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再会編
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翌日の夕方。帰り際に私のアパートに立ち寄った大輔から、練習を見学に来た二階さんが、マネージャーとして入部したことを聞いた。二階さんが女子軟式野球サークルに在籍していたと、水野さんに教えられたらしい大輔は、寝耳に水の話にかなり驚いたという。
「明るい子だけど、スポーツとは無縁だと思っていたから、まあ意外と言えば意外だな」
本日の夕食はから揚げ丼。早めに帰宅した私が、料理サイトで紹介されていたものを、何のアレンジも加えずに分量通り作ってみたのだが、見本とは出来が違うのは何故だろう。
「美味いぞ」
いつものようにがつがつご飯を掻き込む大輔に、私は不審な目を向けた。
「本当に?」
「ほぼ毎日一緒に飯を食ってるんだぞ。嘘をついたら後々大変だろうが」
確かにその通りだ。私は安心して自分も食べ始めた。
「ところで大輔と二階さんは仲がいいの?」
事実をありのままに口にしそうな水野さんも、二階さんが野球に関わった本当の理由は伏せていたようである。単に揉め事を避けているだけかもしれないが。
「そうだな。学内では一番親しい女かも」
つまり脈ありということか。高校三年間は彼女がいなかった大輔にも、とうとう恋の季節の到来だ。
実はお昼前に司から電話があった。
「渡辺に嫌われた」
真琴の初恋の人の正体が、とうとう司だったとバレてしまい、怒った真琴に大嫌いと詰られたのだそうだ。
「謝っても口をきいてくれない」
いつも飄々としていて、水野さんに近いタイプだと思っていた司が、野球以外のことでへこんでいるのは珍しい。
「日曜日の練習も親父に頼むから、遠慮なく野球部に入れって」
そもそものきっかけは、真琴を慕う彼女のクラスメイトの野球部員が、司を野球部に誘い始めたことにあるらしい。正捕手を欠いていたチームは、司がキャッチャーだったと知り、夏の県予選に出場して欲しいと頼んでいるのだから、ずいぶんと腕を買われたものだ。
「野球部に入部する気はあるの?」
「認めてもらえるのは嬉しいが、今は渡辺との練習を中途半端にしたくない」
司にとって真琴はいろんな意味で、大切な存在なのだろう。
「桂先輩はわざと黙っていましたね?」
司と前後するように連絡をしてきた真琴は、嘘の片棒を担いだと、最初は私にも怒りを滲ませたけれど、
「司が会いたかった人だと分かって嫌だったの?」
確認するように訊ねたら、即座に否定の言葉が返ってきた。
「それはないです。新入生の勧誘期間の二週間も、日曜日の練習も、凄く充実していました」
もっともだと思う。私の頼みを渋々引き受けた筈の司が、むしろ生きがいを見出したかのように楽しんでいたのだ。それはきっと真琴も同じだろう。
「真琴はこの先司とどうしたい?」
「どう、というと?」
「頭に来たからこのまま縁を切る?」
電話の向こうで真琴が息を飲むのが分かった。
「真琴の考えは分からないけど、司は野球部に入ることよりも、真琴と一緒に練習する時間の方が、ずっと大切みたいよ」
「まさか。だって私、全然上手くならないし、岸くんも仕方なくつきあってくれてるんじゃ…」
驚いたような様子に、司の真意が全く伝わっていないことを知った。
「どうでもいい相手に時間を割くほど、あいつはお人好しじゃないよ」
世話好きの一面はあるけれど、それだけで毎週真琴の予定に合わせたりしない。今回の仲違いで、司も自分の気持ちに気づきかけている…ことを願う。
「せっかく幸運にも会えたんだから、手放したら勿体ないんじゃない?」
私はそう言って話を締めくくった。真琴はうーんと唸っていたけれど、これで良い方向に変わってくれたら嬉しい。
「文緒。ろくでもないこと考えてるだろ」
日中の二人とのやり取りを脳裏に浮かべていた私を、大輔が胡乱な目つきで見ていた。丼はとっくに空だ。
「何も。ただじれったくて」
「じれったい?」
今度は不思議そうに目を瞬く。私は司と真琴の現状を掻い摘んで教えた。
「俺はそっくりお前に言いたいよ」
ところが大輔は困ったように眉根を寄せる。
「じいさん達の方がよほど察しがいい」
麦茶を一息に飲み干して、静かにコップをおいた後、大輔はじっと私の顔を眺めた。
「祖母ちゃんがさ、お盆に文緒を連れて来いって真面目に煩いんだけど、お前、どうする?」
「別にいいよ。迷惑でなければ。ただうちのお祖父ちゃん家にも行くよ」
「冗談抜きで花嫁衣装の採寸をされるかもしれないぞ」
夢みる乙女の板倉のお祖母ちゃんが、メジャーを手に待ち構えている姿が想像できる。
「そういえば大輔、昔野球チーム分の子供を作るって言ってなかったっけ?」
ふと思い出して洩らしたら、大輔が焦ったように喚いた。
「ばっ、ばかやろ。それは文緒の台詞だ。俺はお前との子供なら、もの凄いスラッガーになるって」
「それで小沢のおっちゃんに、子供の作り方も知らないくせにって、毒づかれたんだよね」
当時を懐かしんで笑う私に、大輔はうっすら目元を染めて、今は知ってるよとぼやいていた。
「明るい子だけど、スポーツとは無縁だと思っていたから、まあ意外と言えば意外だな」
本日の夕食はから揚げ丼。早めに帰宅した私が、料理サイトで紹介されていたものを、何のアレンジも加えずに分量通り作ってみたのだが、見本とは出来が違うのは何故だろう。
「美味いぞ」
いつものようにがつがつご飯を掻き込む大輔に、私は不審な目を向けた。
「本当に?」
「ほぼ毎日一緒に飯を食ってるんだぞ。嘘をついたら後々大変だろうが」
確かにその通りだ。私は安心して自分も食べ始めた。
「ところで大輔と二階さんは仲がいいの?」
事実をありのままに口にしそうな水野さんも、二階さんが野球に関わった本当の理由は伏せていたようである。単に揉め事を避けているだけかもしれないが。
「そうだな。学内では一番親しい女かも」
つまり脈ありということか。高校三年間は彼女がいなかった大輔にも、とうとう恋の季節の到来だ。
実はお昼前に司から電話があった。
「渡辺に嫌われた」
真琴の初恋の人の正体が、とうとう司だったとバレてしまい、怒った真琴に大嫌いと詰られたのだそうだ。
「謝っても口をきいてくれない」
いつも飄々としていて、水野さんに近いタイプだと思っていた司が、野球以外のことでへこんでいるのは珍しい。
「日曜日の練習も親父に頼むから、遠慮なく野球部に入れって」
そもそものきっかけは、真琴を慕う彼女のクラスメイトの野球部員が、司を野球部に誘い始めたことにあるらしい。正捕手を欠いていたチームは、司がキャッチャーだったと知り、夏の県予選に出場して欲しいと頼んでいるのだから、ずいぶんと腕を買われたものだ。
「野球部に入部する気はあるの?」
「認めてもらえるのは嬉しいが、今は渡辺との練習を中途半端にしたくない」
司にとって真琴はいろんな意味で、大切な存在なのだろう。
「桂先輩はわざと黙っていましたね?」
司と前後するように連絡をしてきた真琴は、嘘の片棒を担いだと、最初は私にも怒りを滲ませたけれど、
「司が会いたかった人だと分かって嫌だったの?」
確認するように訊ねたら、即座に否定の言葉が返ってきた。
「それはないです。新入生の勧誘期間の二週間も、日曜日の練習も、凄く充実していました」
もっともだと思う。私の頼みを渋々引き受けた筈の司が、むしろ生きがいを見出したかのように楽しんでいたのだ。それはきっと真琴も同じだろう。
「真琴はこの先司とどうしたい?」
「どう、というと?」
「頭に来たからこのまま縁を切る?」
電話の向こうで真琴が息を飲むのが分かった。
「真琴の考えは分からないけど、司は野球部に入ることよりも、真琴と一緒に練習する時間の方が、ずっと大切みたいよ」
「まさか。だって私、全然上手くならないし、岸くんも仕方なくつきあってくれてるんじゃ…」
驚いたような様子に、司の真意が全く伝わっていないことを知った。
「どうでもいい相手に時間を割くほど、あいつはお人好しじゃないよ」
世話好きの一面はあるけれど、それだけで毎週真琴の予定に合わせたりしない。今回の仲違いで、司も自分の気持ちに気づきかけている…ことを願う。
「せっかく幸運にも会えたんだから、手放したら勿体ないんじゃない?」
私はそう言って話を締めくくった。真琴はうーんと唸っていたけれど、これで良い方向に変わってくれたら嬉しい。
「文緒。ろくでもないこと考えてるだろ」
日中の二人とのやり取りを脳裏に浮かべていた私を、大輔が胡乱な目つきで見ていた。丼はとっくに空だ。
「何も。ただじれったくて」
「じれったい?」
今度は不思議そうに目を瞬く。私は司と真琴の現状を掻い摘んで教えた。
「俺はそっくりお前に言いたいよ」
ところが大輔は困ったように眉根を寄せる。
「じいさん達の方がよほど察しがいい」
麦茶を一息に飲み干して、静かにコップをおいた後、大輔はじっと私の顔を眺めた。
「祖母ちゃんがさ、お盆に文緒を連れて来いって真面目に煩いんだけど、お前、どうする?」
「別にいいよ。迷惑でなければ。ただうちのお祖父ちゃん家にも行くよ」
「冗談抜きで花嫁衣装の採寸をされるかもしれないぞ」
夢みる乙女の板倉のお祖母ちゃんが、メジャーを手に待ち構えている姿が想像できる。
「そういえば大輔、昔野球チーム分の子供を作るって言ってなかったっけ?」
ふと思い出して洩らしたら、大輔が焦ったように喚いた。
「ばっ、ばかやろ。それは文緒の台詞だ。俺はお前との子供なら、もの凄いスラッガーになるって」
「それで小沢のおっちゃんに、子供の作り方も知らないくせにって、毒づかれたんだよね」
当時を懐かしんで笑う私に、大輔はうっすら目元を染めて、今は知ってるよとぼやいていた。
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