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第5章 真実の愛を知って【完】
5.1.絢斗の秘密★(3,991字)
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アルコールとともに惣菜やスナック菓子、つまみを二人で楽しんでいると、徐々にリラックスしてきた。
葛西課長に突きつけられた音声により、暴かれた二人の情事――思い出して痛む胸は、アルコールが癒やしてくれる。
「そうだ、沙月さん、俺からのプレゼントがあるんです」
そう言って絢斗がそっと差し出したのは、上品な艶と淡いラメが美しい、ネイルカラーの小瓶だった。
見慣れたロゴ。けれど、どこか見慣れない色味。
「えっ、これ……!」
沙月の瞳が丸くなる。
(これ、私がいつも愛用してる〝シャン・ド・ベ〟の……海外限定品?)
ラベルの表記に目をこらし、指が震える。間違いない。日本語では〝ベリー畑〟を意味する、美しくてキュートなブランドロゴ。フランスから世界に展開するコスメティックブランドだ。
さらにいえば、この色は昨年の秋冬限定で、パリ本店のみで販売されたモデル。国内では手に入らず、沙月もネットで見つけてはため息をついていた逸品だった。
「どうして、これ……絢斗くんが持ってるの?」
絢斗は少し照れくさそうに笑って、肩をすくめる。
「家族がね、輸入商社をやってるんです。コスメの代理店も兼ねてて。……沙月さんがこのブランドよく使ってるの、知ってたから。特別に手配してもらいました」
「えっ……?」
(待って、それって……)
沙月の胸がドクンと鳴る。絢斗の言葉が意味するものは、単なる〝家族のツテ〟を超えていた。
そのコスメブランドの国内正規代理店――それは、沙月の会社が長年、事務機器リース取引をしている、大手の専門商社だった。
「あなた、まさか」
彼の目を覗き込むと、絢斗は苦笑いを浮かべながら、優しく頷いた。
「はい。たぶん、沙月さんの想像通りです。うちの会社と、御社とは昔からの取引先で……俺、社会人修行のために、そっちに入社させてもらってるんです。カッコ悪いんですけど……いわゆる、縁故入社ってやつです」
「……そうだったのね」
(合点がいったわ。部長が私をメンターに指名したときの、どこか投げやりな態度。周りから浮いていた、あの新人研修。なのに不器用で、本気の勤務態度)
点と点が、線になって繋がっていく。
けれど、それでもなお、沙月の胸には不思議な温かさが広がっていた。
(一般的な会社員とは違う、遠い人。のはずなのに……今は近くて、愛しくてたまらない)
絢斗の指が、沙月の髪にそっと触れる。まるで、何も変わらないよ、と語りかけるように。
「隠してて、すみません。おそらく、葛西課長が俺をターゲットにしたのも、縁故入社だったからというのも理由だと思うんです。嫉妬半分、そして、あわよくば俺の弱みを握ってやろうっていう……俺の実家、事業は上手くいってて、いろんな人から恨みを買っているみたいですから。葛西課長も、社内政治で大変らしいですし……つまり、沙月さんは巻き込まれたってわけです」
真っ直ぐな瞳が、彼女を見つめていた。
「絢斗くん、それはあなたが謝ることじゃない。……いいのよ、これからは堂々と会社で手をつないで歩きましょう。見せつけてあげるのよ! そもそも、就業規則に定められた時間は過ぎてるんだから、ラブホや会議室でセックスしたって、そこまで問題じゃないわ」
「……さすが沙月さん、俺の最強のメンターっすね」
沙月の言葉に、絢斗はキラキラと瞳を輝かせる。
そっと、微笑む。静かにうなずく。
「ありがとう。このネイルも、絢斗くんの言葉も……私にとっては最高のプレゼントだわ」
沙月は、小さなネイルボトルを両手で包み込み、そっと胸元に抱きしめた。
(どんな秘密よりも、どんな立場よりも……私は絢斗くんの心が欲しかった)
二人きりになったリビングに、柔らかな沈黙が落ちる。
絢斗はソファに腰掛けたまま、視線をキッチンカウンターへ向けた。コンビニのレジ袋の端からのぞくコンドームのパッケージが、蛍光灯の光を受けてわずかに揺れる。
「ところで、沙月さん……あの、今夜って……どうします?」
そっと差し出された問いは、決して強引ではなかった。ただ、彼の奥にある情熱が、少し震えた声に宿っている。
(さっきまで、修羅場だったけれど……それでも)
沙月の心臓が高鳴り、胸の奥がきゅっと疼く。
誰かに見られていた、録音されていた――そんな屈辱の記憶のはずなのに、不思議と絢斗と過ごしたあの夜は、今なお甘く、身体の奥に焼きついている。
(忘れられない……絢斗くんの体温も、声も……)
絢斗が手を伸ばしてきた。彼の指がそっと沙月の顎に触れ、滑らかに頬をなぞりながら、優しく上を向かせる。
――目が、合った。
近くで見る絢斗の瞳は、ただまっすぐで、少しだけ切なげに揺れていた。
「……さっき、課長の録音を聞いて……不謹慎ですけど、余計に……沙月さんを触れたいと思ってしまいました」
静かなささやき。吐息が頬に触れるほどの距離。
絢斗の言葉は決していやらしいものではなく、恋しさの裏返しのように聞こえて――沙月の胸がじわりと熱くなる。
(こんなふうに、まっすぐ求められたら……もう抗えない)
身体の内側がゆるやかに疼き始め、太ももがわずかに擦れ合う。スーツのスカートの布が、彼女の熱をそっと閉じ込めるように絡みついてきた。
沙月は静かに手を伸ばし、絢斗の手に自分の指を重ねた。
「……私も、同じ気持ち。絢斗くんと、今夜を……過ごしたい」
そう告げた瞬間、彼の瞳がわずかに潤む。
二人の距離が、自然と近づいて――絢斗の手が腰へと伸び、沙月の背中を包むように抱き寄せた。
(絢斗くん、近い……!)
その体温は、あの夜と同じで、けれど今夜はもっと深く、あたたかかった。
「……沙月さん、俺……今度こそ、本当にあなたを大切にしたいんす」
ささやきのような言葉に、沙月はそっと頷き、彼の胸元に飛び込んだ。
(このぬくもりを……信じたい。もう二度と、疑いたくない)
絢斗の手が、首筋にかかる髪を優しく撫でる。
その仕草ひとつに、切なさと優しさが詰まっていて、思わず涙が零れそうになる。
そして、二人の唇が、そっと重なった。
焦らず、急がず、ただ互いの気持ちをたしかめるように。
「んっ……!」
柔らかくて、優しくて、少しだけ震えるキス。部屋に満ちていくのは、熱だけではない。信じ合う二人の気持ちが存在している。
(私たちは、ちゃんとここまで来た。嵐の後に、たしかな絆が残った)
まぶたを閉じ、絢斗の香りを深く吸い込む。
シトラスの香りに包まれながら、そっと耳元でささやいた。
「絢斗くん……ちゃんと、愛してね」
それは、心からの願い――そう、沙月のすべてを彼に預けるための言葉だった。
柔らかなソファに、沙月の身体が沈んでいく。絢斗の体温がふわりと覆いかぶさり、静かに彼女を包み込んだ。
耳元に、彼の吐息が触れる。
「……ねぇ、沙月さん。あの夜のこと――全部、録音されてたって知ったとき……どんな気持ちでしたか?」
その問いはいたずらめいているが、本気も感じられた。
求めているのは、ただの興奮ではない。彼女のすべて――心の奥に隠しているものまで、まるごと受け止めようとする誠実さが、その声にはあった。
(こんなふうに問われるなんて、思ってなかった……)
羞恥と戸惑いが入り混じりながらも、沙月の中にある何かが、ゆっくりとほぐれていく。
絢斗の指先が、シャツのボタンに触れる。
ひとつ、またひとつ――丁寧にほどかれていく布の隙間から、素肌がそっと現れる。
冷たい空気に触れて浮かび上がる熱。
かれど、それ以上に絢斗の視線があたたかくて、沙月の胸がじんわりと疼いた。
「恥ずかしかった。もう、穴があったら入りたいくらいに」
唇から漏れた声は震えていた。
けれど次の瞬間、自分でも驚くような言葉がついて出る。
「……でもね、正直に言うと、ゾクッとしたの。見られてたって思ったら……なぜか、熱くなっちゃって」
顔が自然と火照り、目を閉じる。
(こんなこと、どうして言っちゃうの……?)
けれど、そんな彼女の心を、絢斗は優しく、どこまでも優しく受け止めてくれる。
「そっか……俺も、同じでした。ラブホテルでの一夜の後、さらに会議室でのこともあって……もう俺、沙月さんなしでは無理です」
彼の指が、鎖骨をなぞるように滑っていく。愛おしそうに、どこまでも丁寧に。その仕草に、沙月の身体がほんの少し震えた。
(絢斗くんも、同じ気持ちでいてくれたなんて)
会議室の情事、そして録音を突き付けられた記憶がよみがえる。
けれど、今は違う。
この空間には、二人しかいない。
誰にも見られず、誰にも奪えない――自分たちだけの〝愛〟がここにある。
「絢斗くん、私ね……会議室での夜に自分の中に眠る、未知の感情に気づいたの。スリリングな状況で、逆にあなたをもっと深く感じたくなる……こんな自分がいるなんて、知らなかった」
赤く染まった頬を、絢斗の手がそっと包む。
「俺もです。……たくさん意地悪して、すみません」
二人の瞳が重なり、呼吸が静かに溶け合っていく。
唇が触れ合うその瞬間は、決して激しくない。
むしろ、そっとたしかめるような、温かな約束のようだった。
シャツが肌に擦れる音さえ、心をくすぐる旋律に思えるほどに、感覚が研ぎ澄まされていく。
彼の手が沙月の背中をなぞり、包み込むように優しく引き寄せる。
鼓動が重なる。熱が滲む。
そのすべてが〝あの夜〟の再現ではなく、〝今この瞬間の確信〟として、二人の身体に刻まれていく。
(私……この人を、こんなにも求めていたんだ)
沙月の手が、彼の背に周る。爪がシャツ越しに触れ、彼のぬくもりを刻む。
「……全部、知ってほしい。あのときの私も、今の私も」
涙が滲みそうになるのを、彼の唇がそっとぬぐってくれる。
「俺、沙月さんを……大切にします。ちゃんと、全部を」
絢斗の目が深く細められ、大きな手が沙月の胸元に伸びた。
そして、シャツのボタンをゆっくりと外していく。
葛西課長に突きつけられた音声により、暴かれた二人の情事――思い出して痛む胸は、アルコールが癒やしてくれる。
「そうだ、沙月さん、俺からのプレゼントがあるんです」
そう言って絢斗がそっと差し出したのは、上品な艶と淡いラメが美しい、ネイルカラーの小瓶だった。
見慣れたロゴ。けれど、どこか見慣れない色味。
「えっ、これ……!」
沙月の瞳が丸くなる。
(これ、私がいつも愛用してる〝シャン・ド・ベ〟の……海外限定品?)
ラベルの表記に目をこらし、指が震える。間違いない。日本語では〝ベリー畑〟を意味する、美しくてキュートなブランドロゴ。フランスから世界に展開するコスメティックブランドだ。
さらにいえば、この色は昨年の秋冬限定で、パリ本店のみで販売されたモデル。国内では手に入らず、沙月もネットで見つけてはため息をついていた逸品だった。
「どうして、これ……絢斗くんが持ってるの?」
絢斗は少し照れくさそうに笑って、肩をすくめる。
「家族がね、輸入商社をやってるんです。コスメの代理店も兼ねてて。……沙月さんがこのブランドよく使ってるの、知ってたから。特別に手配してもらいました」
「えっ……?」
(待って、それって……)
沙月の胸がドクンと鳴る。絢斗の言葉が意味するものは、単なる〝家族のツテ〟を超えていた。
そのコスメブランドの国内正規代理店――それは、沙月の会社が長年、事務機器リース取引をしている、大手の専門商社だった。
「あなた、まさか」
彼の目を覗き込むと、絢斗は苦笑いを浮かべながら、優しく頷いた。
「はい。たぶん、沙月さんの想像通りです。うちの会社と、御社とは昔からの取引先で……俺、社会人修行のために、そっちに入社させてもらってるんです。カッコ悪いんですけど……いわゆる、縁故入社ってやつです」
「……そうだったのね」
(合点がいったわ。部長が私をメンターに指名したときの、どこか投げやりな態度。周りから浮いていた、あの新人研修。なのに不器用で、本気の勤務態度)
点と点が、線になって繋がっていく。
けれど、それでもなお、沙月の胸には不思議な温かさが広がっていた。
(一般的な会社員とは違う、遠い人。のはずなのに……今は近くて、愛しくてたまらない)
絢斗の指が、沙月の髪にそっと触れる。まるで、何も変わらないよ、と語りかけるように。
「隠してて、すみません。おそらく、葛西課長が俺をターゲットにしたのも、縁故入社だったからというのも理由だと思うんです。嫉妬半分、そして、あわよくば俺の弱みを握ってやろうっていう……俺の実家、事業は上手くいってて、いろんな人から恨みを買っているみたいですから。葛西課長も、社内政治で大変らしいですし……つまり、沙月さんは巻き込まれたってわけです」
真っ直ぐな瞳が、彼女を見つめていた。
「絢斗くん、それはあなたが謝ることじゃない。……いいのよ、これからは堂々と会社で手をつないで歩きましょう。見せつけてあげるのよ! そもそも、就業規則に定められた時間は過ぎてるんだから、ラブホや会議室でセックスしたって、そこまで問題じゃないわ」
「……さすが沙月さん、俺の最強のメンターっすね」
沙月の言葉に、絢斗はキラキラと瞳を輝かせる。
そっと、微笑む。静かにうなずく。
「ありがとう。このネイルも、絢斗くんの言葉も……私にとっては最高のプレゼントだわ」
沙月は、小さなネイルボトルを両手で包み込み、そっと胸元に抱きしめた。
(どんな秘密よりも、どんな立場よりも……私は絢斗くんの心が欲しかった)
二人きりになったリビングに、柔らかな沈黙が落ちる。
絢斗はソファに腰掛けたまま、視線をキッチンカウンターへ向けた。コンビニのレジ袋の端からのぞくコンドームのパッケージが、蛍光灯の光を受けてわずかに揺れる。
「ところで、沙月さん……あの、今夜って……どうします?」
そっと差し出された問いは、決して強引ではなかった。ただ、彼の奥にある情熱が、少し震えた声に宿っている。
(さっきまで、修羅場だったけれど……それでも)
沙月の心臓が高鳴り、胸の奥がきゅっと疼く。
誰かに見られていた、録音されていた――そんな屈辱の記憶のはずなのに、不思議と絢斗と過ごしたあの夜は、今なお甘く、身体の奥に焼きついている。
(忘れられない……絢斗くんの体温も、声も……)
絢斗が手を伸ばしてきた。彼の指がそっと沙月の顎に触れ、滑らかに頬をなぞりながら、優しく上を向かせる。
――目が、合った。
近くで見る絢斗の瞳は、ただまっすぐで、少しだけ切なげに揺れていた。
「……さっき、課長の録音を聞いて……不謹慎ですけど、余計に……沙月さんを触れたいと思ってしまいました」
静かなささやき。吐息が頬に触れるほどの距離。
絢斗の言葉は決していやらしいものではなく、恋しさの裏返しのように聞こえて――沙月の胸がじわりと熱くなる。
(こんなふうに、まっすぐ求められたら……もう抗えない)
身体の内側がゆるやかに疼き始め、太ももがわずかに擦れ合う。スーツのスカートの布が、彼女の熱をそっと閉じ込めるように絡みついてきた。
沙月は静かに手を伸ばし、絢斗の手に自分の指を重ねた。
「……私も、同じ気持ち。絢斗くんと、今夜を……過ごしたい」
そう告げた瞬間、彼の瞳がわずかに潤む。
二人の距離が、自然と近づいて――絢斗の手が腰へと伸び、沙月の背中を包むように抱き寄せた。
(絢斗くん、近い……!)
その体温は、あの夜と同じで、けれど今夜はもっと深く、あたたかかった。
「……沙月さん、俺……今度こそ、本当にあなたを大切にしたいんす」
ささやきのような言葉に、沙月はそっと頷き、彼の胸元に飛び込んだ。
(このぬくもりを……信じたい。もう二度と、疑いたくない)
絢斗の手が、首筋にかかる髪を優しく撫でる。
その仕草ひとつに、切なさと優しさが詰まっていて、思わず涙が零れそうになる。
そして、二人の唇が、そっと重なった。
焦らず、急がず、ただ互いの気持ちをたしかめるように。
「んっ……!」
柔らかくて、優しくて、少しだけ震えるキス。部屋に満ちていくのは、熱だけではない。信じ合う二人の気持ちが存在している。
(私たちは、ちゃんとここまで来た。嵐の後に、たしかな絆が残った)
まぶたを閉じ、絢斗の香りを深く吸い込む。
シトラスの香りに包まれながら、そっと耳元でささやいた。
「絢斗くん……ちゃんと、愛してね」
それは、心からの願い――そう、沙月のすべてを彼に預けるための言葉だった。
柔らかなソファに、沙月の身体が沈んでいく。絢斗の体温がふわりと覆いかぶさり、静かに彼女を包み込んだ。
耳元に、彼の吐息が触れる。
「……ねぇ、沙月さん。あの夜のこと――全部、録音されてたって知ったとき……どんな気持ちでしたか?」
その問いはいたずらめいているが、本気も感じられた。
求めているのは、ただの興奮ではない。彼女のすべて――心の奥に隠しているものまで、まるごと受け止めようとする誠実さが、その声にはあった。
(こんなふうに問われるなんて、思ってなかった……)
羞恥と戸惑いが入り混じりながらも、沙月の中にある何かが、ゆっくりとほぐれていく。
絢斗の指先が、シャツのボタンに触れる。
ひとつ、またひとつ――丁寧にほどかれていく布の隙間から、素肌がそっと現れる。
冷たい空気に触れて浮かび上がる熱。
かれど、それ以上に絢斗の視線があたたかくて、沙月の胸がじんわりと疼いた。
「恥ずかしかった。もう、穴があったら入りたいくらいに」
唇から漏れた声は震えていた。
けれど次の瞬間、自分でも驚くような言葉がついて出る。
「……でもね、正直に言うと、ゾクッとしたの。見られてたって思ったら……なぜか、熱くなっちゃって」
顔が自然と火照り、目を閉じる。
(こんなこと、どうして言っちゃうの……?)
けれど、そんな彼女の心を、絢斗は優しく、どこまでも優しく受け止めてくれる。
「そっか……俺も、同じでした。ラブホテルでの一夜の後、さらに会議室でのこともあって……もう俺、沙月さんなしでは無理です」
彼の指が、鎖骨をなぞるように滑っていく。愛おしそうに、どこまでも丁寧に。その仕草に、沙月の身体がほんの少し震えた。
(絢斗くんも、同じ気持ちでいてくれたなんて)
会議室の情事、そして録音を突き付けられた記憶がよみがえる。
けれど、今は違う。
この空間には、二人しかいない。
誰にも見られず、誰にも奪えない――自分たちだけの〝愛〟がここにある。
「絢斗くん、私ね……会議室での夜に自分の中に眠る、未知の感情に気づいたの。スリリングな状況で、逆にあなたをもっと深く感じたくなる……こんな自分がいるなんて、知らなかった」
赤く染まった頬を、絢斗の手がそっと包む。
「俺もです。……たくさん意地悪して、すみません」
二人の瞳が重なり、呼吸が静かに溶け合っていく。
唇が触れ合うその瞬間は、決して激しくない。
むしろ、そっとたしかめるような、温かな約束のようだった。
シャツが肌に擦れる音さえ、心をくすぐる旋律に思えるほどに、感覚が研ぎ澄まされていく。
彼の手が沙月の背中をなぞり、包み込むように優しく引き寄せる。
鼓動が重なる。熱が滲む。
そのすべてが〝あの夜〟の再現ではなく、〝今この瞬間の確信〟として、二人の身体に刻まれていく。
(私……この人を、こんなにも求めていたんだ)
沙月の手が、彼の背に周る。爪がシャツ越しに触れ、彼のぬくもりを刻む。
「……全部、知ってほしい。あのときの私も、今の私も」
涙が滲みそうになるのを、彼の唇がそっとぬぐってくれる。
「俺、沙月さんを……大切にします。ちゃんと、全部を」
絢斗の目が深く細められ、大きな手が沙月の胸元に伸びた。
そして、シャツのボタンをゆっくりと外していく。
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