とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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とうもろこし畑編

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ようやく笑いも引っ込み、私はバッターボックス(これもないけれど)に入った。大輔一人が依然むくれる中、小沢のおっちゃんがセットポジションから第一球を放る。上福元さんに投げたのとは違う、かなり速い球にバットが出遅れた。

「ストライク!」

板倉のお祖父ちゃんが声高にコールする。小沢のおっちゃんは、顔は笑っているがめちゃくちゃ本気だ。

「まーた熱くなりおって」

そう呟く板倉のお祖父ちゃんは楽し気だ。

「遠慮はいらん。ガツンといけ」

促されて私も小沢のおっちゃんを睨む。表情を改めたおっちゃんが第二球を投げる。低めのボール。内野手とは思えない程、打ちにくい場所にボールを集めてくる。私は一旦下がってバットを持つ位置を変えた。何度か軽く振ってみる。遠くから何かが近づいてくるような音が、微かに聞こえたような気がした。

「来たな」

前を向いたまま洩らした板倉のお祖父ちゃんの声に、時間切れが迫っていることを悟った。バッターボックスに戻り、私はぐっと腰を落として踏ん張った。

「ほお。打つつもりか」

「当然」

答える傍から鼓動が跳ねる。体の奥からとめどなく湧いてくる、このわくわくした弾む気持ちは一体何なのだろう。私を引き寄せるこの温かくも強い力は。

そして投げられる第三球。ボール。エンジンの音にみんな気づいたのだろう。もはや言葉を発する者はいない。一塁から大輔がゆっくり頷いた。私も頷き返してバットを握り直す。

「今度は外さんからな」

宣言通りに高めのストレートが飛んでくる。私は渾身の力でバットを振りぬいた。キーンという小気味いい音が空を目指して飛ぶ。誰も動かずにボールの行方を追う。その下に緑が眩しいとうもろこし畑が浮かび上がったように見えた。

私はバットを置いて駆け出した。笑顔の大輔が守る一塁を蹴って、小沢のお祖母ちゃんが仁王立ちする二塁へ向かう。涙目の板倉のお祖母ちゃんがいる三塁を回り、先に生還した上福元さんと仲間が待つホームへ走る。

「このドカベンが!」

懲りずに悪態をつきながらも、どこか淋しそうな小沢のおっちゃんと、無言で拍手をする板倉のお祖父ちゃんを横目に、ホームベースを踏んだところで、車のクラクションが鳴った。

「文緒」

父が運転する車の助手席から、母が顔を覗かせていた。




「元気でね、文緒。来てくれて本当にありがとう」

後部座席に乗り込んだ私に、お祖母ちゃんが名残惜しそうに言った。みんながこぞって車の周囲を囲んでいる。

大人の型通りの挨拶を済ませた母は、都会(by大輔)育ちの父が一緒にいることもあり、自分の田舎から早く離れたくて仕方がないらしい。助手席で苛々している。

「新居にも遊びにきてね」

さすがに両親の前なので、嫁においでとは口にしない板倉のお祖母ちゃん。

「うちの人の相手ができるのは文緒ちゃんだけなんだから、絶対だよ」

約束と指切りをする小沢のお祖母ちゃん。

「どのくらい腕を上げたか、また見せに来なさい」

眦を下げてがっちり握手を交わす板倉のお祖父ちゃん。

「勝ち逃げすんなよ、文緒」

一人火炎を上げているのは、やはりこの人小沢のおっちゃん。

「まだ一回だ。九回までやるんだからな」

「あたぼうよ」

声を張り上げたら、みんながふっと笑み崩れた。背後では上福元夫妻が、がむしゃらに歌を歌っている。

「素振り1000回、腕が折れても、死ぬまでバカになってみろ、街の小さなグランドに、今日も聞こえる、野球狂の詩」

うん。これはお祖父ちゃんが大好きな岩田鉄五郎が出てくるアニメだね。

「若い日はみな進んでゆけよ、うしろ向くな、前だけ向いてゆけよ、それが青春なんだ」

これは大輔がこっそり涙したキャプテン。

「奇蹟起こせ戦場に、遅れた勇者たち、叶えるのさだれもが、望んでいた夢を」

これは上福元さんが好きな緑山高校。毎日のように聴いていたら、覚えちゃったよ。

「そろそろ出発してもいい?」

唐突に割り込んだ母をお祖父ちゃんが遮った。

「待っていなさい」

それから私に向き直る。

「甲子園を目指すも良し、神宮を目指すも良し、他のものを追うも良し。だが文緒。大事なのはどこで何をするかじゃない。誰と好きなことをするかだ。忘れるなよ」

そう告げて頭をぽんぽんと叩く。

「絶対忘れない」

いつか形あるものが全て消えてしまっても、とうもろこし畑の球場と、自分達のルールで楽しんだ野球と、そこに存在した人々のことを。そんな優しい春の日々を。

「文緒」

泣くのを堪えるように、口をへの字に曲げる大輔が、まるで車を押しとどめるように窓枠に手をかけて、辛うじてたった一言を舌に乗せる。

「必ず」

この先いつどこで会えるのかは分からないけれど、野球を続けていないかもしれないけれど、それでも必ず二人でキャッチボールをしよう。目元を擦ってから私は微笑んだ。

「必ず」

それぞれとの別れを済ませたのを見計らったように、車のエンジンがかけられた。

「ありがとう。元気でね」

発進した車から身を乗り出し、私はみんなの姿がどれだけ遠ざかっても、ずっと手を振り続けていた。





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