【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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第22話・誰にも見えない繋がり

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「おはようございます」

出社してデスクに着くと、いくつかの視線がふわっとこちらに向いた。
いつものことだ。
少し前までのC社案件で、部署内の注目を集めていたのは事実だし、
その後の展示会同行の件だって、何となく噂になっているのかもしれない。

(……気にしすぎ。たぶん)

昨日までと何ひとつ変わらない自分を装って、私はPCの電源を入れた。

――だけど。

ほんの数メートル先にいる彼の姿を見るだけで、心が少しだけざわつく。

(……東條部長)

昨日、彼は確かに「好きだ」と言ってくれた。
仕事の関係を超えて、“私自身”を見てくれていることを言葉にしてくれた。

けれど。

今日の彼は、何ひとつ変わらない。
私が「部長」と呼べば、いつもと同じトーンで返してくる。
周囲への目線も、距離感も、完璧に“上司”のままだ。

(わかってた。もともとそういう人だって)

でも、
少しくらい――何か違うものを感じたかった自分がいるのも、本音だった。


「結城さん、この資料のデータ、今朝の時点で最新ですか?」

「はい、更新済みです。先方の連絡で朝イチに修正を入れておきました」

先輩とのやりとりの中、ふと視線を感じて顔を上げた。
――崇雅が、こちらを見ていた。

ほんの一瞬だった。
すぐに目をそらして、何事もなかったようにPCへ戻る。

でも私は気づいた。
その視線に、いつもより少しだけ“優しさ”が滲んでいたことに。

(……やっぱり変わった。ちゃんと、変わってる)

ただ、それが誰にも悟られないように、
彼は“完璧な上司”を演じ続けているだけ。

そう思ったら、なんだか少しだけ、誇らしくなった。

(だったら私も、ちゃんとやろう)

仕事は仕事。
でも、それでも“関係は確かにある”と、私だけが知っている。

その距離の中で、もう一度、気持ちを整えて画面に向き直った。


「では、会議はこれで終了です」

プロジェクトの定例会議が終わると、崇雅はいつものようにノートPCを閉じ、淡々とその場をあとにした。
周囲の誰もが、「仕事に厳しく、感情を出さない部長」としての彼を当然のように受け止めている。

(……ほんとに、完璧に“部長”だ)

両思いとなっても、私たちは何も変わらない。
――少なくとも、外から見れば。

でも。

午後の業務が落ち着いた頃。
社内チャットに、通知がひとつ届いた。

>『今日の帰り、少しだけ時間を取れないか?』
>――東條崇雅

業務連絡ではなく、彼が私だけに使っている個人チャット。
たった一行。なのに、胸がふわっと浮くような感覚になる。

>『はい。大丈夫です』

打ち込んだその瞬間、画面越しに小さな繋がりが生まれた気がした。


その日の夜。
オフィス近くの落ち着いたカフェ。
時間にして30分もない短い時間だったけれど――
彼と私だけの、ふたりの時間。

「この間の展示会資料、改めてよくできてた。
プレゼンの構成も、先方が高評価を出した理由に納得がいった」

崇雅の言葉は、いつものように簡潔だった。
でも、それが“ちゃんと見てくれていた”証であることは、私が一番よく知っていた。

「……ありがとうございます。部長にも、すごく助けてもらってましたし」

「……澪」

名前を呼ばれた瞬間、心臓がひとつ跳ねた。

「2人の時に“部長”と呼ぶ必要はない」

「……」

「誰も見ていない。少しぐらい、甘えてもいいだろう」

その一言に、胸の奥がきゅっと熱くなった。

だけど私は、少しだけ笑ってみせた。

「じゃあ――今だけ、崇雅さん」

わざと、ほんの少しだけ意識的に名前を呼んでみると、
彼の目元がわずかに緩んだ気がした。

会社では“上司”と“部下”。
でも、この空間だけは、ちゃんと“恋人”でいられる。

(まだ手をつないでもいないし、距離も遠いのに)
(不思議と、それだけで十分だと思える)

そんな夜が、そっとふたりの間に積み重なっていく。
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