございます。こちらこそ、お誘いいただきありがとうございました」

早瀬はジャケット姿で、仕事モードの雰囲気を漂わせている。
一見いつもと変わらないが、その笑みはどこか柔らかく、ほんの少し親しげだった。


会場内は、企業ごとのブースが整然と並び、来場者の熱気が漂っていた。
澪は配布資料を受け取りながら、早瀬と並んで歩く。

「ではまず、弊社の展示ブースへ。担当の者に紹介しますね」

C社の展示ブースは、ホール中央の目立つ位置に構えていた。
社名ロゴが大きく掲げられ、最新プロダクトと導入事例がいくつもパネル化されている。

「おはようございます。こちら、弊社案件でご協力いただいた結城さんです。今日はご挨拶に」

「あっ、いつもお世話になっております。C社技術企画部の石井です」

「はじめまして、逢坂Lynx株式会社の結城と申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」

名刺を差し出し、澪は丁寧に挨拶した。
出展担当の社員は、澪の名前とプロジェクト内容をよく把握していたようで、
展示パネルの説明も自然と澪に向けて進めてくれる。

「こちらが導入フローで、今回の案件ではこのセクションの構築をスムーズに進められた点が好評でして。
あのご提案、本当に効果的でしたよ」

「いえ、そんな……皆さまのお力添えがあってこそです」

(あ、これ……私の作った提案資料の中の一部だ)

澪はパネルを見ながら、静かに感動していた。
実際に自分が関わった仕事が、こうして第三者に紹介されている――
初めて見る光景に、胸の奥がじんわり熱くなる。


隣で早瀬がふと目を細めた。

「結城さんの仕事、ちゃんと形になっていますね」

「……はい。実感が湧いて……ちょっと、嬉しいです」

「ですよね。その“実感”を伝えたくて、今日お誘いしたんです」

穏やかな声に、澪は思わず目を伏せた。

(……やっぱり、距離が少し近い気がする)

でも、何かを言い返せるほどの“違和感”ではない。
この場はあくまで――仕事の場。
そう、自分に言い聞かせながら、展示パネルに視線を戻した。


C社の展示ブースでの説明を終え、担当者たちにお礼を告げてブースを後にしたとき。
すぐ隣で、早瀬が柔らかい声で提案してきた。

「もしお時間が許せば、他の出展ブースもご一緒にどうですか?
この分野の最新トレンドも見られるので、今後の参考にもなるかと思いまして」

「え……」

澪は一瞬戸惑った。

もうここで解散、という流れかと思っていた。
でも確かに、展示会の会場は広く、来場者も多い。
各ブースは見応えがありそうだし、ひとりで黙々と歩くのも正直疲れる。

(……仕事の参考になるなら)

そう判断し、澪はうなずいた。

「わかりました。少しだけ、見ていこうと思います」

「ありがとうございます。それでは、気になったところをご案内しますね」


その後、いくつかの技術系企業やソリューション開発会社のブースを巡った。

澪は真剣に各ブースの資料に目を通し、展示パネルを読み込みながら、早瀬の補足説明にも耳を傾ける。

「ここ、次の提案フェーズにも参考になりそうですね」

「はい。もしよければ、後日そのあたりも一緒に資料を整理しましょう」

丁寧で仕事熱心な姿勢。
ただの雑談や私的な距離感ではない。
でも、言葉の端々に、どこか温度の違いがある気がして――

(……やっぱり、少し近い)

何度かそう感じた瞬間があった。


そのときだった。

向かいのメイン通路を歩いていた人混みの中に、
澪は見覚えのある姿を見つけて、思わず息を止めた。

黒いスーツに、鋭い眼差し。
数名の重役らしき人々と話しながら歩く――
東條崇雅。

(……うそ)

澪の目が確かにとらえていたその人影は、
まっすぐ、こちらを見ていた。

人混みの中でも、はっきりと視線が絡んだ。

その瞬間――
崇雅の表情が、明らかに変わった。

冷静で無表情だった顔に、わずかに感情の影が走る。

一歩、前に踏み出した。
視線は、澪の隣に立つ早瀬を射抜くように捉えている。

(……どうしよう)

澪は、その場から動けなかった。

まるで時間が止まったような感覚。
その場にある空気が、ぴんと張り詰めていくのを感じていた。
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