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とうもろこし畑編
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最後の朝が来た。朝食のときは二日酔いも手伝って、お祖父ちゃん達は頭が割れると呻いていたけれど、この村に私がいるのもあと数時間。しんみりしていないで、やはり野球をしようという話でまとまった。しかもお祖母ちゃん達も全員参加。
「五人編成で行くからな。ちなみに素人が混ざっているから、球種は直球のみ」
小沢のおっちゃんがにやりと唇の端を釣り上げる。荒木家と上福元家、板倉家と小沢家の混合チームに別れ、外野の守備に就く者はいないが、三角ベースではない野球をしようという。きちんとダイヤモンドを回ろうと。タイムリミットである、私の両親が迎えにくるまで。
「ホームランが量産されるか、がっちり抑えられるか見ものだな」
出た、小沢ルールとぼやきながらも、大輔は既に臨戦態勢に入っている。澄んだ空と穏やかな風に好い野球日和だと思う。
一回表は板倉・小沢チームの攻撃から始まった。対する後攻の荒木・上福元チームはピッチャーうちのお祖父ちゃん、キャッチャー私、ファースト上福元のお祖母ちゃん、セカンドうちのお祖母ちゃん、サード上福元さんで守りを固める。
「一番、ファースト、板倉大輔」
上福元のお祖母ちゃんがウグイス嬢よろしくアナウンスする。なかなかそれらしい雰囲気が出ている。
「行くぞ、文緒」
大きく振りかぶったお祖父ちゃんに合わせ、ミットを低い位置に構える。大輔のバットが空を切り、威力のあるストレートが飛び込んできた。手にずしっと感じる重みに体中が満たされる。司、あんたはいつもこういう気持ちでボールを受けているの?
「ナイスピッチング」
ボールを返しながらお祖父ちゃんを労う。
「お前こそ本職じゃないのに投げやすいぞ」
「ほんと?」
二人でお互いを褒め合っていると、小沢のおっちゃんがすかさず野次を飛ばしてきた。
「身びいきしていないでさっさと投げんか、くそエース! 大輔も空振りしている場合か!」
自分のチームメイトにも容赦ない。
「嫌な予感がする」
ため息をついた大輔にお祖父ちゃんは再び振りかぶる。初球と同じコースだったけれど大輔のバットは動かない。三球目は外してボール。自然に感嘆の息が洩れる。お祖父ちゃんの何が凄いって、要求通りの場所にきっちり投げてくることだ。エースの呼び名は伊達じゃない。
「大輔。貰うぞ」
ふふんとほくそ笑んだお祖父ちゃんに煽られ、大輔は五球目にかすりもせず三振に倒れた。受けているこっちが気持ちいいくらい、すとんとボールがミットに収まる。
「ああ、もう。荒木のじいさんのボールじゃ打てないよ」
すごすごと下がってゆく大輔に、ベンチ(ないけれど)の非難が凄まじい。
「お前ちゃんとボールを見てるのか!」
お約束通りの小沢のおっちゃん。
「もう少しバットを短く持つべきだったな」
冷静な板倉のお祖父ちゃん。
「文緒ちゃんの前で格好いいとこ見せないと!」
ハモっているのは板倉&小沢のお祖母ちゃん。
「ほれほれ時間が無くなるぞ」
顔の横でボールを揺らすお祖父ちゃんに、慌てて次のバッターである板倉のお祖母ちゃんが出てくる。
「二番、サード、板倉ハニー」
このアナウンスに調子が狂わされたのか、板倉のお祖母ちゃんは三球三振。
「三番、セカンド、小沢ベイベー」
続く小沢のお祖母ちゃんも同じく三球三振に倒れた。恐るべし上福元のお祖母ちゃん。敵をよく知っているだけある。
さて一回裏の攻防。ピッチャーは小沢のおっちゃん、キャッチャーは板倉のお祖父ちゃんが務める。こちらのトップバッターは上福元さん。
「一番、サード、上福元ダーリン」
最強アナウンスは味方にも適用するらしい。うっかり苦笑していたら、キンとバットが鳴った。初球を外野に転がした上福元さんがぽてぽてと走る。お祖母ちゃん達が二人がかりで走っていったけれど、到底追いつきそうにないので、ベースカバーを小沢のおっちゃんに任せて大輔が後に続く。
「二度も同じ手は食わないよ」
本来なら三塁打になりそうだったが、足が遅いためとりあえず二塁打。一塁ベース上でガッツポーズをする上福元さんに、小沢のおっちゃんが悔しそうに歯軋りする。
「二番、ファースト、上福元ハミング」
全員がそこでぶはっと吹き出す。はまり過ぎだよ。しかしアナウンス効果がありすぎて、あえなく自分も三振と撃沈。
「三番、セカンド、荒木チャーミー」
息切れしながら呼び出されたうちのお祖母ちゃんも、完全な振り遅れで三振。そして満を持して登場の私。
「四番、キャッチャー、桂ドカベン」
そこで大爆笑が巻き起こる。
「ぴったりだな、文緒」
小沢のおっちゃんがお腹を抱えながら、グローブで私を指している。超むかつく。しかも上福元のお祖母ちゃんたら、大輔は普通にフルネームだったのに、どうして私はドカベンなのよ?
「大輔は板倉ヘタレにしようと思ったんだけど、さすがに可哀想でしょ」
まるでこちらの心中を読んだようなタイムリーなコメントに、球場は更に笑いの渦に放り込まれた。
「五人編成で行くからな。ちなみに素人が混ざっているから、球種は直球のみ」
小沢のおっちゃんがにやりと唇の端を釣り上げる。荒木家と上福元家、板倉家と小沢家の混合チームに別れ、外野の守備に就く者はいないが、三角ベースではない野球をしようという。きちんとダイヤモンドを回ろうと。タイムリミットである、私の両親が迎えにくるまで。
「ホームランが量産されるか、がっちり抑えられるか見ものだな」
出た、小沢ルールとぼやきながらも、大輔は既に臨戦態勢に入っている。澄んだ空と穏やかな風に好い野球日和だと思う。
一回表は板倉・小沢チームの攻撃から始まった。対する後攻の荒木・上福元チームはピッチャーうちのお祖父ちゃん、キャッチャー私、ファースト上福元のお祖母ちゃん、セカンドうちのお祖母ちゃん、サード上福元さんで守りを固める。
「一番、ファースト、板倉大輔」
上福元のお祖母ちゃんがウグイス嬢よろしくアナウンスする。なかなかそれらしい雰囲気が出ている。
「行くぞ、文緒」
大きく振りかぶったお祖父ちゃんに合わせ、ミットを低い位置に構える。大輔のバットが空を切り、威力のあるストレートが飛び込んできた。手にずしっと感じる重みに体中が満たされる。司、あんたはいつもこういう気持ちでボールを受けているの?
「ナイスピッチング」
ボールを返しながらお祖父ちゃんを労う。
「お前こそ本職じゃないのに投げやすいぞ」
「ほんと?」
二人でお互いを褒め合っていると、小沢のおっちゃんがすかさず野次を飛ばしてきた。
「身びいきしていないでさっさと投げんか、くそエース! 大輔も空振りしている場合か!」
自分のチームメイトにも容赦ない。
「嫌な予感がする」
ため息をついた大輔にお祖父ちゃんは再び振りかぶる。初球と同じコースだったけれど大輔のバットは動かない。三球目は外してボール。自然に感嘆の息が洩れる。お祖父ちゃんの何が凄いって、要求通りの場所にきっちり投げてくることだ。エースの呼び名は伊達じゃない。
「大輔。貰うぞ」
ふふんとほくそ笑んだお祖父ちゃんに煽られ、大輔は五球目にかすりもせず三振に倒れた。受けているこっちが気持ちいいくらい、すとんとボールがミットに収まる。
「ああ、もう。荒木のじいさんのボールじゃ打てないよ」
すごすごと下がってゆく大輔に、ベンチ(ないけれど)の非難が凄まじい。
「お前ちゃんとボールを見てるのか!」
お約束通りの小沢のおっちゃん。
「もう少しバットを短く持つべきだったな」
冷静な板倉のお祖父ちゃん。
「文緒ちゃんの前で格好いいとこ見せないと!」
ハモっているのは板倉&小沢のお祖母ちゃん。
「ほれほれ時間が無くなるぞ」
顔の横でボールを揺らすお祖父ちゃんに、慌てて次のバッターである板倉のお祖母ちゃんが出てくる。
「二番、サード、板倉ハニー」
このアナウンスに調子が狂わされたのか、板倉のお祖母ちゃんは三球三振。
「三番、セカンド、小沢ベイベー」
続く小沢のお祖母ちゃんも同じく三球三振に倒れた。恐るべし上福元のお祖母ちゃん。敵をよく知っているだけある。
さて一回裏の攻防。ピッチャーは小沢のおっちゃん、キャッチャーは板倉のお祖父ちゃんが務める。こちらのトップバッターは上福元さん。
「一番、サード、上福元ダーリン」
最強アナウンスは味方にも適用するらしい。うっかり苦笑していたら、キンとバットが鳴った。初球を外野に転がした上福元さんがぽてぽてと走る。お祖母ちゃん達が二人がかりで走っていったけれど、到底追いつきそうにないので、ベースカバーを小沢のおっちゃんに任せて大輔が後に続く。
「二度も同じ手は食わないよ」
本来なら三塁打になりそうだったが、足が遅いためとりあえず二塁打。一塁ベース上でガッツポーズをする上福元さんに、小沢のおっちゃんが悔しそうに歯軋りする。
「二番、ファースト、上福元ハミング」
全員がそこでぶはっと吹き出す。はまり過ぎだよ。しかしアナウンス効果がありすぎて、あえなく自分も三振と撃沈。
「三番、セカンド、荒木チャーミー」
息切れしながら呼び出されたうちのお祖母ちゃんも、完全な振り遅れで三振。そして満を持して登場の私。
「四番、キャッチャー、桂ドカベン」
そこで大爆笑が巻き起こる。
「ぴったりだな、文緒」
小沢のおっちゃんがお腹を抱えながら、グローブで私を指している。超むかつく。しかも上福元のお祖母ちゃんたら、大輔は普通にフルネームだったのに、どうして私はドカベンなのよ?
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