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第72話・未来を共に歩くために
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日曜の午後。
13時を少し前に、崇雅の車が東條グループ系列のホテルに到着した。
品のある外観と格式ある佇まい。
何度か通ったことのあるビジネス利用のホテルとは明らかに空気が違った。
「……緊張してきました……」
隣でそう呟いた澪の手を、崇雅がそっと握る。
「大丈夫だ。何があっても、俺が隣にいる」
その言葉だけで、不安が少し和らいだ気がした。
ホテルのラウンジに入り、受付で名前を告げると、スタッフが丁寧な所作でふたりを個室へと案内した。
「東條様より、13時にご予約を頂戴しております」
その言葉に、澪は自然と背筋を伸ばす。
通された個室は、大きな窓から光が差し込む落ち着いた空間だった。
中にはすでにひとりの男性が座っていた。
東條崇徳。
崇雅の兄であり、東條グループ本家の長男。
崇徳は、ふたりに気づくとすっと立ち上がり、微笑を浮かべて頭を下げた。
「来たか、崇雅。……そして、君が澪さんだね」
「初めまして。結城澪と申します……本日は、お時間をいただきありがとうございます」
澪は丁寧に頭を下げた。
内心の緊張が手に伝わるのを、自分でもはっきり感じていた。
しかし、崇徳の表情には敵意も探るような視線もなく、むしろどこか申し訳なさそうな柔らかさを含んでいた。
「こちらこそ……お休みの日に無理を言って来てもらって申し訳ない。
気を張らず、楽にしてくれていいよ。
家の話なんて、気楽に聞けることじゃないから」
優しい声音に、澪は少し肩の力が抜けた。
崇雅は無言で澪の隣に腰を下ろし、兄と向き合うように静かに座った。
「で、……本題は?」
崇徳は一瞬目を伏せた後、ゆっくりと語り始める。
「この前、父さんが突然、志帆さんを連れてそっちに押しかけたって聞いて……本当に、申し訳なかった。あれは、完全に俺の件が原因だった」
崇雅は少しだけ眉をひそめたが、口を挟まずに聞いていた。
その無言の圧を感じ取りながらも、崇徳は真っ直ぐに話を続ける。
「……実は、離婚したんだ。もう正式に手続きも終わってる。……原因は、妻の不倫だった」
崇徳の声音に怒気はなかった。むしろ、淡々としていた。
「もともと政略的な結婚だ。……お互い、興味も感情も最初からなかった。
俺は正直、不倫されてもどうでもよかった。
外で男を作ろうが、家の中が荒れなきゃそれでいいと思ってた」
「……」
「でも問題は——子どもだった」
崇雅の目がわずかに動く。
澪も、崇徳の言葉の続きを思わず待っていた。
「……あの子が、俺の息子じゃなかった。
母さんが妻の不倫に気づいて、すぐにDNA鑑定を手配したらしい。
結果が出たその日のうちに、母さんが激怒して——離婚話が一気に進んだ」
静まり返った室内に、コト、と誰かのカップを置く小さな音が響いた。
「東條の血を引いていない子を“跡継ぎ”として育てていたってのが、家に泥を塗ったってさ。……母さんの言葉をそのまま借りれば、な」
どこか乾いた笑いが漏れるが、誰もそれに乗ることはできなかった。
「俺も39になって、子どもも家も全部リセットされた。跡継ぎもいない。そうなれば——次は、崇雅だ」
「……」
「父さんが志帆さんを連れて急にそっちに行ったのは、それが理由だよ。俺が“ダメだった”からだ。……すまない」
崇雅はしばらく無言だった。
それでも、崇徳は続けた。
「……志帆さんには後で聞いた。付き合ってる相手がいるらしい。
でも東條家からの要請は断れなかったそうだ。……とりあえず会って、崇雅に納得してもらえるよう説得して断るつもりだったって」
「……あの場では、何も言わなかったな」
「父さんが前に出すぎて、話せる空気じゃなかったんだろう。
志帆さんも、被害者だ。もちろん、お前と澪さんも含めてな」
崇徳の目が澪へ向けられる。
その瞳に敵意はなく、むしろ深い後悔と謝罪の色がにじんでいた。
「……俺の家庭の崩壊が、全部連鎖した。すまない。巻き込むつもりはなかったんだ」
崇雅は目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「……事情はわかった。それでも、俺は俺の人生を選ぶ」
その一言に、崇徳はわずかに口角を上げた。
「それが、お前らしいな」
彼は静かにうなずき、そして澪の方をまっすぐに見て言った。
「澪さん——どうか、崇雅のそばにいてやってください。こいつ、不器用で無愛想だけど、本当は……情に厚いから」
驚いたように視線を交わした澪は、すぐに小さくうなずいた。
「……はい。承知しています」
13時を少し前に、崇雅の車が東條グループ系列のホテルに到着した。
品のある外観と格式ある佇まい。
何度か通ったことのあるビジネス利用のホテルとは明らかに空気が違った。
「……緊張してきました……」
隣でそう呟いた澪の手を、崇雅がそっと握る。
「大丈夫だ。何があっても、俺が隣にいる」
その言葉だけで、不安が少し和らいだ気がした。
ホテルのラウンジに入り、受付で名前を告げると、スタッフが丁寧な所作でふたりを個室へと案内した。
「東條様より、13時にご予約を頂戴しております」
その言葉に、澪は自然と背筋を伸ばす。
通された個室は、大きな窓から光が差し込む落ち着いた空間だった。
中にはすでにひとりの男性が座っていた。
東條崇徳。
崇雅の兄であり、東條グループ本家の長男。
崇徳は、ふたりに気づくとすっと立ち上がり、微笑を浮かべて頭を下げた。
「来たか、崇雅。……そして、君が澪さんだね」
「初めまして。結城澪と申します……本日は、お時間をいただきありがとうございます」
澪は丁寧に頭を下げた。
内心の緊張が手に伝わるのを、自分でもはっきり感じていた。
しかし、崇徳の表情には敵意も探るような視線もなく、むしろどこか申し訳なさそうな柔らかさを含んでいた。
「こちらこそ……お休みの日に無理を言って来てもらって申し訳ない。
気を張らず、楽にしてくれていいよ。
家の話なんて、気楽に聞けることじゃないから」
優しい声音に、澪は少し肩の力が抜けた。
崇雅は無言で澪の隣に腰を下ろし、兄と向き合うように静かに座った。
「で、……本題は?」
崇徳は一瞬目を伏せた後、ゆっくりと語り始める。
「この前、父さんが突然、志帆さんを連れてそっちに押しかけたって聞いて……本当に、申し訳なかった。あれは、完全に俺の件が原因だった」
崇雅は少しだけ眉をひそめたが、口を挟まずに聞いていた。
その無言の圧を感じ取りながらも、崇徳は真っ直ぐに話を続ける。
「……実は、離婚したんだ。もう正式に手続きも終わってる。……原因は、妻の不倫だった」
崇徳の声音に怒気はなかった。むしろ、淡々としていた。
「もともと政略的な結婚だ。……お互い、興味も感情も最初からなかった。
俺は正直、不倫されてもどうでもよかった。
外で男を作ろうが、家の中が荒れなきゃそれでいいと思ってた」
「……」
「でも問題は——子どもだった」
崇雅の目がわずかに動く。
澪も、崇徳の言葉の続きを思わず待っていた。
「……あの子が、俺の息子じゃなかった。
母さんが妻の不倫に気づいて、すぐにDNA鑑定を手配したらしい。
結果が出たその日のうちに、母さんが激怒して——離婚話が一気に進んだ」
静まり返った室内に、コト、と誰かのカップを置く小さな音が響いた。
「東條の血を引いていない子を“跡継ぎ”として育てていたってのが、家に泥を塗ったってさ。……母さんの言葉をそのまま借りれば、な」
どこか乾いた笑いが漏れるが、誰もそれに乗ることはできなかった。
「俺も39になって、子どもも家も全部リセットされた。跡継ぎもいない。そうなれば——次は、崇雅だ」
「……」
「父さんが志帆さんを連れて急にそっちに行ったのは、それが理由だよ。俺が“ダメだった”からだ。……すまない」
崇雅はしばらく無言だった。
それでも、崇徳は続けた。
「……志帆さんには後で聞いた。付き合ってる相手がいるらしい。
でも東條家からの要請は断れなかったそうだ。……とりあえず会って、崇雅に納得してもらえるよう説得して断るつもりだったって」
「……あの場では、何も言わなかったな」
「父さんが前に出すぎて、話せる空気じゃなかったんだろう。
志帆さんも、被害者だ。もちろん、お前と澪さんも含めてな」
崇徳の目が澪へ向けられる。
その瞳に敵意はなく、むしろ深い後悔と謝罪の色がにじんでいた。
「……俺の家庭の崩壊が、全部連鎖した。すまない。巻き込むつもりはなかったんだ」
崇雅は目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「……事情はわかった。それでも、俺は俺の人生を選ぶ」
その一言に、崇徳はわずかに口角を上げた。
「それが、お前らしいな」
彼は静かにうなずき、そして澪の方をまっすぐに見て言った。
「澪さん——どうか、崇雅のそばにいてやってください。こいつ、不器用で無愛想だけど、本当は……情に厚いから」
驚いたように視線を交わした澪は、すぐに小さくうなずいた。
「……はい。承知しています」
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