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番外編
星
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「つきあってみるか」
そう言いだしたのは俺の方だった。就職先の新人研修でタッグを組んで以来、ずっと最高の相棒である斗田月子に。
「いいかもしれない」
少し考えた後、彼女はどこか淋しげな笑みを浮かべて頷いた。
「よろしく、王子様」
王子様とは彼女がつけた俺のあだ名だ。苗字の星をかの有名な物語に繋げただけなのだが、俺の風貌が王子とは程遠いせいか、同期連中からはしばらく面白がって呼ばれていた。
かわりに俺は彼女を「お月様」に喩えた。どこかのーんとした彼女は、やはり美の女神とはイメージがかけ離れていたからだ。
いつのまにか「王子様」が星に戻っても、俺は何となくずっと「お月さん」と呼んでいる。
そんなお月さんは実はずっと辛い恋をしていた。高校生のときから好きだったというその男は、女をころころ変えるような奴で、しかもお月さんには恋愛感情が一切ないと言う。
「友人だから」
それが二人の共通認識で、お月さんは惚れた男の女遍歴を眺めながら、自分を振り返りもしない奴の隣に居続けた。
さすがにその状況が苦痛になり、大学入学を機に惚れた男の傍を離れて、他の男とつきあってみたけれど、誰とも長く続かない。
社会人になってからも同様で、相手に申し訳ないのと、惚れた男に囚われている自分に嫌気がさし、どうしたものかと悩んでいたらしい。
だから俺は冒頭の台詞を口にした。軽い気持ちで。駄目だったら今まで通りでいこうとつけ加えて。
でもOKの答えが返ってきたとき、すぐに後悔した。自分の気持ちが意外にも沸き立っていたからだ。
俺はお月さんの男になれることが嬉しかったのだ。
つきあうといっても、これまでと何ら変わりはなかった。一緒に仕事して、勉強して、ご飯を食べて、必要があれば連絡を取る。
お月さんはいろんなことに対して不器用で、恋に限らず難しい仕事を覚えるときも、節約のためにこなす料理も、決してスムーズとは言えない。
でも努力は惜しまない性質なのか、俺に仕事を習ったり、パートさんに簡単な弁当作りを教わっている姿を見ると、その必死さに心が和む。
「いつも一緒だから、あんまり変わらないね」
一週間ほど経った頃、お月さんが苦笑気味に洩らした。確かにそうだった。俺たちはあまりにも近くにいすぎて、身内のような雰囲気になっていたのだ。
でも俺は違った。並んで歩くときも、からかって頭を小突くときも、無性にドキドキして、それまで平気でできていた触れ合いの一つ一つが、簡単にいかなくなってしまった。
「さすが星だね」
店長が手をこまねいていた、厄介なお客様のクレームを処理したときに、誇らしげな笑顔を見せられた日には、心臓が飛び出そうな気分になった。
家事が壊滅的に苦手で、でも仕事には一所懸命で、普段はがさつな振りをしているのに、胸の内には一途な想いを秘めている。
そんなお月さんの隣にいて、何故例の男は彼女を好きにならなかったのだろう。既に手遅れの自分の気持ちを持て余す俺には、その男の心境などさっぱり分からなかった。
「しっくりこない」
そんな理由で結局別れることにしたのは、俺に転勤の内示があった日の夜。就業後にラーメンを食べた帰りで、やはり俺から切り出した。
お月さんは一瞬不安そうに見上げたが、
「元に戻るだけだ。といっても変わらないか」
俺が笑って頭をくしゃくしゃ撫でると、ほっとしたように目尻を下げた。可愛い顔をしてくれる。
お月さんが悪いんじゃない。俺がお月さんの中で不動の位置にいる男に敵わないだけ。
たった二週間のつきあいだったけれど、少しでも頑張るお月さんを癒してやることができたのなら、それで充分だ。
「明日からもよろしくな」
だからこれからも最高の相棒でいよう。
「お前馬鹿なの? 一体何年引きずってんだよ」
再びの巡り合わせで、相棒とまた同じ店舗に勤務することになった俺は、いまだ変わらず例の男を想い続けているお月さんに驚いた。しかも友人のまま同居を始めるとは。
「十年、かな」
聞けば結局惚れた男以外の人を好きになれず、誰かを代わりにするのはやめて、一人でいることを選んだのだとか。何ともお月さんらしい。
俺の方はといえば昨年めでたく結婚し、忙しいながらも楽しい日々を送っている。
自分が落ち着いたからなのか、お月さんの横恋慕の相手は、実は彼女のことを好きなのではないかと感じる。
同居を持ちかけた理由が節約なのに、食費を自分が出すと言っている時点で、お月さんを養う気満々だろう。
鈍いから気づいていないだけで、しっかり囲われているに違いない。いずれお月さんがその男に食べられるのかと思うと、正直気持ちは複雑だけれど、彼女が幸せになるためなら、素直に背中を押してあげよう。
「相変わらずお月さんは不器用だな。そんなに五分の関係でいたいなら、自分の分は体で払ってご破算にするとか」
「げす」
罵られたのはショックではあるが、お月さんが奴の懐に飛び込むきっかけになってくれたら救われる。
二人が上手くいっても、相棒の座と「お月さん」という俺だけの呼び名は渡さないけどね。
一生伝えることはないと思うけれど。大好きだったよ、お月さん。
そう言いだしたのは俺の方だった。就職先の新人研修でタッグを組んで以来、ずっと最高の相棒である斗田月子に。
「いいかもしれない」
少し考えた後、彼女はどこか淋しげな笑みを浮かべて頷いた。
「よろしく、王子様」
王子様とは彼女がつけた俺のあだ名だ。苗字の星をかの有名な物語に繋げただけなのだが、俺の風貌が王子とは程遠いせいか、同期連中からはしばらく面白がって呼ばれていた。
かわりに俺は彼女を「お月様」に喩えた。どこかのーんとした彼女は、やはり美の女神とはイメージがかけ離れていたからだ。
いつのまにか「王子様」が星に戻っても、俺は何となくずっと「お月さん」と呼んでいる。
そんなお月さんは実はずっと辛い恋をしていた。高校生のときから好きだったというその男は、女をころころ変えるような奴で、しかもお月さんには恋愛感情が一切ないと言う。
「友人だから」
それが二人の共通認識で、お月さんは惚れた男の女遍歴を眺めながら、自分を振り返りもしない奴の隣に居続けた。
さすがにその状況が苦痛になり、大学入学を機に惚れた男の傍を離れて、他の男とつきあってみたけれど、誰とも長く続かない。
社会人になってからも同様で、相手に申し訳ないのと、惚れた男に囚われている自分に嫌気がさし、どうしたものかと悩んでいたらしい。
だから俺は冒頭の台詞を口にした。軽い気持ちで。駄目だったら今まで通りでいこうとつけ加えて。
でもOKの答えが返ってきたとき、すぐに後悔した。自分の気持ちが意外にも沸き立っていたからだ。
俺はお月さんの男になれることが嬉しかったのだ。
つきあうといっても、これまでと何ら変わりはなかった。一緒に仕事して、勉強して、ご飯を食べて、必要があれば連絡を取る。
お月さんはいろんなことに対して不器用で、恋に限らず難しい仕事を覚えるときも、節約のためにこなす料理も、決してスムーズとは言えない。
でも努力は惜しまない性質なのか、俺に仕事を習ったり、パートさんに簡単な弁当作りを教わっている姿を見ると、その必死さに心が和む。
「いつも一緒だから、あんまり変わらないね」
一週間ほど経った頃、お月さんが苦笑気味に洩らした。確かにそうだった。俺たちはあまりにも近くにいすぎて、身内のような雰囲気になっていたのだ。
でも俺は違った。並んで歩くときも、からかって頭を小突くときも、無性にドキドキして、それまで平気でできていた触れ合いの一つ一つが、簡単にいかなくなってしまった。
「さすが星だね」
店長が手をこまねいていた、厄介なお客様のクレームを処理したときに、誇らしげな笑顔を見せられた日には、心臓が飛び出そうな気分になった。
家事が壊滅的に苦手で、でも仕事には一所懸命で、普段はがさつな振りをしているのに、胸の内には一途な想いを秘めている。
そんなお月さんの隣にいて、何故例の男は彼女を好きにならなかったのだろう。既に手遅れの自分の気持ちを持て余す俺には、その男の心境などさっぱり分からなかった。
「しっくりこない」
そんな理由で結局別れることにしたのは、俺に転勤の内示があった日の夜。就業後にラーメンを食べた帰りで、やはり俺から切り出した。
お月さんは一瞬不安そうに見上げたが、
「元に戻るだけだ。といっても変わらないか」
俺が笑って頭をくしゃくしゃ撫でると、ほっとしたように目尻を下げた。可愛い顔をしてくれる。
お月さんが悪いんじゃない。俺がお月さんの中で不動の位置にいる男に敵わないだけ。
たった二週間のつきあいだったけれど、少しでも頑張るお月さんを癒してやることができたのなら、それで充分だ。
「明日からもよろしくな」
だからこれからも最高の相棒でいよう。
「お前馬鹿なの? 一体何年引きずってんだよ」
再びの巡り合わせで、相棒とまた同じ店舗に勤務することになった俺は、いまだ変わらず例の男を想い続けているお月さんに驚いた。しかも友人のまま同居を始めるとは。
「十年、かな」
聞けば結局惚れた男以外の人を好きになれず、誰かを代わりにするのはやめて、一人でいることを選んだのだとか。何ともお月さんらしい。
俺の方はといえば昨年めでたく結婚し、忙しいながらも楽しい日々を送っている。
自分が落ち着いたからなのか、お月さんの横恋慕の相手は、実は彼女のことを好きなのではないかと感じる。
同居を持ちかけた理由が節約なのに、食費を自分が出すと言っている時点で、お月さんを養う気満々だろう。
鈍いから気づいていないだけで、しっかり囲われているに違いない。いずれお月さんがその男に食べられるのかと思うと、正直気持ちは複雑だけれど、彼女が幸せになるためなら、素直に背中を押してあげよう。
「相変わらずお月さんは不器用だな。そんなに五分の関係でいたいなら、自分の分は体で払ってご破算にするとか」
「げす」
罵られたのはショックではあるが、お月さんが奴の懐に飛び込むきっかけになってくれたら救われる。
二人が上手くいっても、相棒の座と「お月さん」という俺だけの呼び名は渡さないけどね。
一生伝えることはないと思うけれど。大好きだったよ、お月さん。
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