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再会編
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結局水野さんに手伝ってもらいながら、手早くグラウンド整備を終わらせた。端の方を走っていたので、内野や外野が乱れていないのが救いだった。けれどこの時間のおかげで頭が冷えた。岸監督が知ったら即雷を落とされることだろう。
「すみません、ありがとうございました」
おそらく練習中に抜け出してきてくれたのだろう。ユニフォーム姿の水野さんに頭を下げる。彼は容赦なく私の背中やお尻をばしばし叩いて、寝転んだときについた土埃を払うと、頭の天辺に勢いよく拳骨を落とした。
「どんなときでも自分勝手な行いは慎め。プレーに出るぞ」
「はい」
私は神妙に頷いた。普段とぼけたこの人が、主将たる人物であることを納得する。
「で? 何があった?」
第一グラウンドに向かってゆっくり歩きながら、水野さんが先程と同じ質問を繰り返した。私は自分の中に渦巻く感情を、ありのままに伝えることにした。
「女子部員の方達や、二階さんが頑張っているところを見ていたら、自分は何をやっているんだろうとか、ふらふらとしょうもないなとか、こういつまでも踏み止まっている自分に腹が立ってしまったんです」
大学の野球部に限定しなくても、必ず野球には関わっていこうと思っていた。地域のサークルや草野球も然り。でもいまだに何の方向性も見いだせていない。これをやりたい、ここでやりたいというものがない。
「何故野球部に顔を出した?」
「二階さんに教えて欲しいことがあって」
「板倉のことでは…」
「ないです」
あっさり否定する私に、哀れなと洩らして水野さんがため息をついた。何のことだ。
「女子軟式野球サークルの人達と話をしてみたかったんです」
「話してどうする気だ。相手はゲームで事足りているんだぞ」
「分かりません。でもこのままにしたくなくて」
廃会した同好会で活動していた自分や真琴に重なって、ただ気になっているだけかもしれない。でももしかしたら二階さんのように、別の形で野球に関わることができるかもしれないし、本当に自分達でやってみたかったら、教えを請う人を探せるかもしれない。もちろん現状に満足しているならそれでよし。
「動機はそれぞれです。でもみんな最初は本当に野球を覚えたくて入ったんです」
自分がどうにかしてあげようなんておこがましいことは考えていない。二階さんのこの言葉が胸のどこかにわだかまっているから、その正体を知りたかっただけなのだ。
「好奇心か?」
「そう取られても仕方ないですね」
頷く私にどこまでも正直な奴だと、ようやく水野さんは小さく笑った。
第一グラウンドにはもう誰もいなかった。練習も後片付けも済んでしまったようで、元の通りにまっさらな状態に戻っている。
「すみません、主将にさぼらせてしまいましたね」
さすがに恐縮して身を竦めると、水野さんは面倒くさそうに私を睨んだ。
「俺が勝手にしたことだ、無駄に責任を感じるなよ。そもそもうちの部は俺がいなくても支障はない」
「つまり役に立たない?」
「言ってくれるな。だがそれでいい。桂は」
相変わらず変な人だと水野さんを眺めていると、隅の方から石井さんがひょっこり現れた。彼もまだユニフォーム姿だ。
「また二人でお揃い?」
口調は軽いが表情は暗い。
「石井こそどうした」
訊ねる水野さんに石井さんは帽子の上から頭を掻いた。謎の行動だ。
「今日は当てられっぱなしで。反省しに参りました」
そう言って敬礼するなりグラウンドを周回し始める。練習中に五回までの紅白戦を行ったものの、コントロールが定まらずに打ち崩されてしまったのだそうだ。自分の調子の悪さを分かっていながら、それに合わせた投球ができなかったことを悔やんでいるらしい。
「あいつは性格で損してるな。根は真面目なのに」
私はもう一度駆け出して、俯き気味の石井さんの隣に並んだ。
「文緒ちゃん?」
驚いたように目を瞬く石井さん。
「実はさっき闇雲に走り回って、水野さんに回収されました。ここなら怒られないと思うので、一緒に走ってもいいですか?」
「そうだったんだ。じゃあ共に煩悩を振り払おうではないか」
その声を最後に私達は無言で走った。水野さんはフェンスに凭れてこちらを眺めているだけ。やめろとも帰れとも言わない。きっと気が済むまでつきあうつもりなのだろう。
何週かしたところで、大輔と二階さんが正門に向かうのが見えた。こちらには気づいていないのか、二人は楽しそうに歩みを進めてゆく。
「いいの?」
石井さんが額の汗を拭いながら、遠慮がちに口を開く。
「大輔を縛る権利は私にはないですよ」
元々お祖父ちゃん達に頼まれて、再会してからずっと私にかかりきりだった。大学生活にも慣れてきたし、そろそろ自由にしてあげないといけない。
「でもあの二人がつきあったら、気軽に板倉とキャッチボールなんてできなくなるよ?」
「友達でも?」
「二階さんの立場に立ったら分かるんじゃない? 疚しいことが一切なくても、彼氏が自分ではない女の人と遊んでいたら嫌でしょ」
「言われてみればそうかも。彼氏がいたことないからよく分からないけど」
そこで石井さんがあははっと明るく笑った。大事にしている理由はそれかと、ランニングしながら器用に肩を震わせている。私は意味が分からなくてわざとスピードを上げた。石井さんは待ってよと言いつつも、笑いは更に加速している。一体何だっていうの。野球部は本当に変な人ばかりだ。
「すみません、ありがとうございました」
おそらく練習中に抜け出してきてくれたのだろう。ユニフォーム姿の水野さんに頭を下げる。彼は容赦なく私の背中やお尻をばしばし叩いて、寝転んだときについた土埃を払うと、頭の天辺に勢いよく拳骨を落とした。
「どんなときでも自分勝手な行いは慎め。プレーに出るぞ」
「はい」
私は神妙に頷いた。普段とぼけたこの人が、主将たる人物であることを納得する。
「で? 何があった?」
第一グラウンドに向かってゆっくり歩きながら、水野さんが先程と同じ質問を繰り返した。私は自分の中に渦巻く感情を、ありのままに伝えることにした。
「女子部員の方達や、二階さんが頑張っているところを見ていたら、自分は何をやっているんだろうとか、ふらふらとしょうもないなとか、こういつまでも踏み止まっている自分に腹が立ってしまったんです」
大学の野球部に限定しなくても、必ず野球には関わっていこうと思っていた。地域のサークルや草野球も然り。でもいまだに何の方向性も見いだせていない。これをやりたい、ここでやりたいというものがない。
「何故野球部に顔を出した?」
「二階さんに教えて欲しいことがあって」
「板倉のことでは…」
「ないです」
あっさり否定する私に、哀れなと洩らして水野さんがため息をついた。何のことだ。
「女子軟式野球サークルの人達と話をしてみたかったんです」
「話してどうする気だ。相手はゲームで事足りているんだぞ」
「分かりません。でもこのままにしたくなくて」
廃会した同好会で活動していた自分や真琴に重なって、ただ気になっているだけかもしれない。でももしかしたら二階さんのように、別の形で野球に関わることができるかもしれないし、本当に自分達でやってみたかったら、教えを請う人を探せるかもしれない。もちろん現状に満足しているならそれでよし。
「動機はそれぞれです。でもみんな最初は本当に野球を覚えたくて入ったんです」
自分がどうにかしてあげようなんておこがましいことは考えていない。二階さんのこの言葉が胸のどこかにわだかまっているから、その正体を知りたかっただけなのだ。
「好奇心か?」
「そう取られても仕方ないですね」
頷く私にどこまでも正直な奴だと、ようやく水野さんは小さく笑った。
第一グラウンドにはもう誰もいなかった。練習も後片付けも済んでしまったようで、元の通りにまっさらな状態に戻っている。
「すみません、主将にさぼらせてしまいましたね」
さすがに恐縮して身を竦めると、水野さんは面倒くさそうに私を睨んだ。
「俺が勝手にしたことだ、無駄に責任を感じるなよ。そもそもうちの部は俺がいなくても支障はない」
「つまり役に立たない?」
「言ってくれるな。だがそれでいい。桂は」
相変わらず変な人だと水野さんを眺めていると、隅の方から石井さんがひょっこり現れた。彼もまだユニフォーム姿だ。
「また二人でお揃い?」
口調は軽いが表情は暗い。
「石井こそどうした」
訊ねる水野さんに石井さんは帽子の上から頭を掻いた。謎の行動だ。
「今日は当てられっぱなしで。反省しに参りました」
そう言って敬礼するなりグラウンドを周回し始める。練習中に五回までの紅白戦を行ったものの、コントロールが定まらずに打ち崩されてしまったのだそうだ。自分の調子の悪さを分かっていながら、それに合わせた投球ができなかったことを悔やんでいるらしい。
「あいつは性格で損してるな。根は真面目なのに」
私はもう一度駆け出して、俯き気味の石井さんの隣に並んだ。
「文緒ちゃん?」
驚いたように目を瞬く石井さん。
「実はさっき闇雲に走り回って、水野さんに回収されました。ここなら怒られないと思うので、一緒に走ってもいいですか?」
「そうだったんだ。じゃあ共に煩悩を振り払おうではないか」
その声を最後に私達は無言で走った。水野さんはフェンスに凭れてこちらを眺めているだけ。やめろとも帰れとも言わない。きっと気が済むまでつきあうつもりなのだろう。
何週かしたところで、大輔と二階さんが正門に向かうのが見えた。こちらには気づいていないのか、二人は楽しそうに歩みを進めてゆく。
「いいの?」
石井さんが額の汗を拭いながら、遠慮がちに口を開く。
「大輔を縛る権利は私にはないですよ」
元々お祖父ちゃん達に頼まれて、再会してからずっと私にかかりきりだった。大学生活にも慣れてきたし、そろそろ自由にしてあげないといけない。
「でもあの二人がつきあったら、気軽に板倉とキャッチボールなんてできなくなるよ?」
「友達でも?」
「二階さんの立場に立ったら分かるんじゃない? 疚しいことが一切なくても、彼氏が自分ではない女の人と遊んでいたら嫌でしょ」
「言われてみればそうかも。彼氏がいたことないからよく分からないけど」
そこで石井さんがあははっと明るく笑った。大事にしている理由はそれかと、ランニングしながら器用に肩を震わせている。私は意味が分からなくてわざとスピードを上げた。石井さんは待ってよと言いつつも、笑いは更に加速している。一体何だっていうの。野球部は本当に変な人ばかりだ。
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