とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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とうもろこし畑編

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さよなら会を兼ねた焼肉パーティーが終わり、すっかり片付けも済んだ座敷には、高いびきが響き渡っていた。明日私が村を去ることで、あえて話題にしていなかった、それぞれの別れが直前まで迫っている事実に、必要以上にお酒を飲んで騒いでしまったのだ。

お祖母ちゃん達も布団に入ったのを確かめてから、私はいつぞやの夜とは逆に、外に出て行ったきり戻ってこない大輔を迎えに出た。二人分のグローブとボールを手に。

「今夜は賑やかにやるぞ!」

母からの電話の後、一瞬湿りかけた雰囲気を変えたのは、やはり小沢のおっちゃんだった。

「いつも無駄に煩いくせに」

呆れたようにぼやきながらも、小沢のお祖母ちゃんもぱんと手を叩いて、みんなに焼肉の準備を促す。

「よし! 文緒ちゃんにうちらが作った野菜を、お腹いっぱい食べてもらおうね」

現段階では引っ越し後に農業を営む家庭はないそうだ。庭で菜園を嗜む程度になるのだろう。もうおっちゃん達の傍に、とうもろこし畑が現れることはない。もちろんでこぼこの球場も。

淋しさを紛らわすように、関係ない話で盛り上がり、浮かれ踊るおっちゃん達に、彼らを窘めつつも本気で止めずに見守っているお祖母ちゃん達に、喉の奥がぐっと詰まって苦しくなった。

だから夢中で食べた。隣の大輔を煽って競うように箸を動かし続けた。そしてくだらないだじゃれや野球漫画の話に、アニメの歌を歌いまくる姿に笑った。

ーーまたいつかこんな日が来ることを願いながら。

「大輔」

勝手口から出てすぐの所で、大輔は夜空を見上げていた。今日も星が煌いている。明日もきっといい天気に違いない。

「俺さ」

振り返らずに大輔が言葉を紡ぎ出す。

「祖父ちゃんに野球を教えてもらい始めた頃、なかなか上達しなかったせいもあって、正直練習が苦痛で仕方なかった」

板倉のお祖父ちゃんは派手さはないけれど、堅実なプレーを心がける人だ。初めのうちは子供には退屈な、地味な練習が多かったのかもしれない。

「野球を強要されたわけじゃないけど、辞めるとも言い難くて、やる気がないのに続けていた。で、そこに文緒だ」

ようやく私の隣に歩み寄る。

「荒木のじいさんのところに女の子が来てる。友達に聞いて一緒に覗きに行った。庭先には確かにひらひらした服を着た、可愛い女の子がいた。でも手にはグローブをはめていた」

くすっと小さな笑い声を洩らして、私をみつめる大輔。

「キャッチボールをしていただけだったが、じいさんのボールを全く逸らさずに、しっかり捕らえていた。子供に投げるにしては、ずいぶん勢いがあったのに」

家の中から服を汚さないでよ、と喚く声が聞こえていたけどな。つけ加えて大輔が苦笑する。

たぶんお祖父ちゃんに初めてキャッチボールを教わった年のことだと思う。弟や他の従兄弟は早々に逃げ出し、残ったのが私だけだったのだ。前日に母お気に入りのワンピースを泥だらけにしたので、お祖父ちゃんと二人で釘を刺されていた。

「じいさんに褒められる度に、女の子が誇らしげに笑うのを見て、自分もこんなふうになりたいと、初めて意欲みたいなものが芽生えた」

それは私が司に抱いたものと同じだろうか。

「いつかこの子とキャッチボールができるようになりたい、と」

けれどせっかく練習に励んで腕を磨いていたのに、肝心の私が多忙を理由に遊びに来なくなった。キャッチボールの機会は失ったように見えた。

「だから祖父ちゃん達とここに残ったんだ。文緒が来るって聞いたから」  

大輔は照れ臭そうに頭を掻いた。

「でも最後だなんて思わないからな。俺が下手なままで終わりにする気はさらさらないぞ」

「大輔は下手じゃないじゃん」

独白が一区切りついたところで、私はようやく口を挟んだ。
 
「まだお前には敵わない」

悔しそうに唇を噛む大輔が、素直で凄く羨ましくなった。

「ところで文緒はどうするんだ? ソフトボール」

「続けるよ」

私の答えに大輔は片眉を上げた。

「野球をやりたいことに変わりはないよ」

でもこれまでソフトは腰かけというと感じが悪いけれど、野球が駄目だから、みたいな気持ちで活動に参加していたのは否めない。そんな姿勢でレギュラーを務めるわけにはいかない。ここで本気で野球を楽しむ人々を見て、そのことに気づかされた。

「だからちゃんと取り組んで、結果を出せるようになりたいと思う。その上でやっぱり野球をやりたかったら、とうもろこし畑に球場を作って、例え一人でも仲間を募るよ」

冗談めいた台詞で締めくくると、大輔は切なげに瞳を翳らせた。

「やろ?」

私は大輔の頭にグローブを被せた。彼は顔を綻ばせてそれを左手にはめる。

「行くよ」

緩やかなボールを放ると、大輔はその感触を確かめるようにしっかりと受け取った。そしてまたゆるりと返してくる。

「またいつか、必ず」

子供の戯言かもしれない。でも私は考える間もなく頷いていた。ナイター照明とは異なる星明かりの下で、私と大輔はしばしボールを投げあっていた。



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