【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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第16話・助けられるほど、苦しくなる

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(……また、部長が)

午前中、C社関係の返信メールを確認して、思わず手が止まった。
CCには崇雅の名前があり、メール本文にはさりげなく「部長に確認いただいた内容です」との一文。

(……やっぱり、先に確認してる)

最近、こういうやりとりが増えている。
C社だけじゃない。
社内の調整も、外部との確認も、気がつけば崇雅がすでに手を入れてくれていることが多い。

もちろん助かっている。
でも。

「部長、マジで全部やってくれてないですか?ほんと仕事早いよな~」

隣の席で、同僚が無邪気に言った。

(……そう、全部やってくれてる)

それがありがたいと、思えない自分がいる。

どうして私だけ。
なぜ、ここまで。


お昼前、崇雅に声をかけられる。

「C社関連、明日の調整は俺がやる。資料の確認だけ、結城は目を通しておけ」

「……ありがとうございます」

自然に言葉が出たけれど、
それ以上、何も言えなかった。

(部長は、私のことを信頼してくれてるのかな)
(それとも、任せるには不安だから?)

胸の奥が、ざわざわと落ち着かない。


昼休み。
いつものように数人で食事をとっていると、
C社の話題がふと出た。

「そういえばさ、あのC社の本部長って結城さんのことめっちゃ気に入ってない?」

「それな。何かあるたび“結城さんに”って名指しだし」

「さすがに言いすぎじゃない?……まぁ、でも、そう見えなくもないか」

「だよね~、俺も気に入られてみたいわ~」

笑い声に包まれるテーブル。

澪は、笑顔を作ったまま手を止めた。

(……やっぱり、そう思われるよね)

最近の早瀬の態度。
視線。
距離感。

(違う、そんなわけ……)

そう否定しながら、
心の奥では、ぼんやりと確信に近い何かが生まれかけていた。


午後、デスクに戻る。
画面に向かいながら、何気なく顔を上げる。

視線の先――崇雅が、こちらを見ていた。

目が合う。
一瞬だけ。

すぐに、彼は目を逸らした。

ただそれだけのことなのに、
胸の奥が、きゅっと苦しくなった。

(……私、なんでこんなに、苦しいんだろう)

助かっているはずなのに。
“なぜ”が、わからない。


——————

翌日。
午後一番のオンライン会議。
C社との案件も、動き始めのバタつきがようやく落ち着きつつある。

(今日の議題は進捗報告と、次フェーズの確認だけ……問題なく進めばすぐ終わる)

そう思いながら、澪は画面に目を向けた。

「本日もよろしくお願いします」

早瀬がカメラ越しに柔らかく微笑む。

画面越しでも、やはりその視線は澪の方に向けられている気がした。

(……気のせい。そう、気のせい)

隣の席では崇雅が、変わらぬ無表情でモニターを見ている。
言葉少なに、要点だけを正確に伝えるそのやり方はいつも通りだった。

会議は順調に進んだ。
澪も割り当てられた報告を滞りなくこなし、資料の説明も終える。

「さすがですね、結城さん。毎回感心します」
「こういう丁寧な積み重ねが、プロジェクト全体の信頼に繋がるんですよ」

早瀬の言葉に、画面の中の数人がうなずいた。

「……恐縮です」

笑顔で返すが、心はざわついたままだ。

(私にだけ、やっぱり……)


C社とのオンライン会議も終盤に差しかかった頃。
早瀬が、やや軽やかな調子で口を開いた。

「そういえば、来週末にビジネスソリューション展が開催されます。
弊社も協賛企業として参加しておりまして、今回のこの案件に関連する導入事例もいくつか紹介される予定です」

資料にはURLと開催概要が簡潔に添えられていた。

「ご都合が合えば、ぜひお立ち寄りください。現場でしか得られない空気感もあると思いますので」

その場にいた社員たちが一様にうなずく。
澪も画面越しに「わかりました」と微笑みながら答えた。

(……案件紹介、か)

自分の関わった案件が展示されると聞き、少しだけ誇らしく感じた。


その日の夕方。
社内業務に追われていた澪のもとに、メールが1通届いた。

差出人:C社・早瀬貴臣
件名:展示会について(ご都合が合えば)

本文は短く、丁寧だった。

結城さん

本日はオンライン会議お疲れさまでした。

来週末の展示会ですが、もしご都合が合えば、当日ご一緒できませんか?
案件に関する資料や紹介ブースについて、実際にご説明しながらご案内できればと思います。

もちろんお仕事の延長として。
ご検討いただければ幸いです。

澪は画面を見つめたまま、固まった。

(……私にだけ?)

CC欄は空欄。
他の誰にも共有されていない、完全に“個別”のメール。

(いや、でも仕事の延長って書いてあるし……)

それは本当に仕事なのか、それとも個人的な誘いなのか。
判断は、難しかった。

でも――

(私の関わった案件が紹介されるなら、ちゃんと見ておいた方がいいかも)

自分にそう言い聞かせながら、澪は返信画面を開いた。
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