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第70話・“隣にいてほしい”の、その先へ
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金曜の夜。
夕食後、澪がバスルームへ向かったあと、崇雅はリビングでひとりコーヒーを飲みながらスマホを眺めていた。
ふと、着信画面に表示された名前に、わずかに眉をひそめる。
「……兄さん?」
表示されたのは「東條崇徳」。
冷静沈着で無駄な行動をしない兄が、プライベートで電話をかけてくるのは珍しい。
「崇雅。今、少し話せるか?」
受話口から聞こえてきた声は、いつも通りの落ち着いた調子――のはずなのに、どこか迷いの混じった気配があった。
「問題ない。何かあったか?」
「……この前、父さんが志帆さんを連れてお前のところに行った件で話したいことがある」
崇雅は短く息を吐き、低く答える。
「……ああ」
崇雅の声は淡々としていたが、心の奥では確かな苛立ちがくすぶっていた。
「……すまない。俺のせいだ」
崇徳の低い声に、崇雅は思わず眉を上げる。
「……兄さんの?」
「詳しくは会って話す。……週末、少し時間をもらえないか?」
崇雅は短く考え、すぐに答えた。
「日曜の昼なら空いてる。場所は?」
「うちのホテルラウンジでいいか? 静かな個室を押さえておく」
「わかった。時間は、また連絡してくれ」
そこまで話して、崇雅はふと視線を落とし、少しだけ迷いながら、静かに口を開く。
「……兄さん。日曜、澪を連れて行っていいか」
「……澪さん?」
「俺の恋人だ。兄さんには、いずれ紹介したいと思っていた」
一瞬、受話口の向こうが静まり返る。
やがて――ふっと、小さく笑う声。
「……珍しいな。お前から“紹介したい”なんて言葉が出るとは思わなかった」
「俺も、そう思ってた。でも、今はそうしたいと思った。彼女と一緒に会いたい」
「……わかった。構わないよ。澪さんにもよろしく伝えてくれ」
「ありがとう、兄さん」
通話を終えると、崇雅はスマホをテーブルに置き、ゆっくりと目を閉じた。
日曜の昼。兄と澪が交差する日。
どんな形になっても、もう隠すつもりはなかった。
彼の中では、とっくに答えは出ていた。
バスルームから戻った澪の髪を乾かし終えると、崇雅は片付けを済ませて彼女の隣に腰を下ろした。
澪はお茶を飲みながら、柔らかく笑っていたが、その様子に静かに問いかける。
「……澪。日曜、予定あるか?」
突然の問いに、澪は顔を上げた。
「え……? いえ、特にはないです。どうかしました?」
崇雅はしばし黙り、視線をまっすぐに澪へ向ける。
「兄に会うことになった。……この前、父が訪ねてきた件で、兄が話したいことがあるらしい」
その名前に、澪の表情が少しだけ緊張を帯びる。
「……そうなんですね」
「場所は、東條グループのホテルラウンジ。静かな場所で話したいそうだ」
そこまで話して、崇雅は澪の手をそっと取る。
「澪も、一緒に来てほしい。……兄に、恋人として紹介したい」
その言葉に、澪の目が大きく見開かれる。
「……わたし、が……?」
「兄には、ちゃんと話してある。連れて行くことも了承済みだ」
崇雅は手を伸ばし、澪の左手をそっと取った。
「無理にとは言わない。でも、俺は——澪を誰にだって、胸を張って紹介したい」
その言葉が、澪の胸にまっすぐに届く。
少し前の自分なら戸惑っていたかもしれない。
でも今は——崇雅の隣で、彼に包まれるように日々を過ごしてきた。
「……わかりました、行きます。崇雅さんの隣に、ちゃんと立てるように……頑張ります」
澪の返事に、崇雅は静かに目を細めてうなずいた。
ほんの少し手を強く握り返した澪に、崇雅はその手を引き寄せ、指先に軽く口づけた。
何も言わずに。
ただその仕草だけで、「大丈夫」と伝えているようだった。
その夜、崇雅が入浴中。
澪は寝室のクローゼットをそっと開け、中の服を見渡す。
(……日曜に会うって言ってたけど、こういうときの服、持ってきてない……)
クローゼットに並ぶのは通勤用のブラウスやカーディガン、スラックスばかり。
どれも実用的なものばかりで、「きちんと紹介される立場」として相応しいとは言いがたい。
(仕事着でも問題ないかもだけど……せっかくなら、ちゃんとした服で行きたい。最低限の礼儀として)
兄に紹介してくれるという崇雅の気持ちに、きちんと応えたい。
なのに、手元に「これ」と思える服がない、なんて——
「……どうしよう」
ぽつりとこぼれた小さな声が、夜の静けさに吸い込まれていった。
夕食後、澪がバスルームへ向かったあと、崇雅はリビングでひとりコーヒーを飲みながらスマホを眺めていた。
ふと、着信画面に表示された名前に、わずかに眉をひそめる。
「……兄さん?」
表示されたのは「東條崇徳」。
冷静沈着で無駄な行動をしない兄が、プライベートで電話をかけてくるのは珍しい。
「崇雅。今、少し話せるか?」
受話口から聞こえてきた声は、いつも通りの落ち着いた調子――のはずなのに、どこか迷いの混じった気配があった。
「問題ない。何かあったか?」
「……この前、父さんが志帆さんを連れてお前のところに行った件で話したいことがある」
崇雅は短く息を吐き、低く答える。
「……ああ」
崇雅の声は淡々としていたが、心の奥では確かな苛立ちがくすぶっていた。
「……すまない。俺のせいだ」
崇徳の低い声に、崇雅は思わず眉を上げる。
「……兄さんの?」
「詳しくは会って話す。……週末、少し時間をもらえないか?」
崇雅は短く考え、すぐに答えた。
「日曜の昼なら空いてる。場所は?」
「うちのホテルラウンジでいいか? 静かな個室を押さえておく」
「わかった。時間は、また連絡してくれ」
そこまで話して、崇雅はふと視線を落とし、少しだけ迷いながら、静かに口を開く。
「……兄さん。日曜、澪を連れて行っていいか」
「……澪さん?」
「俺の恋人だ。兄さんには、いずれ紹介したいと思っていた」
一瞬、受話口の向こうが静まり返る。
やがて――ふっと、小さく笑う声。
「……珍しいな。お前から“紹介したい”なんて言葉が出るとは思わなかった」
「俺も、そう思ってた。でも、今はそうしたいと思った。彼女と一緒に会いたい」
「……わかった。構わないよ。澪さんにもよろしく伝えてくれ」
「ありがとう、兄さん」
通話を終えると、崇雅はスマホをテーブルに置き、ゆっくりと目を閉じた。
日曜の昼。兄と澪が交差する日。
どんな形になっても、もう隠すつもりはなかった。
彼の中では、とっくに答えは出ていた。
バスルームから戻った澪の髪を乾かし終えると、崇雅は片付けを済ませて彼女の隣に腰を下ろした。
澪はお茶を飲みながら、柔らかく笑っていたが、その様子に静かに問いかける。
「……澪。日曜、予定あるか?」
突然の問いに、澪は顔を上げた。
「え……? いえ、特にはないです。どうかしました?」
崇雅はしばし黙り、視線をまっすぐに澪へ向ける。
「兄に会うことになった。……この前、父が訪ねてきた件で、兄が話したいことがあるらしい」
その名前に、澪の表情が少しだけ緊張を帯びる。
「……そうなんですね」
「場所は、東條グループのホテルラウンジ。静かな場所で話したいそうだ」
そこまで話して、崇雅は澪の手をそっと取る。
「澪も、一緒に来てほしい。……兄に、恋人として紹介したい」
その言葉に、澪の目が大きく見開かれる。
「……わたし、が……?」
「兄には、ちゃんと話してある。連れて行くことも了承済みだ」
崇雅は手を伸ばし、澪の左手をそっと取った。
「無理にとは言わない。でも、俺は——澪を誰にだって、胸を張って紹介したい」
その言葉が、澪の胸にまっすぐに届く。
少し前の自分なら戸惑っていたかもしれない。
でも今は——崇雅の隣で、彼に包まれるように日々を過ごしてきた。
「……わかりました、行きます。崇雅さんの隣に、ちゃんと立てるように……頑張ります」
澪の返事に、崇雅は静かに目を細めてうなずいた。
ほんの少し手を強く握り返した澪に、崇雅はその手を引き寄せ、指先に軽く口づけた。
何も言わずに。
ただその仕草だけで、「大丈夫」と伝えているようだった。
その夜、崇雅が入浴中。
澪は寝室のクローゼットをそっと開け、中の服を見渡す。
(……日曜に会うって言ってたけど、こういうときの服、持ってきてない……)
クローゼットに並ぶのは通勤用のブラウスやカーディガン、スラックスばかり。
どれも実用的なものばかりで、「きちんと紹介される立場」として相応しいとは言いがたい。
(仕事着でも問題ないかもだけど……せっかくなら、ちゃんとした服で行きたい。最低限の礼儀として)
兄に紹介してくれるという崇雅の気持ちに、きちんと応えたい。
なのに、手元に「これ」と思える服がない、なんて——
「……どうしよう」
ぽつりとこぼれた小さな声が、夜の静けさに吸い込まれていった。
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