18 / 168
第16話・助けられるほど、苦しくなる
しおりを挟む
(……また、部長が)
午前中、C社関係の返信メールを確認して、思わず手が止まった。
CCには崇雅の名前があり、メール本文にはさりげなく「部長に確認いただいた内容です」との一文。
(……やっぱり、先に確認してる)
最近、こういうやりとりが増えている。
C社だけじゃない。
社内の調整も、外部との確認も、気がつけば崇雅がすでに手を入れてくれていることが多い。
もちろん助かっている。
でも。
「部長、マジで全部やってくれてないですか?ほんと仕事早いよな~」
隣の席で、同僚が無邪気に言った。
(……そう、全部やってくれてる)
それがありがたいと、思えない自分がいる。
どうして私だけ。
なぜ、ここまで。
お昼前、崇雅に声をかけられる。
「C社関連、明日の調整は俺がやる。資料の確認だけ、結城は目を通しておけ」
「……ありがとうございます」
自然に言葉が出たけれど、
それ以上、何も言えなかった。
(部長は、私のことを信頼してくれてるのかな)
(それとも、任せるには不安だから?)
胸の奥が、ざわざわと落ち着かない。
昼休み。
いつものように数人で食事をとっていると、
C社の話題がふと出た。
「そういえばさ、あのC社の本部長って結城さんのことめっちゃ気に入ってない?」
「それな。何かあるたび“結城さんに”って名指しだし」
「さすがに言いすぎじゃない?……まぁ、でも、そう見えなくもないか」
「だよね~、俺も気に入られてみたいわ~」
笑い声に包まれるテーブル。
澪は、笑顔を作ったまま手を止めた。
(……やっぱり、そう思われるよね)
最近の早瀬の態度。
視線。
距離感。
(違う、そんなわけ……)
そう否定しながら、
心の奥では、ぼんやりと確信に近い何かが生まれかけていた。
午後、デスクに戻る。
画面に向かいながら、何気なく顔を上げる。
視線の先――崇雅が、こちらを見ていた。
目が合う。
一瞬だけ。
すぐに、彼は目を逸らした。
ただそれだけのことなのに、
胸の奥が、きゅっと苦しくなった。
(……私、なんでこんなに、苦しいんだろう)
助かっているはずなのに。
“なぜ”が、わからない。
——————
翌日。
午後一番のオンライン会議。
C社との案件も、動き始めのバタつきがようやく落ち着きつつある。
(今日の議題は進捗報告と、次フェーズの確認だけ……問題なく進めばすぐ終わる)
そう思いながら、澪は画面に目を向けた。
「本日もよろしくお願いします」
早瀬がカメラ越しに柔らかく微笑む。
画面越しでも、やはりその視線は澪の方に向けられている気がした。
(……気のせい。そう、気のせい)
隣の席では崇雅が、変わらぬ無表情でモニターを見ている。
言葉少なに、要点だけを正確に伝えるそのやり方はいつも通りだった。
会議は順調に進んだ。
澪も割り当てられた報告を滞りなくこなし、資料の説明も終える。
「さすがですね、結城さん。毎回感心します」
「こういう丁寧な積み重ねが、プロジェクト全体の信頼に繋がるんですよ」
早瀬の言葉に、画面の中の数人がうなずいた。
「……恐縮です」
笑顔で返すが、心はざわついたままだ。
(私にだけ、やっぱり……)
C社とのオンライン会議も終盤に差しかかった頃。
早瀬が、やや軽やかな調子で口を開いた。
「そういえば、来週末にビジネスソリューション展が開催されます。
弊社も協賛企業として参加しておりまして、今回のこの案件に関連する導入事例もいくつか紹介される予定です」
資料にはURLと開催概要が簡潔に添えられていた。
「ご都合が合えば、ぜひお立ち寄りください。現場でしか得られない空気感もあると思いますので」
その場にいた社員たちが一様にうなずく。
澪も画面越しに「わかりました」と微笑みながら答えた。
(……案件紹介、か)
自分の関わった案件が展示されると聞き、少しだけ誇らしく感じた。
その日の夕方。
社内業務に追われていた澪のもとに、メールが1通届いた。
差出人:C社・早瀬貴臣
件名:展示会について(ご都合が合えば)
本文は短く、丁寧だった。
結城さん
本日はオンライン会議お疲れさまでした。
来週末の展示会ですが、もしご都合が合えば、当日ご一緒できませんか?
案件に関する資料や紹介ブースについて、実際にご説明しながらご案内できればと思います。
もちろんお仕事の延長として。
ご検討いただければ幸いです。
澪は画面を見つめたまま、固まった。
(……私にだけ?)
CC欄は空欄。
他の誰にも共有されていない、完全に“個別”のメール。
(いや、でも仕事の延長って書いてあるし……)
それは本当に仕事なのか、それとも個人的な誘いなのか。
判断は、難しかった。
でも――
(私の関わった案件が紹介されるなら、ちゃんと見ておいた方がいいかも)
自分にそう言い聞かせながら、澪は返信画面を開いた。
午前中、C社関係の返信メールを確認して、思わず手が止まった。
CCには崇雅の名前があり、メール本文にはさりげなく「部長に確認いただいた内容です」との一文。
(……やっぱり、先に確認してる)
最近、こういうやりとりが増えている。
C社だけじゃない。
社内の調整も、外部との確認も、気がつけば崇雅がすでに手を入れてくれていることが多い。
もちろん助かっている。
でも。
「部長、マジで全部やってくれてないですか?ほんと仕事早いよな~」
隣の席で、同僚が無邪気に言った。
(……そう、全部やってくれてる)
それがありがたいと、思えない自分がいる。
どうして私だけ。
なぜ、ここまで。
お昼前、崇雅に声をかけられる。
「C社関連、明日の調整は俺がやる。資料の確認だけ、結城は目を通しておけ」
「……ありがとうございます」
自然に言葉が出たけれど、
それ以上、何も言えなかった。
(部長は、私のことを信頼してくれてるのかな)
(それとも、任せるには不安だから?)
胸の奥が、ざわざわと落ち着かない。
昼休み。
いつものように数人で食事をとっていると、
C社の話題がふと出た。
「そういえばさ、あのC社の本部長って結城さんのことめっちゃ気に入ってない?」
「それな。何かあるたび“結城さんに”って名指しだし」
「さすがに言いすぎじゃない?……まぁ、でも、そう見えなくもないか」
「だよね~、俺も気に入られてみたいわ~」
笑い声に包まれるテーブル。
澪は、笑顔を作ったまま手を止めた。
(……やっぱり、そう思われるよね)
最近の早瀬の態度。
視線。
距離感。
(違う、そんなわけ……)
そう否定しながら、
心の奥では、ぼんやりと確信に近い何かが生まれかけていた。
午後、デスクに戻る。
画面に向かいながら、何気なく顔を上げる。
視線の先――崇雅が、こちらを見ていた。
目が合う。
一瞬だけ。
すぐに、彼は目を逸らした。
ただそれだけのことなのに、
胸の奥が、きゅっと苦しくなった。
(……私、なんでこんなに、苦しいんだろう)
助かっているはずなのに。
“なぜ”が、わからない。
——————
翌日。
午後一番のオンライン会議。
C社との案件も、動き始めのバタつきがようやく落ち着きつつある。
(今日の議題は進捗報告と、次フェーズの確認だけ……問題なく進めばすぐ終わる)
そう思いながら、澪は画面に目を向けた。
「本日もよろしくお願いします」
早瀬がカメラ越しに柔らかく微笑む。
画面越しでも、やはりその視線は澪の方に向けられている気がした。
(……気のせい。そう、気のせい)
隣の席では崇雅が、変わらぬ無表情でモニターを見ている。
言葉少なに、要点だけを正確に伝えるそのやり方はいつも通りだった。
会議は順調に進んだ。
澪も割り当てられた報告を滞りなくこなし、資料の説明も終える。
「さすがですね、結城さん。毎回感心します」
「こういう丁寧な積み重ねが、プロジェクト全体の信頼に繋がるんですよ」
早瀬の言葉に、画面の中の数人がうなずいた。
「……恐縮です」
笑顔で返すが、心はざわついたままだ。
(私にだけ、やっぱり……)
C社とのオンライン会議も終盤に差しかかった頃。
早瀬が、やや軽やかな調子で口を開いた。
「そういえば、来週末にビジネスソリューション展が開催されます。
弊社も協賛企業として参加しておりまして、今回のこの案件に関連する導入事例もいくつか紹介される予定です」
資料にはURLと開催概要が簡潔に添えられていた。
「ご都合が合えば、ぜひお立ち寄りください。現場でしか得られない空気感もあると思いますので」
その場にいた社員たちが一様にうなずく。
澪も画面越しに「わかりました」と微笑みながら答えた。
(……案件紹介、か)
自分の関わった案件が展示されると聞き、少しだけ誇らしく感じた。
その日の夕方。
社内業務に追われていた澪のもとに、メールが1通届いた。
差出人:C社・早瀬貴臣
件名:展示会について(ご都合が合えば)
本文は短く、丁寧だった。
結城さん
本日はオンライン会議お疲れさまでした。
来週末の展示会ですが、もしご都合が合えば、当日ご一緒できませんか?
案件に関する資料や紹介ブースについて、実際にご説明しながらご案内できればと思います。
もちろんお仕事の延長として。
ご検討いただければ幸いです。
澪は画面を見つめたまま、固まった。
(……私にだけ?)
CC欄は空欄。
他の誰にも共有されていない、完全に“個別”のメール。
(いや、でも仕事の延長って書いてあるし……)
それは本当に仕事なのか、それとも個人的な誘いなのか。
判断は、難しかった。
でも――
(私の関わった案件が紹介されるなら、ちゃんと見ておいた方がいいかも)
自分にそう言い聞かせながら、澪は返信画面を開いた。
141
あなたにおすすめの小説
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない
如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」
(三度目はないからっ!)
──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない!
「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」
倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。
ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。
それで彼との関係は終わったと思っていたのに!?
エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。
客室乗務員(CA)倉木莉桜
×
五十里重工(取締役部長)五十里武尊
『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる