顔がイイだけのチャラ男なんて、大嫌いです! 〜カタブツ営業職女子が、美貌の新入社員に堕ちるまで〜

冬島六花

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第4章 彼の成長、暴かれる秘密

4.4.記録された音声★(3,061字)

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 緊迫した空気の中、ICレコーダーから流れる音声は容赦なく続いていた。

『ほら、沙月さん、俺にお願いしてください……俺を満足させるくらい、ちゃんとお願いできるまで……ご褒美は、お預けですよ?』
『お願い……私のエッチな×××に、絢斗くんの硬い×××、挿れて……』

 絢斗の煽る声に、沙月が甘く懇願する。
 そして、二人の肉体が激しく交わる湿った音と喘ぎ声が、四人のいるリビングに響き渡る。

『あぁっ……イクっ……絢斗くん……!』
『……沙月さん、俺も……っ!』

 パチュン、パチュン。
 湿った肉音が響けば、沙月の脳裏が赤裸々な記憶に塗り替えられていく。

(やめて……もうやめて)

 顔から血の気が引いていくのがわかる。
 羞恥、恐怖、悔しさ――あらゆる感情が胸をかき乱し、沙月は呼吸すらままならなかった。

「これ……たしかに、沙月と絢斗くんの声……よね?」

 敦子が驚愕と困惑の入り混じった目で沙月を見る。

「葛西課長……どうしてこんな音声を……? 一体、どこで……?」

 敦子の問いに、葛西課長は冷えた目で笑い、平然とした口調で答えた。

「どこって? 最初から最後まで。音声も録ったし、僕自身も物陰から、しっかりとこの目で見届けたよ。張ってたからね、君たちを」

 その言葉に、部屋の空気が一気に凍りついた。

(……嘘。そんな……全部、見られてたの?)

 あの夜の愛撫も、喘ぎも、甘いささやきも――葛西課長に、見られていた。
 心の奥で何かが崩れる音がした。

(もう、終わった……)

 穴があったら入りたい。いや、地中深く埋もれて消えてしまいたい。
 羞恥と罪悪感が怒涛のように押し寄せ、呼吸が浅くなる。

「マジすか……課長に、あれ全部……?」

 絢斗が小さな声で呟き、顔を蒼白にして肩を落とす。

 沙月はもう耐えきれなかった。
 握っていた拳をほどき、ソファから降りて、その場に膝をつく。

「葛西課長……謝らせてください」

 そして、ゆっくりと額を床に落とした。

 土下座。

 額がひんやりとした床に触れ、汗ばんだ髪が頬に張りつく。
 涙が今にも零れそうで、必死に唇を噛みしめる。

(ごめんなさい。全部……私のせい)

「……嘘をついて、本当に申し訳ありませんでした」

 掠れた声で懺悔する。
 頭を下げたまま、どうか許されることなどないとわかっていながら、それでも謝るしかなかった。

(私が絢斗くんを守りたかった。それだけ。でも、結局……こんな形で、すべてを壊してしまった)

 葛西課長は、沙月の頭越しにじっと彼女を見下ろす。
 やがて、長く深い溜め息をひとつ。

「……沙月さん。君には失望したよ。仕事では優秀だったのに、こんな形で裏切られるとは……」

 その声は怒りよりも、深い悲しみに満ちていた。
 ICレコーダーを静かに手に取り、スーツのポケットにしまう。

「沙月、そんな……顔を上げてよ」

 敦子が慌てて駆け寄るが、沙月は動けなかった。
 手も、声も、出せない。

(もう、立ち上がる資格すらない)

「……俺のせいっす。全部……俺が悪かった。すみませんでした」

 絢斗が頭を下げ、ふたたび沈黙が部屋を包む。

 空調の音だけが、虚しく響く。
 土下座する沙月の背中に、信頼と絆の崩壊の音が、重くのしかかっていた。

(もう、戻れない)

 どれだけ言葉を尽くしても、この夜が焼きつけた現実は消えない。
 あの夜の愛が、こんなにも冷たく、自分たちを追い詰めることになるなんて――。
 しばらくの間、沈黙が部屋を支配する。
 ICレコーダーの音声が止まってから、部屋の空気は最悪だ。
 その中で、敦子が静かに、けれど確信を孕んだ声で口を開いた。

「あの……差し出がましいことを言うようですが……これって最初から、葛西課長の仕組んだことじゃないですか?」

 言葉は静かだったが、空気を切り裂くような鋭さを持っていた。
 沙月と絢斗が、ハッとして同時に敦子を見つめる。

(なに……? 今、なんて……?)

 葛西課長は眉を上げ、低く問い返す。

「どういうことだ? 僕は圧倒的に、100%の被害者だろう?」

 口調は冷静。けれど、どこか動揺を隠しているような、余裕を演じているような雰囲気にも見える。
 敦子は少しおずおずとしながらも、ゆっくりと言葉を重ねた。

「……人事部では有名なんですよ。葛西課長が未だに独身なのは、〝NTR《寝取られ》〟あるいは〝寝取らせ〟の趣味があるからだって。つまり、部下の女性に手を出しつつ、わざと若い男性を近づけて寝取らせて……そういうのを楽しんでるんだって」

 言葉の最後に、かすかに震えが混じる。
 でも、それは怯えではなく、事実を明かす覚悟の揺らぎだった。

(そんな……嘘でしょ?)

 沙月は土下座したままの体勢から、驚愕のあまり顔を上げた。
 頭の中で、過去の出来事が点と点をつなぐように浮かび上がっていく。

 絢斗の配属。自分への急接近。展示会での二人きりの時間。
 あの夜。
 そして、あまりに用意周到だった録音――。

(まさか……全部、最初から……?)

「え、マジすか? 課長が寝取られ好き……?」

 絢斗の戸惑いの声が漏れる。
 葛西課長は一瞬、表情を崩しそうになるが、すぐに作ったような微笑みで打ち消す。

「えーっと……東雲敦子さん。そんな根も葉もない噂を真に受けるのか? 僕はただ、部下の不適切な行動を是正しようとしただけだ。……NTR趣味? 何をそんな、馬鹿なことを……」

 冷静な否定。けれどその声には、どこか芝居じみた余韻があった。

(……寝取られ? 寝取らせ? そんなの、よくわからないし、信じられない。……でも、そうだとしたら、合点がいく……?)

 沙月は拳を膝に置いたまま、揺れる心を抑えきれず、葛西課長に問いかける。

「葛西課長。もしかして……本当なんですか? 私と絢斗くんがこうなるのを……最初から、見越してたんですか?」

 声は震えていた。でも、問いの核心は、怒りでも悲しみでもなく、真実を知りたいという気持ちだった。
 葛西課長は一瞬、沙月を見つめたまま言葉を失い、やがて小さく息を吐く。

「……沙月さん。君がそう思うなら、そういう見方もできるかもしれないな」

(……ごまかしてる。はぐらかしてる)

 その言葉に、沙月の胸がぎゅっと締めつけられた。

「だけど……僕が君を愛していたのは、本当だ。それだけは信じてくれ」

 静かな声。その響きは、どこか哀しげだった。

(愛……? これが、愛?)

 言われて、胸の奥がざわめく。
 でもそれは、ときめきでも、優しさでもなく――混乱と疑念の渦だった。

「沙月、大丈夫?」

 敦子がそっと肩に手を添えてくる。でも、沙月は何も言えなかった。
 感情の整理が追いつかない。

「……もし、東雲さんの言う、葛西課長の寝取られ趣味が本当だったとしたら……俺ら、課長の掌で転がされてたってことですか?」

 絢斗の声が、重く響く。
 怒りよりも、裏切られた虚無が滲んでいた。

 誰も、すぐには口を開けなかった。
 部屋の空調の音だけが、沈黙の隙間を埋めるように淡々と流れている。

(信じられない。葛西課長のこと、信じてたのに……いや、それを責めるのはおかしいか。私は、私の意志で、絢斗くんに堕ちてしまったのだもの)

 沙月の視線が、テーブルの上にあったICレコーダーのあった場所に落ちる。
 そこにはもう何もない。けれど、たしかに残っている。
 あの音声も、あの夜も。
 そして、誰が誰をどう〝利用〟していたのかという、冷たい問いも。
 物語は、予想もしなかった暗い回廊へと足を踏み入れようとしていた。
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