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第59話・静かなる産後と家族の訪れ
「……おぎゃあ、あ……おぎゃあっ……!」
赤ちゃんの産声が分娩室に響いたあと、
詩織の時間はゆっくりと、けれど確かに動き続けていた。
小さな命を抱いたまま、詩織は涙も声も出ないまま、ただその温かさを感じていた。
怜司がそっと手を握り、額にキスを落とす。
それだけで、言葉なんて必要なかった。
赤ちゃんが新生児室へと運ばれたあと、
詩織は処置を受け、分娩台の上でそのまま安静にすることとなった。
「お母さん、もうしばらくこのままで休んでくださいね。出血やお身体の状態を確認しますので」
医師と看護師が穏やかな口調で説明しながら、片づけと確認作業を進めていく。
怜司は詩織の隣に座り続け、
何も言わず、ただ彼女の手を包み、背中を支えるように寄り添っていた。
「……詩織」
「……はい」
かすかに返事が返る。
目はほとんど閉じていたが、意識はまだはっきりしていた。
「……よく頑張った」
「……怜司さんが……ずっとそばにいてくれたから……」
ぽつりとこぼれたその声に、怜司の胸がきゅっと締めつけられる。
(守ると決めた。この命も、この手も、全部)
安静の時間を終える頃、看護師が静かに言った。
「それでは、病室へ移動しましょう。車椅子をお持ちしますね」
「……はい……」
詩織はかすかに頷いたものの、自分の脚が震えているのを感じていた。
全身に疲労が蓄積していて、立ち上がる力など残っていない。
看護師が準備した車椅子にそっと乗せられ、
怜司がその隣を一歩ずつ静かに歩く。
「もうすぐ、ベッドでゆっくり休める。……もう少しだけ頑張れ」
「……怜司さん……ありがとう……」
車椅子が病室に入ると、看護師が手際よくベッドへと詩織を移し、優しく毛布をかけてくれた。
詩織の目はすでに閉じかけていて、そのまま静かに深い眠りへと落ちていった。
怜司は傍らの椅子に腰を下ろし、ただ黙ってその寝顔を見守っていた。
数時間後、逢坂と九条、両家の家族が病院に到着した。
怜司は応接室で彼らを出迎え、静かに伝える。
「詩織は今、ぐっすり眠っています。今日は面会は難しいと思います」
九条の母が「まあ……」と口に手を当て、
逢坂の父は「それが当然だな。無理はさせられん」と頷いた。
「……孫の顔だけでも見られるか?」
九条の父のその言葉に、怜司は頷いた。
「新生児室でガラス越しになりますが、案内します」
新生児室。
ガラス越しに眠る小さな命に、四人の視線が注がれる。
「……可愛いわね」
ぽつりと呟いたのは九条の母だった。
「……詩織に似ているな。泣き顔も、赤ちゃんの頃の彼女そっくりだ」
九条の父の言葉に、逢坂父が静かに頷く。
「顔立ちに少しだけ、怜司の幼い頃の面影もある」
誰もが、その新しい命に目を細め、
そして口には出さずとも――深い安堵と喜びを噛みしめていた。
病室に戻った怜司は、まだ眠る詩織の傍に座り、
そっとその髪を撫でながら囁く。
「……ありがとう、詩織。君が命を繋いでくれた。大丈夫。もう何も怖くない」
詩織の指が、ほんのわずかに動いた。
眠ったまま、怜司の方へ手を伸ばすように。
怜司はその手を取り、ぎゅっと包み込んだ。
夜は静かで、あたたかかった。
命の誕生の翌日――家族の絆が、確かにひとつ強くなっていた。
赤ちゃんの産声が分娩室に響いたあと、
詩織の時間はゆっくりと、けれど確かに動き続けていた。
小さな命を抱いたまま、詩織は涙も声も出ないまま、ただその温かさを感じていた。
怜司がそっと手を握り、額にキスを落とす。
それだけで、言葉なんて必要なかった。
赤ちゃんが新生児室へと運ばれたあと、
詩織は処置を受け、分娩台の上でそのまま安静にすることとなった。
「お母さん、もうしばらくこのままで休んでくださいね。出血やお身体の状態を確認しますので」
医師と看護師が穏やかな口調で説明しながら、片づけと確認作業を進めていく。
怜司は詩織の隣に座り続け、
何も言わず、ただ彼女の手を包み、背中を支えるように寄り添っていた。
「……詩織」
「……はい」
かすかに返事が返る。
目はほとんど閉じていたが、意識はまだはっきりしていた。
「……よく頑張った」
「……怜司さんが……ずっとそばにいてくれたから……」
ぽつりとこぼれたその声に、怜司の胸がきゅっと締めつけられる。
(守ると決めた。この命も、この手も、全部)
安静の時間を終える頃、看護師が静かに言った。
「それでは、病室へ移動しましょう。車椅子をお持ちしますね」
「……はい……」
詩織はかすかに頷いたものの、自分の脚が震えているのを感じていた。
全身に疲労が蓄積していて、立ち上がる力など残っていない。
看護師が準備した車椅子にそっと乗せられ、
怜司がその隣を一歩ずつ静かに歩く。
「もうすぐ、ベッドでゆっくり休める。……もう少しだけ頑張れ」
「……怜司さん……ありがとう……」
車椅子が病室に入ると、看護師が手際よくベッドへと詩織を移し、優しく毛布をかけてくれた。
詩織の目はすでに閉じかけていて、そのまま静かに深い眠りへと落ちていった。
怜司は傍らの椅子に腰を下ろし、ただ黙ってその寝顔を見守っていた。
数時間後、逢坂と九条、両家の家族が病院に到着した。
怜司は応接室で彼らを出迎え、静かに伝える。
「詩織は今、ぐっすり眠っています。今日は面会は難しいと思います」
九条の母が「まあ……」と口に手を当て、
逢坂の父は「それが当然だな。無理はさせられん」と頷いた。
「……孫の顔だけでも見られるか?」
九条の父のその言葉に、怜司は頷いた。
「新生児室でガラス越しになりますが、案内します」
新生児室。
ガラス越しに眠る小さな命に、四人の視線が注がれる。
「……可愛いわね」
ぽつりと呟いたのは九条の母だった。
「……詩織に似ているな。泣き顔も、赤ちゃんの頃の彼女そっくりだ」
九条の父の言葉に、逢坂父が静かに頷く。
「顔立ちに少しだけ、怜司の幼い頃の面影もある」
誰もが、その新しい命に目を細め、
そして口には出さずとも――深い安堵と喜びを噛みしめていた。
病室に戻った怜司は、まだ眠る詩織の傍に座り、
そっとその髪を撫でながら囁く。
「……ありがとう、詩織。君が命を繋いでくれた。大丈夫。もう何も怖くない」
詩織の指が、ほんのわずかに動いた。
眠ったまま、怜司の方へ手を伸ばすように。
怜司はその手を取り、ぎゅっと包み込んだ。
夜は静かで、あたたかかった。
命の誕生の翌日――家族の絆が、確かにひとつ強くなっていた。
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