とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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再会編

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大輔と同じ二年生である二階冴子にしなさえこさんは、現在サークルに入って半年。野球ゲームで大分ルールを学んだので、今日から実践に移るつもりで、とりあえずお兄さんに借りたボールとグローブを手に、グラウンドに足を運んだのだという。

「一人でですか?」

驚いて私が問うと、二階さんはにっこりと微笑んだ。肩を過ぎた辺りのさらさらのストレートが、風に吹かれて流れている。

「もちろん」

話にならんと唸る水野さんの足を踏みつけ、私は自分よりも小柄で幼い感じの二階さんに訊ねた。

「教えてくれる人はいないんですか?」

「経験者は誰もいないんです。二年前に皆さん卒業したそうで」

二階さんの話によると、サークルが作られた時期までは知らないが、二年前までは公認を受けて、月に一度は練習を行っていたのだという。ところが主導していた学生が抜けると、野球の知識を持つ者は皆無になり、グラウンドに出ることはなくなったらしい。

会員は二階さんを含めて五名で、他は全員三年生。しかも目立った活動をしていないので公認は取り消され、本来ならグラウンドの使用は認められない。

「分かっていながら、堂々とここに来るとは」

もう痛い思いはしたくないのか、軟式野球部主将は私の耳元で囁く。

「でも野球をやりたいんですよね?」

「ちょっと違うんです」

二階さんは恥ずかしそうに俯く。

「板倉くんは野球の話しかしないから、何を言われているのか全然分からなくて。だからやってみようかな、と」

大輔に近づきたくて、彼が好きなものを自分も好きになりたかった。そう言ってはにかむ二階さんはとても可愛らしく見えた。

「不純な動機でごめんなさい。桂さんは野球できるんですよね?」

「私は少し齧ってますが、明確な動機なんてないですよ。子供の頃からやっていて、そのまま来た感じです」

ぽりぽりと頬をかいてから、私は理解不能といった表情の水野さんを一瞥した。彼は仕方なく私の後を繋ぐ。

「他のメンバーも同様か?」

「動機はそれぞれです。でもみんな最初は本当に野球を覚えたくて入ったんです」

泣きそうな顔で二階さんが唇を噛む。

野球中継を観て憧れた者、生の試合に感激した者、漫画や小説に影響を受けた者と、きっかけは一人一人違うが、野球に関わろうと思った気持ちは同じ。

けれど指導者がいない状態でグラウンドに出ても、何から手をつければよいのか見当もつかなかった。女子軟式野球部の面々は、本格的な練習を行っていて、とても初心者の集団が教えを請えるレベルではない。

しかも困って身動きが取れずにいるうちに、非公認扱いのサークルとされ、練習をする場所も失ってしまった。

「なるほど。それでゲームか。悪循環だな」

性格上これ以上の意見は出ないのだろう。水野さんに代われと目で訴えられ、私は再び二階さんに向き直った。

「差し出がましいかもしれませんが」

年下なのにすみませんと謝ってから続ける。

「思いつく対策は三つでしょうか」 

「三つというと?」

素直な人なのだろう。不快さを顕にしないで、ちゃんと耳を傾けてくれる。

「軟式野球部に入部する…廃部になった女子部員さんも合流しています。指導者を見つけて活動を再開させる。それから選手にこだわらないなら、軟式野球部でマネージャーをする、という道もあるんじゃないでしょうか」

「おい、桂。勝手に」

水野さんがしたり顔で止めに入ったけれど、少なくとも実地で正しいルールを学べるのではとつけ加えると、二階さんは何事か考え込み始めた。

「桂さんはそれで構わないの?」

やがて確かめるように私を窺った。

「私は別に。ちなみにこちらの方は、軟式野球部の水野主将です」

「こらボンクラ」

うんざりしている水野さんを、二階さんは縋るようにみつめている。

「明日練習があるから、興味があるなら来るといい」

折れた水野さんが面倒臭そうに伝えた。来なくてもいいという本音が、思いっきり見え隠れしている。それに気づいたかどうか定かでないが、二階さんは改まってお辞儀をした。

「お邪魔でなければ、見学させて頂きます。よろしくお願いします」

ボールとグローブを抱えたまま、今日のところはグラウンドを去ってゆく。使用許可が下りていないこともあり、こちらも引き止めたりせずに、守ってあげたくなるようなか細い背中を見送った。

「厄介ごとを自ら背負い込むな、たわけ」

二階さんの姿が完全に消えてから、水野さんは私の首根っこを掴んだ。

「女子部員が増えたんですから、体調面を考慮しても、女子マネージャーがいてくれると助かりませんか?」

「一理あるが、問題はそこではない」

揉め事に発展しそうな予感がすると、軽く睨みながら手を離す。

「水野さん、女の子には素っ気ないですよね」

「女子部員のように目的が明確な者は別だが、他はあれこれ補足が必要で面倒だろう」

うわあと眉根を寄せたら、女がみんな桂だと楽なんだがなとぼやく。どういう意味だ。



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