【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

文字の大きさ
109 / 168

幕間・離れていても、心はちゃんと隣に

しおりを挟む
朝の光が差し込む部屋。
ベッドの右側はぽっかりと空いていた。

「……あ、そっか。今日から出張だったっけ」

まだ少し眠気の残る頭で、澪はシーツの温もりを探すように手を伸ばす。

すでに崇雅の姿はなく、代わりにリビングのテーブルには、丁寧に折り畳まれた紙と、小さなタッパーが置かれていた。

『朝ごはんはサンドイッチとスープ。
昼は何か買って食べて。明日帰る時に連絡する』

(……仕事前に用意してくれたの…?…)

苦笑しながら澪はキッチンへ向かい、温めたスープを啜った。
そしてふと思い出す。

「……電車、久しぶりだな……」

出社準備を整えて、玄関でパンプスを履く。
いつもは隣にいる崇雅の姿がないだけで、なんだか家が広く感じた。


昼。
久しぶりの満員電車で朝からすでにぐったり気味の澪。
午前の会議を終え、パソコンに向かいながらも、ふと部長席に目をやる癖が抜けない。

(……いつもだったらそこにいて、静かに見てくれているのに……)

崇雅の存在が、仕事中にどれだけ支えになっていたかを実感する。
昼食はおにぎりでさっと済ませ、午後の業務に集中するものの、ふとした瞬間に恋しさが滲み出ていた。


夜。
(……疲れた)

帰宅して家の玄関を開けた瞬間、ため息が漏れる。
暗い室内のスイッチを入れて、いつものダイニングにバッグを置く。

「お風呂……先に入ろうかな……」

シャワーを浴び、ドライヤーをかけたあと、澪は寝室でごそごそとクローゼットを開ける。
選んだのは、崇雅の部屋着で淡いグレーのシャツ。

袖を通した瞬間、ふわっと鼻先に残る柔らかな香りに胸がきゅっとなる。

(……ちょっとだけ、だから)

ベッドに横になりながらスマホを握る。
画面には“崇雅”の名前。

数コールのあと、いつもの低く穏やかな声が聞こえてきた。

「澪、お疲れ。……疲れてないか?」

「ううん、大丈夫です。……でも、ちょっとだけ寂しいかも」

「俺も。……明日、帰るから」

言葉を交わすたび、胸が温まっていく。
目を閉じながら、澪はふっと微笑んだ。

「……もうちょっとだけ、声聞いててもいいですか?」

「ああ。寝落ちするまで、話してやる」

そうして、澪は崇雅の穏やかな声を聞きながら、澪は静かに目を閉じた。


翌日、夜。
仕事を終えた澪は、夕食とシャワーを済ませたあと、昨日勝手に引っ張り出してしまった崇雅のシャツに袖を通した。
大きめのシャツに包まれたまま、ふう、と小さく息を吐いてソファに横になる。

(……今日は、あと少しで会える……)

テレビもつけず、スマホも見ずに、ただリビングの照明の下、彼のことを思いながらまどろむ時間。
気がつけば、澪はそのまま眠りに落ちていた。

22時過ぎ。
玄関の扉が静かに開く。
出張先から戻った崇雅が帰宅し、玄関でネクタイを緩めながら「ただいま」と呟いた。

リビングの灯りはついたまま。
けれど、部屋には誰の気配もない。
首を傾げながら部屋を見渡し、ふと視線を落とすと――。

「……澪」

ソファに、自分のシャツを着たまま、膝を抱えるように眠っている澪の姿があった。
細い肩がシャツに埋もれ、胸元も裾もぶかぶかだ。
少しでも動けば、太ももが露わになる危うい格好だった。

崇雅は無言で近づき、そっとしゃがみ込む。

「……俺の服、勝手に……」

そう呟きながらも、目元は甘く緩んでいた。
自分のシャツに包まれて眠る澪が、愛おしくて仕方ない。
その手がそっと澪の頬に触れたとき、彼女がうっすらと瞼を開けた。

「……ん……たか……まさ…さ…?」

「帰ったよ、澪」

眠たげな瞳で見上げながら、澪がふにゃりと笑う。

「……おかえりなさい……」

その一言に、崇雅の心はあたたかく満たされる。
「ほら、ベッド行こう」と小さく声をかけ、澪の体をそっと抱き上げた。


澪を寝室に運び、そっとベッドに寝かせる。
彼女は無防備な寝姿のまま、彼の枕をぎゅっと抱きしめていた。

「……やれやれ。俺の枕、取られたな」

くすりと笑いながら、崇雅は布団をそっと掛け、代わりに澪の枕を使うことに決める。
シャワーを浴び、髪を乾かし終えると、彼もようやくベッドに戻ってきた。

布団に身を沈めたその瞬間だった。
崇雅の気配に気づいたのか、澪がふわりと身体を寄せてくる。

「……たか……まさ…さん…」

微睡みの中で呟かれたその声に、崇雅は優しく澪を抱きしめた。

「寂しかった?」

問いかけに、澪は小さくうなずく。

「……すごく……」

「……俺もだ」

額にそっと唇を落とし、彼女の体温を感じながら、崇雅も目を閉じた。
――やっぱり、帰る場所はここしかない。

腕の中の澪の存在が、それを確かに教えてくれる夜だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...